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05 苦しい

 当たり前のように昼休みになると同時に計数室にやってきたリリアは、つかつかと近寄ってくると据わった目でアリスに言った。


「あの後のこと私にちゃんと説明、するわよね?」


 笑顔のはずなのに、憤怒を司る女神がその後ろに見えた気がしたアリスは壊れた人形のように何度も頷いた。


 いつものように食堂に連れ立って行くと昼ごはんを食べつつ、合間にぼそぼそとした声でこの前の飲みの後の経緯を言った。そしてなぜか経費窓口に書類を持ってくるようになったゴトフリーとのことを説明した。


 辛抱強くまとまらないアリスの話を最後まで聞き、食後の紅茶を飲んで、ふうっと息をつくと、リリアは冷静に言った。


「さっさと付き合って結婚したら良いじゃない。何をめそめそしてるの」


「で、でも! 私が、その」


 アリスは周辺に目を走らせてから周囲に人がいないことを確認してから小声で言った。


「……しょ、処女だったから責任感じてるんだよ。私の事好きな訳じゃないんだから」


 恥ずかしそうに言ったアリスに、首を傾げてリリアは不思議そうに言った。


「男性が責任感が強くて大いに結構じゃない。なんの問題があるの」


「私はもし付き合うんだったら、私の事好きになってもらいたいの! そんな、騙し討ちみたいなことをしたかった訳じゃないもの」


 リリアはカップをソーサーの上に戻しつつ、優しく言った。


「アリス。彼は好きじゃない女の子に付き合って欲しいというような男の人じゃないと思うけど。もしその言葉が欲しいなら自分から聞いてみなさいよ。もしかして私の事好きなの? って」


「……そんなの聞けない」


 そんな風に素直に聞けるなら今まで苦労してない。彼氏いない歴と年齢が合致する事態になってない。落ち込んで俯いたアリスのおでこに指を当てて上を向かせると目線を合わせてリリアは語りかけた。


「あのね、人の気持ちって変わるのよ。今日付き合ってって言ってくれてる彼だって、明日はまたその気持ちが変わっているかもしれない。もしそうなったら……後悔するのはアリスだよ」


「……わかってるよ」


 じわっと涙を浮かべたアリスを見て、ちいさくため息をつくとリリアはその頭をゆっくり撫でてくれた。


 リリアの言っていることはいわゆる大人として生きていく上でのお手本だ。その通りに行動出来ない自分は人間として欠陥品なのだろうか。頑是無い子供がそのまま体だけ成長してしまったようだ。


 ゴトフリーに自分の思っていることを全部言えたら良いのに。そうしたら、彼はどう思うだろうか。それを本当は知りたくて、知るのが怖くて、相反する気持ちが苦しい。



◇◆◇



「はい。アリスさんこれよろしく」


 アリスの居る窓口に書類を差し出したのは、この前飲み屋で会ったレオ・オーウェンだ。眼鏡をかけて知的な雰囲気を持つ竜騎士の彼は女性の文官達の中でも人気があるから、背中に視線が集まるのを感じる。


 ゴトフリー以外の竜騎士が来るのはなんだか久しぶりな気がしてアリスは、職務上の愛想笑いじゃない笑顔を見せた。


「こんにちは、オーウェンさん」


「レオで良いよ。あの夜ぶりだね」


 眩しそうな笑顔を返してくれる彼は、ゴトフリーにどこまで聞いているのだろうか。男性同士ってこういうことをどこまであけすけに、言い合うものなのだろうか。


 そのアリスの複雑な気持ちを言い当てるようにレオは言った。


「ゴトフリーは君と帰ったあの夜のこと、何度聞いても何も口を割らないんだ。ただ休み明けに出勤したと思ったら、同僚の前で君のことを誰にも取られたくないと公言して、君のところに持って行けそうな事務書類を集めては、せっせとここに通ってきているという訳」


 その言葉を聞いてアリスはなんだかむずがゆい気持ちになった。彼が自分を誰にも取られたくないって言ってくれているのを知って、やっぱりすごく嬉しかったからだ。


 そんな気持ちをレオに悟られたくなくて、アリスはわざとツンと澄まして言った。


「私は私のものです。元々誰のものでもないですよ」


「ああ、ごめん、そういう意味じゃないんだけど……まぁもちろんここで働けるくらい聡明な君は分かってて言ってるんだろうな」


 レオは面白そうに顎を触った。


「それに、同僚の竜騎士さんにそんなこと言うなんて、竜騎士なんてよりどりみどりなのに」


 しがない文官の元に交際を迫って足しげく通って来る竜騎士の姿はやはり珍しいのか、一日で城中の噂になっていた。その噂を悪気なく撒き散らしていたのが他でもない自分の直属の上司だと思うと、怒りが湧いて来るけど。


