46 友だち
「あのさ。アリス……別にこれって、良かったらの話なんだけど」
率直な物言いのゴトフリーにしては珍しい話の切り出しに、アリスは不思議に思った。
(何……? いつものゴトフリーっぽくない)
「うん?」
「ほら、俺らって飲みに行ったりして、声掛けてもらって……これまでは、そんな出会いが多いんだけどさ。皆そろそろ結婚を意識した女性と出会いたいなって、そういう話になって……」
ゴトフリーは竜騎士になって、三年目らしい。もちろん、同期の竜騎士だって年齢は同じか離れていてもひとつふたつだろう。男性の結婚適齢期と言えば、そうなのかもしれない。
「そういえば、そうなのかな……けど、竜騎士はモテるのに。入れ食いになるんじゃないの?」
その時、まるでおねだりするかのような上目遣いになった恋人ゴトフリーを見て、アリスはなんだか嫌な予感がした。
「アリスの友だちとか……どう? ほら。俺は同期とか、彼女居ない先輩連れて行くからさ」
「え! そっ……それは……ちょ、ちょっと、ゴトフリー、声大きい」
アリスは周囲を見渡して、自分たちの会話を聞いていないことを確認した。竜騎士ゴトフリーがここに来ることは今はもう、計数室でも良くあることになってしまい、同僚も誰も注目していない。
(こっ……こわい! 結婚式の前に、血みどろの争い勃発しちゃう! 城で働く未婚女性、全員私の友だちになることになるよ!)
その時、アリスの背中には、嫌なものが走って行った。
城に働く未婚女性が全員自己申告で『私はアリス・フォークナーさんのお友だちです』と、言い出したら、とんでもないことになってしまう。
(やめてやめてやめて~! 自分でこんなこと言うのも嫌だけど、幼い頃から友だちはそんなに多い方でもないんだけど~!!)
親友リリアはアリスの友人として、とても上手くやれている。
けれど、それは彼女が面倒見が良いし、面倒くさい人をお世話するのがむしろ好きという、彼女の特殊な性質によるものが大きい。
「えっ。ごめん……駄目だった? 俺とアリスが上手くいってるから、職場も同じだし文官と付き合うのって、良いんじゃないって、そういう話になったんだけど」
ゴトフリーが恋人のことをやたらと自慢するものだから、そういう可愛い彼女なら自分とも上手くいくかも……と思い始めた同僚たちが、手っ取り早く同じ城で働くアリスの友人知人と出会おうとしているらしい。
「それはね~、そうなんだけど……あのね。ゴトフリー。私、これははっきり言うけど……」
「うん?」
緊張している様子のアリスに、ゴトフリーは不思議そうな表情になった。
「友だちが、少ないの! リリアはすっごく仲良しだけど、あれは本当に特別で特殊例なの」
良くわからない流れでアリスは友だちが少ないという繊細な事情の告白を、彼氏にしなければいけない事態になってしまった。
(もー! いや、それは良いんだけど! 本当のことだし、いつかはバレちゃうもん)
しかし、友だちが少ないという事実については、世間的には社交性のないあまり良くない情報のようにも思える。
結婚を考えている男性にはいつかわかってしまうことだけど、アリスは出来るだけひた隠しにしておきたかった。
「え……あ。そうなの?」
まさかここでアリスがそんなことを言い出すと思わなかったのか、ゴトフリーはポカンとした表情になった。
ゴトフリーは友人も多いし、同期の竜騎士たちとも上手くやっている。それに、明るく抜け目ない性格で上司や先輩たちからも気に入られているようなのだ。
飲み会も好きだし社交性もある。そんな彼は、自分とは違う性質を持つアリスをどう思うだろうか。
(恥ずかしい……ゴトフリーどう思うかな)
不安に思いつつも、アリスは口を開いた。
「そうなの! 私はゴトフリーと付き合うまでお城と家の往復で、特別なお出かけって言ったら、リリアとご飯食べに行ったり飲みに行くくらいだったんだもん!」
