40 監禁ごっこ
「いらっしゃい。アリス、もうご飯食べたの?」
扉を大きく開いたゴトフリーは仕事帰りそのままで自らの家に訪れた恋人を見て、首を傾げた。中へと促すようにして、家の中へと自分の大きな体をさっと向けた。
「うん。リリアと一緒に食べて来た。ゴトフリーは?」
「ごめん。俺、今まで勉強してたんだ。アリスが来るまで、時間忘れてた。迎えに行けば良かったのに、本当にごめん。俺だけ、すぐに用意して食べるけど気にしないで」
広い居間へと続く廊下を進みつつ、彼はそう言った。
そういえば、この前にもうすぐ重要な昇進試験があると言っていたような気がすると、アリスは頷いて微笑んだ。
「ううん。城からそんなに離れてないし、ここまでは大きい通りばかりだから、大丈夫。勉強、本当に頑張ってるね」
「うん。まぁ、これも仕事の内だからね」
温かな居間へと入りアリスの持っていた鞄と脱いだばかりの上着を受け取りつつ、ゴトフリーは苦笑した。
この前に購入したばかりの毛足が長いふわふわとした白い絨毯の上には、さっきまで彼が読んでいたと思われるいくつかの本が開いたままで伏せられて散らばっている。
(こんなに沢山の本……なんだか難しそうな題名ばかりだし……)
兵法書らしき題名は、アリスにもなんとなく察することが出来るのだが、その他の本がとても分厚く学生時代は勉強に明け暮れた自分が見ても良くわからない長々しい題名が背表紙に書かれている。
さっとそれらに軽く目を通しただけでも、ゴトフリーが受ける試験はかなり難しそうだと言うことが理解出来た。
「すごい本の量……試験範囲は、こんなにも広範囲なの?」
「団長の推挙を受けておいて、あっさりと落ちましたでは怒られるから、必死だよ。城の外周を日暮れまで走らされるくらいじゃ、絶対に済まないから」
歴史を持つヴェリエフェンディ王城は周辺国の中でも広大な事で知られていて、竜騎士になる人はあんな距離を走らされるのかと思うと、根っから運動が苦手なアリスはなんとも言えない表情になった。
「……団長さんて、そんなに怖いの?」
アリスがこの前に彼の上司である団長に病院で助けて貰った時には、集団を統率するための鋭い緊張感は感じたものの、見たところ理不尽な人ではなさそうだった。
「うん。怖い。物凄く」
ゴトフリーの目に光が見えなくなったような気がして、アリスは慌てて話題を変えた。
「それより! 今日は監禁ごっこ……だよね?」
目の前の彼が監禁をしてみたいと言っていたので、それでは次の休みの前の日にという事になった。ゴトフリーも同盟を組んでいる隣国がゴタゴタしているようで多忙だったし、ようやく二人重なった休日の前夜にようやく決行することになったのだ。
アリスは事前に、何故かこういう事に詳しいリリアに監禁とは何かという事を情報収集済みだった。
リリアは監禁された事あるかと聞いたら、にっこり微笑んで全く違う話題を話し出した。その先には踏み込んではならぬ高い壁があることを感じて、アリスはそれ以上は何も言えなかった。
(あれって……あるって事だよね。監禁って、そんなに皆しているものなのかな)
偶然彼の言葉を聞くまで人生で初めて付き合った彼氏のゴトフリーに、そんな性癖があるとは知らなかった。それに、監禁は世の中の恋人同士の中では当たり前のようにされている事なのかと奥手なアリスは衝撃でもあった。
ゴトフリーが鍋を温め直して料理を食べている間に、アリスは手を洗いに行くふりを装い彼の家の中をさりげなく点検した。
(きっとあるだろうと思ってた檻もないし……鎖とか縄とかもない……え。どんな風に監禁されるんだろう……)
「アリス! お茶入ったよ」
「わっ……はい。はい!」
挙動不審になっているアリスを不思議そうに見て、彼は大きなカップに入った温かなお茶を手渡した。
「どうかしたの?」
「ううんっ……! なんでもない」
慌てて首を振ったアリスは寝転んだゴトフリーの隣に座り込んで、分厚い本を開いて読んでいる彼の綺麗な横顔を見つめた。
真剣な眼差しで文字を追う彼は、いつも見ている姿とは少し違って顔が自然と赤くなった。
ゴトフリーの家で彼といつものようにまったりと過ぎていく時間の中、アリスははたと今回のお泊まりの本来の目的に思い出した。
(待って。これって、ぜんぜん監禁……されてなくない?)
監禁される設定の自分は未だ閉じ込められるための檻にも入ってないし、なんなら自由を奪うための鎖も両手足の何処にも繋がれていない。
さっきリリアとご飯を食べつつ話して勝手に予想を立てていた監禁とは、全く違う状況下にある。
ふわふわした手触りの良い絨毯の上に座り、隣に居る彼氏は寝転がりつつ本を開いて難しそうな試験のお勉強。特に何の不満がある訳でもないけど、このままだといつも通りゴトフリーと家でデートをして今夜は終わってしまう。
「ねえ。これって、本当に監禁なの? なんだか、普通に家に居るだけなんだけど……」
監禁というと、もっと自由を奪われてしまう事なのではないのだろうかとアリスは首を傾げた。
ゴトフリーは肘を突いて読んでいた本を閉じて、軽い動作で上半身を起こした。
「うん。そうだよ。監禁っていうか、要は俺の傍にアリスが居てくれたら。もう、それで夢が叶って何もかも満足しているから。後はアリスが快適に過ごしてくれたら、なんでも良いんだよ」
ゴトフリーは上機嫌だし、別に自分だってふわふわした絨毯からわざわざ移動して、想像上の檻にある冷たい石床の上に座りたい訳でもない。この家の中のどこかに、人間が入れるような大きさの檻があるのかも謎だけど。
「そんなものなの?」
いぶかしげにアリスが聞けば、ゴトフリーは冗談で言った監禁ごっこを律儀にこなそうとしている恋人に対して面白そうに肩を竦めた。
「そうだよ。俺がアリスにして貰いたい事は、ただそれだけ。たまに檻に入れて鎖に繋ぎたくなるけど……優しくして大事にして好きになって貰って俺から離れられなくなったら、一緒だからね」
物騒な事をにこにこと可愛い笑顔で言ったゴトフリーに、アリスは彼の言い分が良くわからないと不満げに目を細めた。
「それって……一緒の事なの?」
「一緒だよ。監禁も溺愛も、俺と離れられないようにするのが、何よりの目的だから」
「あのね。じゃあ私はゴトフリーに、常に監禁されてるのかな?」
アリスがそう疑問を口に出すと、彼はまた何を言い出したのかと紺色の目を見開いた。
「ん? 何。どう言う事?」
「だって、私がいつもゴトフリーと離れたくないって思ってたらね。監禁されてるのと、一緒なんでしょう? だから、私はいつも監禁されているのと同じなんじゃないかと思ったの」
「……そうかな。そうかも」
真面目な顔をして温かなお茶を口に含みつつ監禁とはを考察し始めたアリスを愛おしそうに見つめて、ゴトフリーは微笑んだ。




