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29 額と唇

 レオからアリスの手を受け取ったブレンダンはどこか複雑そうな表情をしている。


 その爽やかであまい顔が何とも言えぬ面持ちなのを見て、アリスは首を傾げた。


 そういえば今夜、彼はあまり言葉を発してない。


 無口な方ではないと思うし、今までの三人が自分と踊っている時に楽しそうにしていてくれていたから、彼がそんな顔をしている理由が思いつかなかったのだ。


 二人で向かい合ってお辞儀をしてから踊り出すと、その顔が想像させる通りダンスは多分一番上手い、と思った。軽やかなステップを踏むその足取りには迷いなく、踊っているアリスをリードするのも完璧だ。


「……気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど、さっきまでの三人みたいに僕は君に気軽に親愛のキスを出来る立場にないんだ。君の恋人のゴトフリーは僕にとって……すごく大事な存在なんだけど、ごめんね」


 そう言った彼は複雑そうだ。ああと、アリスはその言葉に今夜の彼の態度に合点がいった。


 きっとブレンダンは自分がゴトフリーに超えられない壁として、激しく意識されているのをわかっているのだ。それに彼のコンプレックスの元となっていることも。


 だから、そういう気持ちを持っている彼をすこしでも煽るような真似をしたくない、とそう言いたいのだろう。


「ブレンダンさんは恋人を作らないんですか?」


 アリスは話を変えるように言った。自分の人生の中で彼くらい女性にモテそうな人は知らなかった。


 竜騎士という職業についていなくても、その容姿でお金が稼げそうな程なのだ。きっと一目見ただけで魅了される人も多いだろう。


「……そうだね、君がゴトフリーを想うように僕を想ってくれる子が居たら、良いな。あいつが羨ましいよ……実は失恋したばかりだから、その子のことばかり考えるんだ。どんな子が告白して来てくれても、その子とどうしても比べてしまう。今は……僕は多分恋愛するべきじゃないのかもしれないな」


 そう切なそうに呟いたから、アリスは思わずその信じられない言葉を目を見開いてびっくりした。


「ブレンダンさんを振った女の子が居るんですか?」


 こんな人を振れる女の子が居るなんて信じられない。すごく贅沢なことだと思う。まじまじと自分を見つめるアリスにブレンダンは苦笑した。


「じゃあ、今アリスさんに告白したら僕と付き合ってくれる?」


 そう言った言葉に、一瞬も考えることなくううんと即座に首を振ったアリスを見て、その優しそうな焦茶色の目を細めた。


「その子も、君にとってのゴトフリーみたいに唯一の恋人が居たんだ。僕の入る隙間なんてなかった。だから、あいつがすごく羨ましいんだ。僕にもそう想ってくれる女の子が居れば良いんだけど……竜騎士をやめてでも自分が養うから大丈夫って言う子はあまりいないだろうからね」


 そう言って悪戯っぽく笑うブレンダンにアリスは顔を赤くしてしまう。仲の良い友人同士だから、当たり前なんだけど、恋人との会話を共有されているのを目の当たりにすると恥ずかしくなってしまった。


「ねえ、アリスさん。君の恋人は僕にとって、仲の良い友人でありしのぎを削るライバルでもあり戦場では互いを守り合う戦友でありそして、幼い頃から共に育った兄弟のような大事な存在なんだ。出来ればこれからも大事にしてやって欲しい。もちろん長い人生だ。色々あるだろうけど、君たちは愛し合う二人であり、実は二人だけではないんだ。周囲に居る僕たちを忘れないで……この前みたいなことにならないように、今度は絶対見つからない所でこっそり相談に乗るよ」


 そう言って片目を瞑ったブレンダンを見て、アリスはやっぱり嬉しくなってしまった。


 自分の恋人にここまで言ってもらえる友人が居ることを誇りに思った。


 人と人との関係は双方向だから、ブレンダンがここまでゴトフリーを大事にしているということは、ゴトフリーもまた同じように彼にそうしているのだ。


 曲が終わり、向かい合ってお辞儀し合うと、アリスはブレンダンを見上げてお願いした。


「ブレンダンさん、ちょっと頭下げてもらって良いですか?」


 ブレンダンは不思議そうな顔をしてその通りにしてくれる。そして、背伸びして頭を下げてもらっても尚届きづらい背の高い彼の額にキスをした。


「貴方にも素敵な誰かが現れますように……きっとすぐに会えると思う。私って色々不器用なかわりに結構勘が鋭いんだよ」


 そう言ったら、ちょっと驚いた顔をして面白そうに笑ってくれた。



◇◆◇



 そして、今まで見たことも無いほど不機嫌そうな仏頂面になっている恋人が目の前に現れて、アリスは思わず吹き出してしまった。肩をふるわせる彼女の手を取ってゴトフリーは拗ねた声音で言った。