「まあ、君が思っている程、そんなこともないけど。一応あいつなりに考えて竜騎士という職業のライバルになれるのは竜騎士だけだと思って、牽制したかったんじゃないかな」


 アリスに渡した自分の書類を覗き込むように下を向いていたレオは、眼鏡を押し上げながら近づくとアリスにちいさな声で耳打ちした。


「ゴトフリーは嫉妬深いところがあるから、もし妬かせてみたかったら僕が去った後背中を見て。きっと面白いよ」


「え?」


 その言葉に呆気を取られた顔をするアリスに、レオは喉の奥で笑った。


「ふ、あいつ、僕が書類持って君のところに行くって聞いて、追いかけてきたみたいだな」


 目配せをした方向には、確かに金髪のゴトフリーがいる。その顔が不満げな表情を浮かべているのを見てアリスはどきんと胸が高鳴るのを感じた。


 レオはすっと窓口から体を離すと、今しがた後ろに居たゴトフリーに気がついたように声をかけた。


「あれ。ゴトフリー、お前団長に呼ばれてたんじゃないのか」


「……もう終わった。レオ、経費の書類は俺が持っていくって言ってるだろ」


「こっちに来る用事があったし、久しぶりにアリスさんの顔が見たかったんだよ。最近はお前しかここに来れてないだろ」


 そしてアリスに手を振るとレオは去って行ってしまう。その姿勢の良い背中を半信半疑で彼に言われた通りにじっと見ていると、ゆっくりと近づいてきたゴトフリーが言った。


「レオと何話してたの?」


「内緒」


「……レオみたいな顔が好きなの?」


 その不貞腐れた面白くなさそうな顔を見上げて本当にレオの言う通りだったと思って笑ってしまったアリスは言った。


「そういう訳じゃないけど、眼鏡かけたインテリって感じでレオさん素敵よね。女性の文官達にも人気あるんだよ」


 思わぬ新たなゴトフリーの一面を見た気がして、アリスははにかんだ。


「ふーん」


 そう呟くとおろむろにアリスのかけていた眼鏡を取り、ゴトフリーはその眼鏡をかけてびっくりしたまま目を瞬く彼女を見下ろした。


「どう? 俺も頭良さそうに見える?」


 にこっと無邪気に笑ったその可愛らしい顔が、思ったより深く胸に刺さってしまった気がして、アリスはやっぱり心の中と違うことを言ってしまった。


「ゴトフリーには全然似合わないよ」


「そう? 残念」


 アリスの心の中の葛藤なんて、全部お見通しみたいな顔して肩をすくめると、きちんと畳んだ眼鏡を返してくれた。


「アリスって眼鏡なくても人の顔見えるの?」


「うん。小さな文字が霞むことがあるから、仕事中だけかけてるの。普段は問題ないよ」


「そっか。ベッドの中でもかけなくて良いから良いね」


「仕事中だよ……何言ってるの?」


 ちょっと顔を赤くして睨んだアリスにゴトフリーは微笑んだ。


「寝る時もずっとかけなくて良いから楽だろ? 何想像したの? アリスいやらしい」


「いやらしいのはゴトフリーでしょ! もうっ、仕事の邪魔しないでよ」


「はは、ごめん。じゃあまた来るね。アリス」


「もう来なくて良いよ」


 他の竜騎士を牽制する程自分のことを想ってくれているらしい彼が、日に何度も自分のことを訪ねて来てくれるのは嬉しい癖に素直じゃないことを言ってしまって、書類の整理をしながら、アリスは落ち込んだ。


 彼の横で目覚めたあの朝に自分がやってしまった醜態を思い出すとどうしても、今からでも私と付き合ってくださいって言えない。大好きになってしまったゴトフリーを前にすると自然にくまれ口ばかりが出て来るのだ。


(素直になるタイミングって……難しい)


 やっぱり最初の時みたいに酒に頼るしかないのか。でも酒が抜けた時は本末転倒なんじゃないかとぐるぐるする思考で頭を悩ませた。


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