43 隠した本
とある日、窓口の交替時間になり昼休憩に入ったアリスは、そういえば今日は遠征に出ているゴトフリーが帰って来る日ではないかと気がついた。
(あ。確か、ゴトフリーが遠征から帰る日だったよね……私から会いに行ってみようかな)
ゴトフリーは少数精鋭かつ機動力の高い竜騎士なので、戦闘が必要な場所に駆り出されては事件を解決して帰って来る。彼らの仕事は、その繰り返しだ。
そして、ヴェリエフェンディ国内での魔物退治であれば、数多くこなす要件であるし、ある程度の帰還日はいつになるかという予測は付く。
そして、三日前に会った時にゴトフリーはアリスにこう言ったのだ。
『三日後に帰って来たら、長い休みが貰えそうだし、アレックに乗ってどこかに遠出しよう』と。
三交代制で常に多忙な彼と日勤で週末休みのアリスは、休日のタイミングが合うことはない。文官のアリスは祝日を含めて五連休に入るものの、長い休みで遠出出来る日はあまりなかった。
(ゴトフリー……あの時には急いでいたから、何処に行くとか、何の打ち合わせも出来なかったんだよね……)
竜の発着場がある問題で竜騎士団が使う大部屋はヴェリエフェンディ王城の端にあり、文官の使う執務棟とは離れているため、アリスが今居る場所から遠かった。
しかし、ゴトフリーが今城に帰って来ているのであれば、アリスの窓口当番の日にちを知ってくれているので来てくれそうなものなのに、まだ彼は来ていない。
だから、アリスはどうするべきか迷った。
ゴトフリーが居るかどうかわからないけれど、行くべきか行かざるべきか。
(やっぱり……会いに行ってみようかな……もしかしたら、帰って来たばかりなのかもしれないし……)
暇があればいつも会いに来てくれるゴトフリーは、アリスにとって最愛の恋人と言えるし、一日でも離れていると寂しくなってしまう。
「あ」
勝手知ったるヴェリエフェンディ王城の中を鼻歌を歌いながら歩き、アリスは廊下から見える庭園で見覚えのある背中を見つけた。
(ゴトフリーだ)
アリスにはただ座っている背中だけでも、顔を見ずとも会いに来た彼だとわかった。特徴的な金色の髪も頭を下げてその手にある何かに見入っているようだが、近付くにつれ確信を深めた。
近付く前に声を掛けようかと思ったものの、全く気がついていないゴトフリーを見て、アリスには悪戯心がむくむく湧き出した。
(こんな機会そうそうないし、せっかくだからびっくりさせようかな……)
ゴトフリーの背後にまでこっそりと近付いて、驚かせようとしたアリスは『今だ!』と言わんばかりに、彼の背中を押した。
「わ!」
「わー!!! びっ……驚いた。アリス……」
企んだ通りとても驚いたゴトフリーを見て、アリスは満足そうに微笑んだ。彼は立ち上がって振り返り、職場を同じくする恋人の姿を確認したと同時に手に持って開いていた本を隠した。
「もーっ、油断したでしょ? 駄目だよ。私が命を狙う敵だったらどうするの?」
「いやいや、俺も流石に……殺気には気がつくよ」
冗談のつもりで笑いながらそう聞いたが、ゴトフリーは真面目な顔でそれに応えた。
そして、この瞬間。アリスには女の勘が働き、直感的に思った。
(えっ……ゴトフリー、なんか変……何か隠してそう。そうだよね。絶対、隠してる……っていうか、背中に隠してる)
ぎこちなく微笑むゴトフリーは少しずつアリスから遠ざかり、その手に持っている何かを、どうにかして彼女に見られまいとするために足掻いているようだ。
「ゴトフリー。何か……隠しているでしょ? 絶対隠してるー!」
「違う。別に何も隠してないよ」
反射的に答えたゴトフリーに、指を差したアリスは半目になった。
「じゃあ、その手にあるものを出してよ」
こんな場所でこそこそと見ていたくらいなのだ。何か怪しいものでも見ていたのではないかと思った。
実はヴェリエフェンディ国内では、性的な表現のある絵の描かれた本を売買することは禁じられているが、隣国イルドギァでは特に禁じる法律もないので普通に市場に流通している。
ヴェリエフェンディでは所持することは罪には問われないため、男性は隣国イルドギァに行った時に仕入れて来ることが多かった。
