03 彼との夜
薄暗い寝室の中、アリスは柔らかいベッドの上に降ろしてもらうと、自ら思い切りよく服を脱いだ。
寒い季節のはずなのに飲みすぎたお酒のせいで着ている服がまとわりつくようで邪魔に思えた。下着姿になった自分をじっと見つめるゴトフリーを誘うように、手を後ろについた。
「脱がないの?」
その言葉にはっとしたように一度体を震わせると、ゴトフリーは何かを振り切るように一気に服を脱いだ。
竜騎士で鍛え抜かれた彼の体は、もちろんそのお腹は見事に割れていて配置良く筋肉が付いていた。
黒い下着だけの姿になった彼を、まじまじと見てアリスはふふっと笑った。
「すごい。良い体してる」
もちろんアリスは男性の体を間近に見るのはこれがはじめてだけど、近衛騎士たちは城内部の訓練場で鍛錬を積むため、内勤のアリスは暑い季節に上半身裸の男性を見ることはままあった。
けれど、こんなに鍛え上げられた美しい体をしている人は、いなかったような気もする。
(なんでかな……惚れた欲目なのかもしれないけど)
けれど、そんなことは、今はどうでも良かった。その体が今から自分を抱いてくれるなら。
「……今日、失恋した奴と比べた?」
切ない目をして問いかけてくるその声音は、誰かに嫉妬しているようにも思えてアリスは胸が詰まった。
そして、そんな訳がないと、思い直した。
(あの場所で会ったのが初めてのはずの私たちに、名前のつけられる関係なんてない。これはこの夜だけの関係を、盛り上げるためだけの言葉遊びなんだから)
そうして、明日になれば、この人は一夜だけ関係したアリスのことを、すぐに忘れてしまうだろう。
(でも、今夜は……私だけのゴトフリー・マーシュだわ)
「……どうかしら。ねえ、早く来て。寒くなってきたわ」
暖炉に暖められた空気から逃げるように奥の寝室に来たので、服を脱ぎ捨てると肌寒く思えたアリスは手を広げて彼を待った。
ゴトフリーはやっぱり何か考えているようだったが、すぐにベッドへとギシッと音を立てて上がり、自分を待つアリスを抱きしめてキスをした。
キスは切実な想いを告げるような、荒々しいものだった。
動きは初心者のアリスにはついていくので精一杯だったけれど、彼の首裏に手を回してそのひどく熱い体温を逃さないように大きな体を抱きしめた。
「今なら止められる。君が嫌だと言うならこれ以上何もしないよ……俺は朝まで抱きしめるだけで寝ることも出来るから、だから」
口を離すなりゴトフリーは、そう訴えた。必死な視線はどうかアリスに、嫌だとそう言ってくれと頼んでいるようだった。
高潔であることが条件にある竜騎士で、いかにも誠実そうな彼は行きずりの関係は嫌だと思っているのかもしれない。
けれど、アリスはもう始まってしまったこの夜を中途半端に終わらせるつもりはなかった。
「嫌。早くして?」
ゴトフリーとじっと視線を絡ませたまま、そう言った。
間近に居るゴトフリーはこくんと息を飲むと、顔を傾けてアリスの耳に噛み付くように興奮している吐息を流し込んだ。
彼が自分に興奮してくれていると思うと、アリスは喜びを隠せなかった。
「んっ……」
ずっと憧れていたゴトフリーとの夜は、まだはじまったばっかりだった。
首筋を舐めている隙に、彼は器用に下着をずらして胸を触った。
「ひゃんっ……」
いきなり強い刺激を感じアリスは目を開けて、声に驚いたのか首筋から顔を上げたばかりのゴトフリーと目が合った。
何かを渇望するかのような表情を見て、甘い喜びが背筋を走る。
(この人は今、私に欲情している)
もしかしたらこの人は、自分のことが好きなのではないかと、そう誤解してしまいそうな程の熱い視線も感じて。
本格的に始まった激しい愛の行為の後、アリスは泣きそうになってしまった。
「……どうしたの? 気持ちよくなかった?」
「違うの。すごく……気持ちよかった……」
アリスは今感じている自分の思いを、言葉にするのが、とても難しかった。
ずっと憧れていたゴトフリーと、信じられないような甘い時間を過ごしていること。
身も心もぐずぐずにとかされた彼の慣れた手つきに、必ずいるだろう過去の誰かの存在に嫉妬を感じていること。
そして、大き過ぎる快感に自分は何か違うものになってしまいそうな不安を感じていること。
言葉に出来ない思いが全てないまぜになって、涙になってこぼれてきた。
「……もう、これでやめる? アリスさんがこれ以上は気乗りしないなら、俺は……」
「……やだ。やめない。やめないで」
いやいやする子供のように首を横に振ったアリスを見て困った顔をしたゴトフリーは、落ち着かせるようにして優しいキスをくれた。
「ん……じゃあ、どうしたい?」
「あなたとひとつになりたい」
するりと自然と思っていたことを言葉にして返したアリスは、間近にあるその紺色の瞳の奥にあるものの正体がわからなかった。
(え……何?)
覗きこもうとして彼に顔を近づけようとしたアリスの動きに、ゴトフリーが切なそうに表情を変えた。
ゴトフリーは起き上がると、下着に手をかけて脱ぎ、アリスは目を見張った。
「え、おっきい」
思ったことをそのまま出してしまう状態になっていたアリスに、苦笑するとゴトフリーは頬にキスをした。
「こういう時の……お決まりの台詞を、ありがとう。でもまあ、俺は標準なのは自分でもわかってるから、その代わり……」
言葉を止めたゴトフリーは、首を傾げて言葉の続きを待っているアリスに優しく囁いた。
「持久力には自信あるから、いっぱい感じさせてあげるよ」
そして、始まった激しく長かった甘い責め苦が、ようやく終わると、ほっと息を吐いたアリスに彼は信じられないことを言い出した。
「そんな残念そうな顔をしなくても、大丈夫だよ。君がまだしたいのなら、すぐに復活するから」
とんでもないとぶんぶんと首を横に振ったアリスに、にやっとした悪い笑顔を返して、その後に体を何度か跳ねさせた。
驚いたアリスが不意に彼の背中を触ろうとするその手を取って優しく掴んだまま、息を整えてから隣に体を横たえた。
「俺こういう時は触られたくないんだ。今度から覚えておいてね。アリス」
柔らかく微笑むゴトフリーの顔が近づいてくるのを感じながら、突然やってきた強い睡魔に抗えなくてアリスは目を閉じた。
(何を言ってるの。今度って……私たちに今度なんて、ないんだってば……)
そう言おうとしたはずなのに、アリスは襲ってくる深く深く潜っていくようなうねりの中に意識を委ねた。