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32 泣き笑い

 その時、何かの生き物のするどい鳴き声が辺りに響き渡った。高くて、まるで泣いているようなそんな響きの声だ。


「おい、なんだ。あの声は」


「……こんな王都の近くで魔物か? あの声の大きさだぞ。かなり大型なような気がするな……」


 戸惑うような男たちの声がして、アリスは、その時、その建物の屋根が無くなった瞬間を目撃した。本当に一瞬の内に暗かった視界が星空へと姿を変えたのだ。何かが吹き飛ばされたような大きな音がして、それからすぐに、激しい威嚇音がする。


 ゴトフリーの相棒である緑の竜がその時、現れたのだ。あまりの怒りで我を忘れているのか、いつもの穏やかな可愛らしい様子など今は微塵も感じさせない。空気中に漂うゆらめくような怒りが可視化されたかのような、その竜の様子に男たちは慌てふためいて逃げ出そうとしているのか、ガタガタと物音がする。


 燃えるような赤い髪を持つ男性が危なげなくアリスの目の前にすとんと降り立った。すこし驚いた顔をすると安心させるように微笑み、上を向いて言った。


「ゴトフリー、お姫様は無事だ、間に合った、大丈夫だ」


 その声に、こんな星空の中でもほの明るく見える、蜂蜜色の髪の男の人が降り立つ。


「……アリス!」


 誰よりも大好きな人の声がして、アリスはまた泣いてしまった。ゴトフリーは横たわっていたアリスを、胸に抱き抱えて優しく囁いた。


「もう大丈夫だよ。皆が一緒に来ている」


 泣いているアリスを痛ましげに見て、猿轡を手早く外してくれた。


「……ゴトフリー、会いたかった」


 感極まって声を出して泣き出したアリスの手足に巻かれた縄を解いて、横抱きにして抱き上げる。


「……ありがとう、リカルド。俺が先に降りて、こんなアリスを見ていたら、全員殺していた」


 その間も、二人を守るように前に立っていたリカルドは、肩を竦めて笑う。


「怖かっただろうから、お前は先に帰って休ませてやれ……絶対に一人も逃さないから安心しろ」


 その言葉に頷いて、ゴトフリーは一度建物の外へ出ようと歩き出す。その間も仲間の竜騎士らしき男の人達が、近くを通り過ぎる度にアリスの頭を撫でたり声をかけてくれて、見つかって良かったと喜んでくれた。


 緑竜はその姿を見つけ、二人のすぐに傍に降り立ち大きな翼を畳んで心配そうに見つめている。ようやくすこし落ち着いてきたアリスは手を伸ばしてその顔を撫でて、会えたことを喜んだ。アレックもキュルキュルと嬉しそうに鳴いた。


「アリス、アレックは本当に心配していたんだ。さっきの叫び声はこいつだよ。アリスが心の何かを言って、それを聞いて辛くて思わず叫んだんだ。俺にはとても聞かせられないって隠すんだ。なんて思ったの?」


 その視線は隠すことを許さない、とそう言っている。アリスは目を伏せつつ、声を出した。


「……ん……最後にね、ゴトフリーに会いたかったって……そう思ったんだよ」


 それを聞いてゴトフリーは歯を食いしばり、何かに耐えるように身を震わせた。それを見たアリスは話題を変えたくて、さっき聞いた言葉を思い出した。


「ゴトフリー、皆って……竜騎士団が来てるの?」


「そうだよ。アリス、捕まった時に心の中でアレックのこと呼んだだろう? あの時、アレックがひどく動揺して、力の加減せずに俺のことを呼んだから、竜舎中の竜が自分の竜騎士に緊急事態を伝えたんだ。流石に勤番の竜騎士は城からは動けなかったんだけど、非番で動ける全員が今一緒に来てくれたんだよ。とにかく使われていない古い教会ということしかわからなかったから、地図中のそんな建物を皆でしらみつぶしに当たったんだ。さっきのリカルドが人の気配のする廃墟の教会を見つけてくれて、すぐに俺を呼んでくれたんだ……とにかく、見つけられて良かった……」


 かすれた声でそう言ってアリスをぎゅっと抱きしめた。


 そのどこよりも安心出来る腕の中でゆっくりと空を見上げると、本当にすごい数の竜が空を飛んでいる。もちろんヴェリエフェンディで生まれ育ったから、竜が空を飛んでいるのを見るのは日常茶飯事だけれど、こんなに空を埋め尽くす程の竜を見たのは初めてだ。


「……すごい」


 先ほど生きるか死ぬかの間際に居たことも忘れてその光景に見入ってしまう。きらめく星が光る夜空を、属性の光を放つ竜の影が縦横無尽に飛んでいる。


「皆、アリスのことを助けに来たんだよ。でも、アリスの竜騎士は俺だけだから」


 その言葉に隠されたつよい独占欲にアリスは微笑んだ。どんなにたくさんの素敵な竜騎士が居たとしても、アリスが選ぶのはゴトフリーただ一人なのに。


「……アレックにね、大好きだよって伝えてって言ったんだけど、伝わった?」


 悪戯っぽく微笑んだアリスに、ゴトフリーはキスを落として微笑んだ。


「……その言葉の伝言ゲームは禁止にしよう。それはいつでも俺に直接伝えて。いつだって、どこにだって、俺はアリスの元に行くから」


「ゴトフリーとアレックがきっと迎えに来てくれるって、そう思ってなかったらきっと心が潰れてしまってた。本当に助けに来てくれてありがとう」


 その言葉を聞いたゴトフリーはその紺色の瞳から涙を流した。泣き虫のアリスが泣くことは、よくあるけれどまさかこの彼が泣くなんて思わなくて、何も言えなくて、じっと見入った。


「アリスが攫われたと聞いてから、不安で、たまらなかった。今無事だとわかったから……ごめん。止まらない」


 ゴトフリーの両手はアリスを抱いているので塞がってしまっている。アリスは手を伸ばして彼の涙を拭った。


「心配かけてごめんね」


 うん、と言って泣き笑いしてくれた彼が、本当に愛しくて、大好きで、アリスもやっぱり一緒に泣いてしまった。



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