45 お近づき
「フォークナーさん! 手伝うよ~」
「え? あ。ありがとうございます?」
城の広い廊下を書類を抱えて歩いていたアリスは、顔見知り程度の若い女官に持っていた半分の量の書類を取られ、唖然としてお礼を言った。
(なっ……何? 確かに書類が積み重なってはいるものの、そんなに重くないし……別に一人で問題なく持って行けるんだけど……)
アリスは個人が使用した経費担当の文官で、たまに珍しい用途をどう処理すべきか迷うことがある。何年か分の書類を見て確認するため、書庫に過去の書類を取りに行くのだ。
戸惑っているアリスに向け満面の笑みを浮かべた女官は、足取り軽く先へと進んだ。
「大丈夫ですよ! 困った時はお互い様ということで……これ、行き先は計数室だよね? 私、持って行っておきますね」
彼女は止める間もなくササッと進み、アリスは置いてきぼりになった。それもそうだ。女官の彼女は暇をしているわけもなく、担当している職務があるはずでとても多忙なのだ。
城で王族に仕える女官たちは選ばれし者ばかりで、多忙な日々を送っている。本来ならば、通りがかりのアリスの職務を手伝うなんてあり得ない。
(ええ……わかっているわ。別に親切ってわけでなくて、竜騎士の集まる、私とゴトフリーの結婚式に呼ばれたいんでしょー! わかってるよ。わかっているけど、そういう気持ちが透けて見えると、なんか複雑だよー!)
心の中で大きく叫びながら、アリスは廊下を歩いた。
最近は、やたらと同性から優しくされたり話し掛けられるのだ。それもこれも『竜騎士との結婚式』に招待されたいがためであると、アリス自身も良くわかっていた。
「……お疲れ様です」
職場である計数室に入れば、アリスの机にさっき顔見知りの女官に連れ去られた書類は、ちゃんと置いてあった。
(あの人……なんていう名前だっけ。リリアと一緒に何度か話したことあるはずだけど、思い出せないよー。一応、お礼は言わなきゃだもんね……リリアに後で名前は確認しよう)
勝手に取られた書類を運ばれてしまっただけなのだが、感謝を伝えないわけにもいかない。リリアの同僚なのだから、特徴を伝えれば彼女が誰であるのかを教えてくれるだろう。
「あっれー、アリスくん。何しているの?」
「……仕事です。仕事ですよ。室長。私は書類を書庫に取りに行って帰って来たところです」
部下を何かと揶揄う上司が現れ、眼鏡を直しつつアリスは少々イラッとした口調で答えた。
(無視よ。無視。面白がっているだけなんだから……私にはこれから調べなきゃいけないことがあるのよ。集中集中)
「アリスくんも、なんだか大変だねー……結婚式に呼んで欲しいからって、そこらへん中の女の子たちが手段選ばずにアリスくんに近付きたがっているよね……」
「……っ! サハラ室長。見て居たんですか?」
「ううんー。今ここに来たけどアリスくんが帰って来る前に、書類置かれていたし、そういうことかなって」
先ほどアリスの机に置かれた書類を見て、すべてを理解したらしい。
(この書類見ただけで、推理したってこと……? 名探偵? まあ、サハラ室長は、私がゴトフリーと結婚したら城の大広間借りるしかないって言ってたもんね……)
アリスとゴトフリーが付き合う前から『二人が結婚するなら城の大広間』と、断言していた人なのだ。しかも、自分の縁故を使えば安く借りられるとまで言ってくれていた。
「いやね。僕もそろそろこうなるかなって、思って居たんだよ。アリスくんとマーシュくん、そろそろ付き合い初めのそわそわした感じも、落ち着いて来たじゃない?」
「え。そう見えます……?」
アリスとゴトフリーは職場恋愛ではあるものの、役目が違えば働く場が違う。だから、会えるとしたら窓口に書類を持って来るか、お昼を一緒に食べる時だけだ。
目ざとい上司は一体何処で自分たちの姿を見て居るのかとアリスは内心思ったものの、彼の予想通り、そろそろ結婚の話が出ていることは確かだった。
「そうそう。女子はほら、そういう気配に敏感だから……マーシュくんとの結婚式なら、非番の竜騎士たちが全員出て来るんでしょ? 出会える機会だよ。それは、絶対行きたいねー!」
「室長が竜騎士と出会って、どうするんです……?」
だんだんと興奮した口調になった初老男性の上司に、アリスは半目になった。ちなみに、サハラ室長は愛妻家で有名で、可愛い子どもも三人居る。
「わかってないねえ。アリスくん。竜騎士だよ! 竜騎士。ヴェリエフェンディでは、憧れの存在じゃないか! 知り合いになりたい……付き合いたい! そう思うことが、この国では自然な流れだよ」
「それは、私だってわかりますけど……実際、この城で働く未婚女性を全員招待するわけにはいかないですし、ひどいやつだと言われてしまっても、どこかで線は引きますよ?」
(とは言え、私だってゴトフリーと付き合っていなかったら、絶対に行きたかったと思うんだよね~。そもそも城の文官が竜騎士と結婚出来ることが、異常事態なんだもん!)
