41 きちんとした服
「……アリス? ただいま。えっ……これどうしたの……? あ。もしかして、うちの母親に会いに行く時の服選び? 母は豪快な性格で、あんまり細かいこと気にしないし。そんなに、めかし込むことなんてないから……うん。落ち着いて」
仕事終わりのゴトフリーが合鍵を使ってアリスの部屋へと帰り着くと、部屋いっぱいにクローゼットから引っ張り出した服を広げてうんうん悩んでいる彼女を見て驚いた。
「もうっ、ゴトフリーは黙ってて。これって、私にとっては由々しき大問題なんだよ。どうしよう……なんで私って、可愛いっていう基準でしか自分の服を選ばないの? きちんとして見える服が、全然ないの……」
しょんぼりして落ち込んだ様子でアリスがそう言えば、ゴトフリーはそんなことでと苦笑して言った。
「アリスは可愛いものが好きなんだから、それは仕方ないよ。それに、そういう服が一番似合うし。親に会いに行く時も可愛い服で良いよ。ね? うちの母親だって、可愛い女の子は好きだろうしさ」
世界中のほとんどの人間は可愛い女の子がきっと好きだとゴトフリーはしたり顔で頷いたので、彼の母親から絶対に悪印象を持たれたくないという自分の気持ちをわかってくれない彼氏に向けて、アリスは近くにあったクッションを投げつけた。
「もうっ……私。ほんっとうに。悩んでるんだよっ」
アリスが泣きそうな表情になったので、これは良くない兆候だと思ったのかゴトフリーは慌てて大股で彼女に近付いて頭を撫でた。
「え。ごめんごめん。服でこんなに悩むなんて、思わなかった。俺が悪かったから、そんなに怒らないで……アリスが納得出来るまで、親と顔合わせするのは延期するからさ。ね?」
よしよしと宥めるようにしてゴトフリーが言ったので、アリスはそれを拒否するようにして首を横に振った。
「……やだ。もし、延期したら、ゴトフリーのお母さんになんでって思われるでしょ?」
彼氏の親に会うという行事について完全に思い詰めているアリスを見て、ゴトフリーはよくわからないと目を瞬いた。
「そうしたら、適当に誤魔化すって……何。どうしたの? これが俺が付き合ってる彼女ですって、軽く言いに行くだけだよ」
竜騎士として多忙な日々を送るゴトフリーは、片親で育ててくれた母の顔を最近見てない。だから、再婚して遠くの街に住む彼女にそろそろ会いに行こうと思い立ち、休みが合えばアリスも良かったら同行するかとこの前に尋ねたのだった。
「え……けど、お母さんに私との結婚を許さないって言われたら、どうするつもりなの? 私。ゴトフリーとしか、結婚したくないし……」
ゴトフリーが人生初の付き合った彼氏のアリスはそんな彼の言葉を聞いて、彼の母親に二人で結婚の挨拶に行くのだと思い込んでいた。
「……え?」
「え?」
アリスの切実な思いを聞いてぽかんとした彼氏の顔を見て、彼女もゴトフリーと同じような表情になり二人は向かい合った。
(なんで……? だって、親に紹介するって言われたら、普通そうなんだよね?)