それはれっきとした事実だし隠してもおけないとアリスが言い切れば、ゴトフリーは急に上機嫌になってにこにこし出した。
「そっか」
「え……何?」
「ううん。俺のアリスは、本当に可愛いなあと思って……いや、単に飲み会出来たら良いなあと、思ったんだよ。俺たちの結婚式のこともあるし……友人が集まるのも、全員初対面より会ってからの方が良いかなって。同じ城で働いているんだから、顔を見知っておくのも良いかなって」
結婚式当日に集まるのなら事前に会っておいた方が良いというゴトフリーの言葉は、確かにそうかもしれなかった。二人は職場が一緒だし、仕事上関係のある人たちが集まることになる。
「そっ……それは、確かにそうだけど……」
「アリスも別にリリア一人しか、友だちが居ないってわけでもないだろう?」
「それは、そうだけど……」
学生時代や同僚として仲良くしているし、結婚式に来て欲しいな……と思っている人は、友だちの少ないアリスにも何人か居る。
「じゃあ、出会いの場ってわけでなくてさ。別に相手の居ない女性だけに限らないから、リリアとかも呼んで飲み会しようよ。俺らもそうするからさ」
リリアだって心配性な婚約者と出れば良いと、ゴトフリーは提案した。
「けど、ゴトフリーの同僚っていうことは、全員竜騎士だよ。もし……そんな特別な会があるって、わかったら……!」
数人集めるにしても、その人には情報を話す必要性がある。単なる飲み会に口外禁止の言論統制をするわけにもいかないし、人の口には戸は立てられない。
しかも、未婚女性だけでなく相手の居る女性も良いとなれば、数は膨れ上がることになるのだ。
アリスは自分へと押しかけてくる無数の女性たちを想像し、背筋がゾッと寒くなった。
「いや、それは大袈裟だよ。俺らもそんなに言われるほど、モテてないし……」
「嘘!」
ヴェリエフェンディ結婚したい男性の職業第一位は、竜騎士だ。それは間違いない。彼らは平民などとは比べものにならない俸給を貰っているし、高潔な人間性を持たなければ竜に選ばれないという大前提もあった。
女性に暴力や暴言を敢えて振るうような男性ではないことは、彼らの職業だけで判断出来てしまうのだ。
すぐさま否定の言葉を放ったアリスに、ゴトフリーは苦笑いして肩を竦めた。
「嘘じゃないって。竜騎士だからって寄って来る子も居るけど、そもそも会話が続かないと恋愛には発展しないだろう? だから、今回は同じ職場にアリスが居るし、紹介してもらいたいなって思ったんだよ」
「それは……うん。そうなんだけど……」
「結婚式するってなると、俺たち二人だけの問題でもないし……せっかくだから、祝ってくれる皆に楽しんで欲しいよ。アリスだって、そう思うだろう?」
アリスはリリアの結婚式には、ゴトフリーと一緒に行くつもりだし、リリアだってそうするはずだ。
そこで、初対面の人ばかりで味気ない空気ではなくて、出来るだけ楽しい場所にしたいというゴトフリーの気持ちも理解出来る。
「思うけど……私がもし断りきれなかったら、ゴトフリーが代わりに断ってね」
うるっと紅茶色の瞳を潤ませたアリスに、ゴトフリーはにっこり微笑んだ。
「そこは、俺が上手く言うから、アリスは何も心配しなくて大丈夫。あ……ごめん! 仕事抜けて来ていたから、もう戻るよ。明日は弁当の日だから、いつもの場所で!」
ふと時計が目に入り何か予定があったことを思い出したのか、ゴトフリーは廊下を早足で去って行った。走ることは規則で出来ないけれど、彼は足が長いからその背中はすぐに見えなくなった。
「……アリスくん。なんか、君本当に大変だね」
「きっと、その辺で聞いていると思っていました。室長……」
予想通り近くで聞き耳を立てていたサハラ室長は、アリスからじろっと睨まれて、室長室へそそくさと退散していった。




