36 プレゼント (side Aleck)
(おい、アレック。鼻に蝶が止まっているぞ)
あきれたようなその声を聞いて、アレックは目を開けた。青い空を背景に鮮やかな黄色い蝶が飛んでいくところだった。日が高く、竜舎の近くにある広場にある大きな木の影で寝ていたはずなのに、今全身に光を浴びていた。
眩しい。
今日は出撃がないからゆっくりしていろと自らの契約している竜騎士であるゴトフリーからの連絡を受けて、ここに昼寝しに来たのは午前のかなり早い時間だ。視界に鮮やかな紅の鱗に包まれた大きな体が入り、さっき自分に声をかけたのは生まれた時からずっと一緒で同い年のワーウィックだと知れた。その顔は自分を覗き込み、何とも言えない表情をしている。
(ワーウィック、え。もしかして出撃?)
まさか自分の寝ていた間に呼び出しがあったのではないかと一瞬慌てる。でも、そうだとするとゴトフリーが緊急招集の特別な声を使っているはずだ。契約している竜騎士のみが使える、こちら側が心を閉ざしていても、眠っていてもわかるようなそんな声が届くはずだった。
(違うけど。お前がこの前人化してアリスの誕生日に何か買いに行きたいって言ってたんじゃないの。今日はリカルドもちょうど仕事だし、付き合ってあげようと思っただけ。クライヴもついてくると、うるさいから。早く行こう)
もう一匹居る兄弟同然の氷竜のクライヴは、どうやら今近くにはいないようだった。あいつは女性のことになると本当にうるさいから、自分がアリスに選ぼうとしているものも何かと口を出すだろう。ワーウィックはそれを見越してクライヴに気がつかれる前に、自分を迎えに来てくれたらしい。
(……うん。ありがとう。ワーウィック)
すこしうたた寝するだけのつもりだったのに熟睡してしまっていたのか、頭の回転がにぶい。体を起こしなんとか目を覚まそうと目を瞬かせるアレックの肩にそっと手を乗せ、ワーウィックは人化の魔法をかけた。一瞬の内に目線が下がり、その肌色の小さな手を何回か握った。何度かこの魔法は経験しているけれど、変化してすぐは違和感が凄い。
人化の魔法は本当は自分たちのような成竜になったばかりの若い竜が使える魔法ではない。けれど、優秀なワーウィックとクライヴは自分たちの群れの統率者である上位竜イクエイアスに以前の戦果の報酬としてそれを使うことが許されていた。正直にそれを羨ましいと思う。出来れば自分だって好きな時に人化してかわいいアリスやその心を気に入り契約を与えた竜騎士であるゴトフリーと過ごしたかった。
「何してんの、行くよ」
自分も真紅の髪を持つ少年の姿に変化したワーウィックに言われて微笑むと、二人で王都の市街に続く道に向けて走り出した。
自分の竜騎士であるゴトフリーの恋人は異種族である竜の自分が見ても魅力的な外見の想像させる通り、かわいらしい物が大好きらしい。事前に調べておいたそういう物を専門に置いている店に入り、どうせなら喜んで欲しくて、棚の前で頭を悩ませる自分の横でワーウィックは興味深そうにピンク色の猫の置物をその手に取って眺めている。
「……こっちとこっちだとどっちが良いと思う?」
やっとアレックがプレゼントの候補を二つにまで絞り、それを右と左、両手に持った。そして時間がかかっても、我慢強く黙ったまま焦らせることなく隣に居てくれたワーウィックに聞いた。
「うーん、ピンクの方かな。赤もかわいいけど、アリスにはこっちが似合うと思うけど」
ピンクの方を指差して、首を傾げた。そのワーウィックの後ろに紺色の髪を見つけて目を見開く。竜の時とは違い、人化していると同種の気配もよくわからなくなる。
「いや、アリスさんには赤だね」
その断定するような声を聞いてワーウィックは顔をしかめながら振り向いた。自分もこの先の展開を容易に想像できてしまい、思わずちいさくため息をついてしまう。
「「クライヴ」」
二人の重なった声を聞き、クライヴは珍しくむっとした表情になっていた。このクライヴはキザだし冷静で飄々としているのが持ち味なのだが、いつも三匹一緒にいるのに、今回仲間外れにされたのがどうにも気に食わなかったらしい。
「何で声かけてくれなかったの」
「お前に言うと絶対口だしするだろ、今回はアレックがプレゼントするんだから、聞かれたら意見を言うのは良いけど最終的にはアレックに選ばせてあげなよ」
「ごめん、クライヴ。僕がワーウィックに頼んだんだ」
三人で一気に話だす。竜の姿の時の悪い癖だ。心の中の声はどんなにタイミングが被っても意味はそのまま届く。ただ、空気を震わせる声は被ってしまうと何を言っているのかわからない。
それに気がつき三人で妙な顔になり、そして一気に笑い出した。卵の時から一緒だったのだ。お互いに何を考えているかわかる程度には気心は知れていた。
「……それじゃあさ、全員で一個ずつアリスにプレゼントを選ぼうよ。そうしたら、こだわりがあるクライヴもワーウィックも自分の選んだ物をあげられるだろ?」
アレックのその言葉に二人は納得したように頷いた。
「あ、でも今お金持ってない。ちょっと待って。リカルドに聞いてみる」
「ブレンダンなら休みだし、すぐそこの家に居るよ。借りたら良いんじゃない」
ワーウィックは自らの竜騎士であるリカルドに、同僚のブレンダンからお金を借りて良いか確認しているみたいだった。
そういえば、やきもち妬きで有名な自分の竜騎士のゴトフリーに恋人に贈られる誕生日プレゼントが増えることを一応確認しておかねばならない。
(ゴトフリー。今良い?)
(俺が仕事中に話しかけてくるなんて珍しいな。どうした?)
すぐに返ってきた心の声にアレックは言葉を選びながら、質問した。
(アリスの誕生日にワーウィックとクライヴがプレゼントしたいって……良い?)
一瞬間を置いて、ゴトフリーは答えた。
(良いよ。誕生日祝いの日はワーウィックもクライヴも呼べば良い)
その答えは無理している訳ではなさそうだ。安心してわかったと答えて、自分を待っていた様子のワーウィックとクライヴを見る。
「ゴトフリーが、お祝いの日にワーウィックとクライヴ呼んで良いって」
その微笑んで言った言葉に二人は笑顔で頷いた。すぐに身を翻して店の出口へと向かう。
「じゃあ、ブレンダンがすぐそこまで来てくれているから行こう」
「どうせだし、あいつ連れて女性用の贈り物が置いてあるところを回ろう。せっかくだから一番似合うものをあげたい」
「え、ちょっと待ってよ!」
手に持っていたプレゼント候補を、きちんと元通りに棚に戻すと、アレックは既に店を出てしまった後の二人を慌てて追いかけた。