親友のリリアに相談したら、きっとそういうことだろうと彼女は目を光らせて頷いた。
なんでもそつなくこなす出来る女の言うことに絶対間違いないと頼り切っているアリスは、彼女のアドバイス通りに親世代にウケの良い服装を手持ちから探し、一枚もないことに一人絶望していたのだった。
「あの……確かに、俺。アリスと将来は結婚するつもりだけど……お互いの将来設計を考えて、二年か三年付き合ってからしようと思っていたんだ……だから、本当に……今回は母にただ会いに行くだけだよ。アリス」
それは大きな勘違いなんだと言いにくそうにおずおずと切り出したゴトフリーの顔は、にやけてどこか嬉しそうだった。
彼の様子を見て、今回はそこまで緊張することなかったかとアリスはほっと息をついた。
「えっ……そうなの? なんだ……! 焦って、損しちゃった。けど、せっかく会えるんだから、好印象持ってもらいたいもん。明日、服を一緒に見に行ってよ。ゴトフリー」
にこにこと笑顔になりあっさり機嫌を直したアリスを見て、ゴトフリーは肩をすくめ微笑んだ。
「良いよ。なんでもアリスが好きな服を、買ってあげる」
「もうっ……そうやって、無闇に甘やかさないで。店ごとって言っても、買ってくれるつもりなんでしょ。そういう無駄使いは、良くないし駄目なんだよっ」
国一番の高給取りである竜騎士の一人ゴトフリーは、城で働くしがない文官アリスの月給とは桁違いの金額を稼ぎ出すのだ。
そんな彼氏はどうやら貢ぎ癖もあるらしく、事ある毎になんでも買ってくれると言い出すのを断るのが大変だった。
「アリスは自分が好きなものを買って貰うの、好きじゃないの?」
ゴトフリーが本当に不思議そうに聞くので、女運が悪いと評判だった彼が今までどんな女の子と付き合ってきたのかがそこで知れてしまい、まだ付き合っていない彼の過去には何の罪もないとわかりつつアリスはなんだか胸がムカムカしてしまった。
(……ゴトフリーって、私にも本当に優し過ぎるし。きっと好きな子には、なんでもしてあげたい人なんだよね。彼の優しさに増長しちゃった元カノなんかに、色々と好きなようにされたのかな。もう……絶対にそんな事にならないんだから)
「……必要なものは、記念日なんかに貰ったら嬉しいよ。けど、着られないくらいの数の服とか、どう考えても持ち切れないバッグとか。そんな……無駄なものなんて、何も要らないの。私は、ゴトフリーのことが好きなんだよ。何か買ってくれるから、高給取りで裕福だから好きだって言う訳じゃないもの。ただ付き合ってくれてるだけで、私は十分過ぎるほど、幸せなの」
アリスはゴトフリーの中にこれまでの積み重なりによる妙な不安を、時間を掛けてゆっくりと埋めてあげたかった。
長年の付き合いがある彼の親しい友人からアリスが色んな情報を聞いたり、解決方法を相談したりして、だいぶ良くなって来たものの、何度も付き合って来た彼女に裏切られ辛い目に遭い傷ついているのは事実だ。
「……ごめん。アリス。好きだよ」
ゴトフリー自身だってとんでもなく臆病になっていることを、誰よりも自覚していた。
竜騎士になれる彼ほどの人ならば、過剰過ぎるほどの自信を持っていると思われるだろうが、ゴトフリーには幼い頃からどうしても勝てなかった高い壁が近くにあった。
(けど、私が好きになるのは、ゴトフリーしか居ない。だって……本当に、外見も中身も全部可愛いんだもん)
彼が必要以上に気にしているライバルと実際に会って知っているアリスは、彼らについては素敵な人だなと軽く思う程度で、恋をしているのはゴトフリーただ一人だった。
可愛いものが大好きなアリスにとって、ゴトフリーは外見も性格も理想通りで好みの真ん中に位置しているからだ。
「あのね。私が会うのを緊張するのは、きっとヴェリエフェンディの王様とゴトフリーのお母さんだけだよ! 王様は文官の私を、クビにする権利を持っているけど……ゴトフリーのお母さんは、ゴトフリーを産んでくれた人だもん。絶対に、嫌われたくなくて」
甘えるように上目遣いで彼を見たら、ゴトフリーは気を取り直したようだった。
「ふはっ……うん。アリスだったら、絶対に気に入るから心配ないよ。がっつり金を稼ぐ竜騎士と付き合っているのに、服一枚買って貰うのも拒むんだよ? もっと贅沢させろって、母に怒られるかも。だから、明日の買い物は俺が出したいな……」
「けど、私も自分の服を自分で買えない訳でもないし……あ。あのね。じゃあ、私もゴトフリーの服を買ってあげたら良いんじゃない? そしたら、お互いに服を買ってあげてるもの」
「え。俺の服? アリスが選ぶの……?」
ゴトフリーはアリスが言い出した言葉を思ってもみなかったのか、驚いている様子だ。
「そうだよ。お母さんに会いに行く時に、着ていこうよ」
「わかったよ。アリスには、本当に敵わないなあ……」
シンプルでセンスの良いものを好み拘りのあるゴトフリーのすっきりとした服は、可愛いもの好きなアリスから見ると常に物足りない気持ちがあった。
(ゴトフリーの服を、選べるの嬉しい……え。何々。そうだよ。これって、すごく名案じゃない?)
翌日。アリスの選んだゴトフリーの服の何倍もの値段の服を買って貰うことになり必死に拒むも、可愛い顔をして押しの強過ぎる恋人に押し切られることになってしまった。