「ナイジェルとエディとレオの三人は後でぶっ飛ばすとして、なんでブレンダンの額にキスしたの?」


 その質問には答えずにアリスは完全に気分を害してしまっている様子の彼を見上げた。


「ねえ、ゴトフリー、皆は私がゴトフリーの恋人だから、こんなにすごく大事にしてくれるんだよ。それって喜ぶべきことなんじゃないかな」


 その言葉は彼の予想外だったらしく、不思議そうに首を傾げた。そうしている彼を本当に愛しく思っている彼等の気持ちを伝えたくて、アリスは言葉を続けた。


「あのね、ゴトフリーにとっての皆はね、私にとってのリリアなんだなって思ったらすごく大事だなって思ったの。リリアは私にとっては自分の中の欠けたものを埋めてくれる存在なんだ……こんなことは改めて聞いた事ないけど、もしかしたらリリアにとってもそうなのかもしれない。二人でいるとすごく楽しいし、人間って自分と違うからこそ、言葉を交わしてたくさんのことを知って、人生が豊かになるんだよ」


 大好きなゴトフリーと初めて踊れて、嬉しい気持ちのままでアリスは言った。


 アリスにとってのリリアはかけがえのない存在だ。


 こんなにめんどくさい自分をいつも励ましてくれて、必要な時にアリスが言って欲しい言葉をくれる。さっきブレンダンがゴトフリーを大事だと、言っているのを聞いて、自分もリリアにそういう気持ちを持っていると気がついたのだ。


「私、うまく言えないんだけど、生きているとすれ違ったり、たくさんの失敗もするけれど、お互いがそれぞれが欠けたところを補い合うように、人は一人で完璧である必要はないんじゃないかな。皆、不完全で良いんだよ。だからこそ誰かを求めるし求められるの。なかなか素直になれない私とやきもち妬きのゴトフリーみたいに。欠けたところを埋めていくように二人で居よう? もし、それでも難しいことがあったら仲の良い友達に相談して、助けてもらおうよ」


「アリス?」


 こんな話になるとは全く予想していなかったのだろう、さっきまでの仏頂面がほどけて今度は戸惑った顔になっている。


「皆から、ゴトフリーのこと聞いて、すごく嬉しかったし、誇らしかったよ。あんなに大事にされているってことは、皆を大事に思っているのが伝わっているんだと思う。えっと……そう、なんだかもっとあなたを好きになっちゃった。責任取ってくれる?」


 そう上目遣いで見上げたアリスの唇にキスを落として、ゴトフリーはやっといつもの笑顔を見せた。


「責任取るって、結婚したら良いの? いつでも歓迎するよ。この前サハラ室長に言われたけど、この大広間で披露パーティーする?」


 アリスはそう言われて広い空間の周りを見回して、正直な気持ちを言った。


「……広すぎない? 招待客数百人とかになっちゃうよ?」


「でも、確かに俺とアリスは職場結婚になるから、招待客はどうしても多くなるとは思うけど……それに俺達は伝統で、誰かの結婚式は同期は全員その日に休みを取るし、先輩や後輩も非番は皆揃って出席すると思うよ」


 面白そうにゴトフリーは言った。彼の所属する竜騎士団には変な伝統があるらしい。アリスはそれを聞いて顔が青くなった。竜騎士と知り合いになれるチャンスをむざむざと逃す適齢期の女の子なんて聞いたことがなかった。


「えっ……それ私の同級生とか同僚とか、すこしでも縁がある人は皆来たがるよ。断ったら絶対恨まれちゃう。もうっ……大広間使うくらいになるってそういう意味だったんだ!」


 やっと、優秀な頭脳と独自の情報網を持つサハラ室長が披露パーティーは大広間にすれば良いと言った理由がわかったアリスは愕然とした。彼は冗談で言った訳ではなくて、本当にそれくらいの人数を呼ぶ規模になりそうだ。


「……結婚式……しなくても良いかも」


 最近は式をしないカップルも増えているらしいし、自分達もそれで良いんじゃないかと言い出したアリスにゴトフリーは渋面になった。


「ダメだよ。アリスのかわいい結婚式用のドレスは絶対作ってあげたいし、それに式にかかるお金なら気にしなくて大丈夫だよ。高給取りの皆がご祝儀弾んでくれるからさ」


 さっきまでの不機嫌を忘れて嬉しそうに結婚式の計画を話し出したゴトフリーに笑って頷きながらアリスは思った。


 深い傷を負った心は今も確かに彼の中にあるけれど、こうやっていずれ訪れる近い将来のことを話したり、たくさんの時間をかけてその傷を忘れさせるくらい愛してあげたいと思う。


 望む終点には近道はなく、長い時間がかかるだろう。


 辿り着くまでの道のりは険しいかもしれないけれど、自分たちを大事に思ってくれる周囲の協力を得られるのならきっと出来そうな気がするのだ。


 二人の問題だから、二人で解決するのが当たり前だと思っていたけれど、誰かに相談してはいけないなんて、誰が決めたのだろう。


 自分にはリリアが居るように彼はたくさんの良い友人に恵まれていた。


 何か問題があるならば彼らと協力してひとつひとつ解決していけば良い。何も問題は解決はしていないかもしれないけれど、歩むべき道に光が当たったような、そんな気がした。


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