30 幸せ
ゴトフリーの友人たちとアリスがこまめに相談するようになってから、彼の抱えていた不安は目に見えて減ってきた。
例えば、アリスが普段思っていることを、親しい友人の誰かから、その人の意見を交えて間接的に聞いたりすることによって、彼女から直接聞くよりも違う受け止め方も出来るようになってきたらしい。
本来のゴトフリーは自分のしたいことを押し殺してでも、周囲の人を大事にすることを優先する、そんな優しい人なのだ。
けれど、過去の悲しかった出来事や、すぐには受け止めきれないほどの手酷い裏切りにあって、暴走してしまう感情を嫌悪しながらも持て余していた。
そういうつらい葛藤が減ってきたから、心の中が段々と安定してきたようなのだ。
(良かった。私と離れている時は、皆にも気を掛けて貰えるようになったから、だいぶ楽になってきたみたいなんだよね)
遠征などでアリスと離れている時には、誰かに取られはしないかと心配で堪らなかったようなのだが、それが客観的に見てどれがどれだけ無用な心配かを現地で何度も言い聞かせてもらっているらしい。
根気の要る作業にも彼らは面倒がることもなく、アリスの希望通りに動いてくれた。
最近は、穏やかな表情が増えてきた恋人の姿を見るたび、自分が今している努力の方向を間違っていないということを実感する。
「ん? どうしたの?」
横顔をじっと見つめていたアリスに気が付いたゴトフリーは、彼女へ優しく問いかけた。
二人の休みが久々に合ったので、付き合う前に連れて来てもらったことのある森の中にある美しい湖にやって来たのだ。
彼の竜アレックのお気に入りの場所で、風光明媚という言葉がぴったりのそんな景色が目の前に広がっている。
そろそろ寒さが落ち着いて来たから、敷布を敷いている草原の中にもチラホラと綺麗な花も咲き始めている。
「……ううん。なんでもない。アレックは昼寝しているの?」
アリスの言葉にゴトフリーは心の中を探るようにして、視線を宙に浮かせる。
いつでも心中で話すことの出来る不思議な存在が居る彼を、羨ましいと思って気持ちもあるけれど、それは幼い頃から死ぬほどの努力を重ねた人の特権だ。
竜騎士の恋人であるのことを自慢に思っていることを以前に話したら、照れくさそうに笑ってくれたから、彼の友人からの助言はやはり的を射ていたのだ。
「うん。俺の呼びかけにも答えないし、もう寝てるんじゃないかな。どうしたの? もう帰りたくなった?」
ゴトフリーは不思議そうに言った。
ついさっき二人で一緒に朝から作ったお弁当を食べたばかりだし、アリスはこの場所が気に入っているから、ゆっくりと寛ごうと考えていたのかもしれない。
「そういう訳じゃないよ。アレックは今どうしてるかなって思っただけ。私アレックみたいにお昼寝が好きな竜ばかりだと思ったら、そうじゃないんだね。この前エディのスティーヴの話聞いたら、びっくりしちゃった。人化して身体を鍛えるのが好きなんだよね? 竜になった時も、筋肉ってついたままなのかな?」
(けど、竜が人になった時の魔法の構造論理を考えてしまうと、あんまり意味なさそうなんだけど……)
真面目な表情で考えはじめた恋人の顔に、ゴトフリーは吹き出した。
「そうだね……考えたこともないけど、スティーヴはかなり活発な方だし若い竜だから、色々挑戦してみたいんだと思うよ。俺のアレックは若い竜としては、かなり穏やかな気質なんだ。リカルドのワーウィックはお喋りだし、思いついた事や気がついた事なんかがあると、どんな状況でもすぐに報告してくるからあいつはいつも大変そうだよ」
「お喋りな竜が居るって、あの時に言っていたものね。すごく可愛いな……私たちの子どもも、いつか出来たら、きっとそんな感じなのかな」
照れながら言ったアリスの顔を見ながら、すぐ横に居るゴトフリーは真顔になってこくんと喉を鳴らした。
「……ゴトフリー?」
急に黙ってしまった彼の顔を見て、アリスは首を傾げた。
双方とも働く社会人として色々な調整を必要とするから、すぐには出来ないものの既に結婚の話も出ているくらいだし、子どもの話を出るのもおかしくないと思って言ってしまったけど駄目だったのかもしれない。
ゴトフリーはいきなりアリスの体を抱きしめると、耳元で囁いた。
「アリス好きだよ」
そう言って、彼は優しく頬にキスをしてくれた。紺色の瞳に、切なげな祈るような光が灯ることは少なくなってきたことを感じて、それが嬉しくて微笑みアリスはゆっくりと目を閉じた。
強い憧れにも似ていたゴトフリーへの想いは、一緒に過ごすごとに変化してきていた。
姿を一瞬見るだけでも一日中浮かれていた気分が続いていた時期もあったけれど、今ではどんどん貪欲になってきていて、出来れば毎日でも、眠っている時にもずっとずっと一緒に居たかった。
近い将来、ゴトフリーの家で、その帰りを待って、同じベッドで共に眠る日も多くなるだろう。
不器用な自分たちの間にはまだまだ問題があるかもしれないけれど、この彼とだったら頭を悩ませてそれを解決できるように懸命に頑張りたいと思えた。
そうして二人で過ごしていっていつか、小さな命を授かり、可愛い緑竜のアレックに乗ってここに来ることもあるだろう。
そんな未来はすぐそこまで来ているようで、アリスはこれまでの人生にない大きな幸せを感じていた。