人気者の彼らは、いくらでも恋愛する相手を選ぶことが出来る。となれば、必然的に人気のある女性と付き合うことになり、いくら仕事上の接点があるとは言え、城で働く文官と竜騎士が付き合うなんてこれまでに聞いたこともなかった。
「それはそうだろうけど、恨まれるだろうね……」
じっとりした視線で見られ、ため息をついたアリスは持っていた書類をようやく机の上に置いた。
「もーっ……悲しそうな顔をしないでくださいよ! 私が一番に気にしているんです。私だって誰かに恨まれたくないし嫌われたくないですけど……大広間を借りたって、全員呼ぶことは難しいと思います……」
「それは、そうだけどねえ。せっかくの結婚式なんだから、盛大にすれば良いじゃないか。ご祝儀の額は凄いと思うよ」
ヴェリエフェンディの竜騎士の俸給は、周辺国でも語り草になるほどに高い金額だ。そんな彼らが数多く来るのなら、すごい金額になるのは確実だ。
(ゴトフリーも、確かにそれは言っていたんだよね……)
「それはそうですけど、私はどこか可愛い教会で、新郎新婦の友人同僚も人数合わせられる程度でやりたいんです。竜騎士が百人居たってなっても、未婚女性側は何倍も居て、とんでもないことになりそうですもん……」
「まあ、それはそうだけどねえ……アリスくんとマーシュくんの結婚式の招待状は、それこそ血で血を洗う争奪戦になりそうだねえ……」
「こんにちは! サハラ室長」
会話の途中で窓口から顔を出した顔を見て、アリスは首を傾げた。
(あれ? いつもと違う時間だけど……)
決まった時間に訪れるはずのゴトフリーは、アリスの顔を見て軽く手を振って微笑んだ。
「こんにちは。マーシュくん。君とアリスくんの結婚式の話をしていたんだよ」
「それは、僕も話に加わらないとおかしいと思います! とは言っても、時間がなくて、すぐに帰るんですが」
目上の者に対しそつのない対応をするゴトフリーは、サハラ室長に礼儀正しく頭を下げた。
(もーっ……絶対、自分が可愛いこと、わかっててやってるんだから!)
アリスは窓口の椅子に腰掛けて、やって来た彼の顔を見上げた。アリスの好み、ど真ん中の顔がそこにある。
「あ。急ぎの用? 結婚式の話は、また今度ね~」
「あ、すみません。はい! 是非、よろしくお願いします!」
サハラ室長は室長室に引っ込み、アリスはようやく自分の方を見たゴトフリーと目を合わせた。
「どうしたの……? 急ぎの用って」
「うん。アリスに少し、頼みたいことがあるんだけど……」
機嫌良くにこにこ微笑んだゴトフリーの意図がわからず、アリスは戸惑った表情を浮かべた。




