37 石鹸 (side Godfrey)
「おい、ゴトフリー。聞いたか?」
エディがこういうやけに楽しげな顔をしている時は、絶対にろくなことがないのをわかっているゴトフリーはなんとも言えない顔で首を傾げた。
今日は上司にあたる団長と副団長は終日不在のため、竜騎士の使う大部屋の中はどことなくだらけた空気が漂っていた。
そんな日がたまにはあっても良いと思う程にはこのところ激務が続いていたので、仕事上極めて厳格だが部下思いなところのあるあの人のことだから、こうなることも予想済みの出張ではあるのだろう。
エディは何も言わずに待ちの体勢のゴトフリーの席ににやにやとしながら近づいてきた。
「お前の彼女、最近めちゃくちゃ良い匂いがするって、近衛騎士達の中で噂になってたぞ」
その言葉を聞いて、思わず眉を顰める。
エディがこの様子だと言うことは、アリス関係のことだろうと思ってはいたが、彼女が他の男たちの噂になっているということを聞いてなんとも不愉快な気持ちになったからだ。
こんなことで、心が狭いとでもなんとでも言えば良い。
でも、世界一愛している存在であるアリスのこととなるとどうにも我慢がきかない。
(あの薔薇の匂いのする石鹸を使っているからか……俺のあげた石鹸でアリスが他の男から変な目で見られるなんて思いもしなかった)
二人の思い出の場所となった例の宿屋で備え付けにされていた良い匂いの石鹸を買ってあげたら、本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれたので、その時のことを思い出すと思わず口元が緩む。
そして、自分の席から立ち上がった。
平静な様子を見てなんとも反応が予想外だったのか、つまらなそうな顔をしているエディの横をすり抜けて、ゴトフリーはいつもの道筋を辿って愛しい彼女のところへと向かった。
恋人のアリスはこの城で働く、経費担当の文官だ。
惚れた欲目ではなく、本当にどこからどう見ても可愛いらしい容姿を持つため、変な虫が近寄らないようになるべく傍に居て牽制するのも大変だった。
「あれ、ゴトフリー。どうしたの。さっきも来たのに、何か忘れ物?」
ふふっと笑いながら大きな眼鏡をかけ直しながらアリスは言った。
この可愛い彼女に恋をして付き合ってからも降り積もるようにずっと想いが募り、いつまで経ってもその愛くるしい仕草に心がかき乱されて翻弄される。
「……アリス。良い匂いするね?」
慎重に切り出したその言葉にアリスは嬉しそうに頷いた。
「気がついた? そうなの。最近石鹸を使い切ったから、ゴトフリーに買ってもらった石鹸おろしたんだよ。すごく良い匂いするでしょ。結構褒めてもらえるんだよ」
はにかみながら、そう言ったアリスはこれまた可愛い。でもその発した言葉に、どす黒い感情が渦巻く。
(褒めてもらえるって……誰に?)
その嬉しそうな顔を目の前にして、その石鹸は俺の前だけで使ってと言いたくて言えなくて、ゴトフリーはなんとも言えない顔で俯いた。
嫉妬深いことは自分でもいたいくらいの自覚はあるし、健気なアリスはそれを嬉しいとまで言ってくれるんだけど、この醜い感情を表に出すことによって、彼女がどう感じるかを思うと考えなしに頭ごなしになんて言えなかった。
「ゴトフリー? どうしたの……? 何かあるなら言ってよ」
アリスは狭い窓口からちいさな手を出して、すぐそこまで近づいていたゴトフリーの袖を引っ張った。さっきまで笑ってくれていたのに、今は不安そうな顔をしている。
落ち込んでいる理由もわからないのに、暗い顔をして俯いていたらそれは心配にもなるか。
こんな顔をさせたい訳じゃないのに、どうにも、このアリスのこととなると、理性が働かなくなるし、うまく物が考えられなくなるのだ。
不安にさせたい訳じゃない。アリスが良い匂いするのは、良い。薔薇の匂いは可愛い彼女によく似合う。けれど、なんとも言えない不安がつきまとうのだ。
もし、誰か自分より条件の良い誰かがそれで興味を持ったら? それをアリスはまんざらでもなかったら?
(絶対に、誰にも取られたくない)
そうして、ぎゅっと握られた手を反対側の手で優しくさすってから、いつも不安に思う自分を落ち着かせる時に、彼女がしてくれているように、自分も心の中で苦しいくらい波打っている感情を、ゆっくりと話すことにした。
「……アリスから良い匂いするって近衛騎士の中で噂になっている。俺がプレゼントしてあげた石鹸が原因だし、このあまくて上品な匂いは君に似合うと思う。でも、このことで君が誰かに取られたらと思うとすごく不安なんだ。ごめん、正直に言うとまたやきもちを妬いた」
そう言って自分の気持ちを正直に吐露すると、アリスはすこし驚いた顔をした後に嬉しそうに笑い、両手で自分の右手を握った。
ちいさな手が自分の大きな手を懸命に包み込もうとしているのを見て、なんだか泣きそうになる。
世界中の誰よりも愛している彼女が、自分のことを心底大事にしたいと、そう思っているのをじわりと感じると、簡単に涙腺が弱くなるのだ。
「ゴトフリー、それでそんな顔してたの? もう。私の石鹸の匂いなんて皆すぐ忘れちゃうよ。やきもち可愛い。大好きだよ、ゴトフリー」
そう言って微笑んでくれるだけ。それだけで、もう何もかも許せそうになってしまう。
でも、石鹸はもうちょっと香りが抑えめなのを特注で注文した。
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