「いやっ……これって、別に……別に、アリスが気にするほどのものでもないっていうか……」
しどろもどろになって顔を赤くしたゴトフリーに、疑惑は間違いないと目が据わってしまったアリスは遠慮なくどんどん近付いた。
「じゃあ、見せて。見せられるでしょ? 早く」
アリスはここは絶対に引き下がらないという気持ちを示すために、ゴトフリーに両手を差し出した。
(なんなの。もう……ゴトフリー怪しすぎる……私に見られたくないってことは、ものすごく変な趣味の本でも遠征先で買って来たのかな……)
これは、アリスに怒られたくないと思っているのか、軽蔑されたくないと思っているのか、定かではないものの、あまりに変な態度過ぎる。
「うっ……これ見ても、引かない? 約束して」
これは逃げられないと観念したのか、大きく息をついたゴトフリーは顔を赤くして上目遣いになった。
そして、そんな彼を見てアリスの胸は当然のごとくきゅんと高鳴った。
(ゴトフリー……かわいい。恥ずかしそう……)
ゴトフリーは厳しい鍛錬に耐えうる逞しい身体を持つ竜騎士でありながら、アリス好みの可愛らしい顔を持つという奇跡的な男性で、こういった仕草を見れば堪らなくなってしまうのだ。
アリスにとって世界でも唯一の人で、代わりなんて誰にもなれない。
「べっ……別に、引かないよ。これまでのゴトフリーにも、私は引いてないでしょ? だから、見せてよ」
やきもち妬きのため勘違いをしてとんでもない事を何度も仕出かしたことのあるゴトフリーを見ても、アリスは許している。だから、何の問題もないはずだと手をより近づけた。
「わかった……」
はいっと言わんばかりに手を差し出したアリスに、ゴトフリーは背中に隠してあった本をようやく渡した。
「……えっ……『新婚旅行にピッタリ! ロマンス溢れる高級宿集』? ……あ。ゴトフリー……」
アリスは自分が大きな勘違いをしていた事に気がついて、とても恥ずかしくなってしまった。
(こんなにも絶対に見られたくないって隠すってことは、絶対にえっちな方向の本だと思ってたのに……不意打ちだよー!)
アリスは顔を熱くして恥ずかしくなってしまった。想像していたものとは、全く違う。
しかも、普通に考えれば自分との結婚を考えて新婚旅行先を探していてくれたことになる。
「うん……ごめんね。なんか焦っているみたいに思われると、良くないかなって……アリスはまだ働きたいって言ってたし……」
まだ結婚しないと表明しているアリスに対し、結婚を急かしてしまっているようになり引かないか心配になってしまったらしい。
「えっ……それは、全然大丈夫だよ! 私も別に、結婚したくないって訳でもないよ。せっかく城で働く文官になったし……子どもが出来るまでは、働こうかなって思って居るだけで……そのっ、あのっ……ゴトフリーと結婚したいと思っていることは確かだしっ……」
別にゴトフリー一人だけが結婚したいと思っている訳ではないしと、アリスは慌てて言った。
そこで、ゴトフリーは背をかがめてアリスの顔を覗き込むと、可愛らしい笑顔で笑った。
「えっ……そうなの? じゃあ、俺と結婚するだけなら、すぐにでも良いんだよね? 城でも職場結婚している人多いしさ」
「えっ? うん。そうだよ。子どもが居ない間は、働きたいし……結婚したくないっていう訳じゃなくて、結婚するなら絶対ゴトフリーが良いよ。私だって」
アリスはここまで言ってから、『あれ?』と気がついた。
(……なんだか、私たち……もうすぐ結婚する流れになってない? え。新婚旅行先についての本をゴトフリーが読んでいて、私がそれを指摘しただけなんだけど、いつの間にか本格的に結婚する方向性に話が進んでいるよね……?)
「うんうん。一緒に住んだ方が良いよね。俺は竜騎士宿舎を与えられているし、あそこから通った方が城は近いしさ……ねえ。結婚は別に良いんだよね? アリス。準備してから結婚しよう。家賃も要らなくなるし」
「うっ……うん。わかった。ゴトフリー」
(あれ? あれ……私たち、もう近々結婚することになってる……)
慌てて頷いたアリスを見てゴトフリーは嬉しそうににっこりと微笑み、ここでようやく彼女は早く結婚をしたがっている恋人の手の内で踊っていたことに気がついた。




