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28 髪、額、手の甲

 王の長い挨拶が終わるのを待ちかねたように、楽団の奏でる音楽は大広間に華やかに鳴り響いた。参加者達は動きだし、色とりどりの美しいドレスの色がめいめいの方向へと散っていく。


 そして、最初にアリスの手を取ったのは黒髪のナイジェルだった。ダンスホールの真ん中辺りまで辿り着くと、にっこり笑ってアリスの腰に手を当てた。


「さ、踊ろう。きっと今夜は楽しいよ」


 くるりと回ってにっこり笑い合うと、ナイジェルは言った。


「アリスちゃん、ゴトフリーに竜騎士やめてって言ったんだって?」


 その言葉を確かに言った記憶のあるアリスはうんと頷いた。大好きな人に出来れば危険な仕事をして欲しくはなかった。お金のことなら自分にだって稼ぐことが出来るし、別に贅沢な生活をしたいと思っている訳じゃないから、命をかけて戦わなくても良いんじゃないかと思ったのだ。


「アリスちゃんが言わんとしていることはわかるよ。君は竜騎士であることを差し引いても構わないと思うほど、ゴトフリー自身のことが好きなんだろ? でも、これからは絶対それは言ったらダメだよ」


「え? どうして?」


 ナイジェルの顔は整っていると形容するより、ちょっと危険な雰囲気を漂わせていて、それがすごく魅力的な人だ。困ったように眉を下げると、戸惑っているアリスに言い含めるように言った。


「あのね、竜騎士になるっていうのは、人生にすべてを賭けてでもそれを成し遂げたいと願わなければ絶対になれない。幼い頃から、熾烈な競争に晒されて、常に他者と比較され続ける。それってね、どんな瞬間にも逃げ出したいくらいの重圧から逃げずに、あいつはそれを耐え抜いて勝ち抜いて、今ここに居るんだよ。世界で一番愛している君にその頑張りを認めて欲しいと思うのは、間違っていることだと思う?」


 その問いかけにどう返せばわからなくて言葉が出なくなってしまった。ただ大好きだからと浮かれて不用意に自分が言ってしまったその言葉は、彼の今までの人生を否定したことになってしまったのではないだろうか。


 ゴトフリーはきっと自分が今竜騎士であることが誇りなのだ。彼を一番にわかってあげたいと思うなら、そういう気持ちを認めてあげて応援してあげるのが愛するということなのだろうか。


 その事実に気がついてしゅんとして俯いたアリスに、ナイジェルは優しく言った。


「あいつはそう言ってもらえて嬉しいと思う反面、複雑だったんだと思うよ。アリスちゃんの彼氏はさ、この国の中でも珍しいくらい自慢出来る恋人だと思うから、それを素直に喜んであげて欲しいな」


 そう言って片目を閉じた彼に、よく考えた上でアリスは言った。


「うん、ありがとう。ナイジェル。私ね、誤解してたみたい。確かに私はゴトフリーが怪我したりするのは嫌だけど、彼がそれを一生の仕事に決めて頑張っているのなら応援してあげたい」


 そう言ったアリスの髪にナイジェルはそっとキスをした。その仕草を見て不思議そうな顔をするアリスに彼は笑った。


「俺も、そう言って貰える恋人見つけるぞってそう思って願掛け……うわ。ゴトフリーがすぐに殺しそうな目つきでこっち見てる。ちゃんとフォローしといてね。アリスちゃん」


 そうやって戯けて笑ってくれた彼はゴトフリーのことを大事に思っているんだなって思って、なんだかすごく嬉しく思ってしまった。



◇◆◇



 次にアリスの手を取ったのは大きな体のエディだ。曲の終わりにはもう彼は近くに来ていて、その振る舞いに呆れたナイジェルをわざと押し退けるようにするその姿を見て自然と笑ってしまう。


「エディ、もう。笑わせないで。私ステップわかんなくなっちゃうから。こう見えて必死なんだよ」


「それって、俺と一緒に居たら難しいと思うよ? わかんなくなったらリフトして抱えて回ってあげるから大丈夫だよ」


 真面目な顔をして発せられた本当にしかねないその言葉に笑ってしまう。その楽しそうな笑顔を見て、エディは言った。


「ゴトフリーと上手く行ってて良かったよ。俺結構要らないこと言っちゃうからさ、もしかしたら二人の喧嘩の原因とかになっていたらどうしようって心配していたんだ」


 顔を少し顰めてそう言うから、アリスはそんな彼だからこそ聞いてみたかったことを聞いてみた。


「あのね、ゴトフリーって今まで……どんな恋愛してたのかな。もちろん詳しい内容は聞きたくないんだけど、なんだか私と付き合っていても、不安でたまらないみたいなの。だから、それがすごく不思議なんだ」


 アリスのその言葉にエディは息を大きく吸い込むと言葉を選ぶようにゆっくり話し出した。


「……そうだね、あいつ……その、俺たちの間では若い頃から女運悪いので、有名だったからさ。今の恋人のアリスちゃんがどんなに誠実に対応していていても、不安に思う気持ちが出てくるのは仕方ないと思うよ。あいつ自身はすごく良いやつだし、今まで付き合っていた子をあいつなりに大事にしてはいたんだけど、そういう気持ちを何度も裏切られて辛かったんじゃないかな。浮気されたり二股をかけられたり、そうされる度にきっとすり減ってきたものがあるんだと思う。そういう女の子を選んだのはあいつだし、もちろん恋愛ってさ、相手あってのものだから向こうだけが悪いとは俺は言わないけど、真心を捧げていた相手に何度も裏切られるのは……心が傷だらけになっていても仕方ないとは思うよ」


 そう言ったエディの顔は本当に辛そうだ。間近で何度も傷ついた友人の姿を見て来ていて、いつも明るい彼も思うところがあったのだろう。


 エディの話を聞いてアリスはいつも切望するように祈るように自分に愛の言葉をくれるゴトフリーのことがなんだか納得がいく気がした。


 彼には何人かとの過去があることはもうわかっていたことだから、その話を聞いて不思議なくらい嫉妬なんかは湧かなかった。それより心を占めるのは、過去の彼がどれだけ傷ついたのかだ。傷ついてしまった過去は変わらない。彼を今心から愛している自分はそれを埋めるだけのことをしてあげたいと思ってしまう。


(……でも、どうやって?)


 アリスは複雑なステップを踏みながら考えた。最初踊ったナイジェルもエディもリードはすごく上手だ。でも流石にステップを踏むところまでは代わってくれない。考え事をしながらだったせいか、足がもつれてしまう。転びそうになったアリスをエディは両手で腰を持って高くあげると回ってくれた。その行動に周囲から驚いた視線が集まるけど、彼はどこ吹く風だ。アリスは思わず彼を見下ろして笑ってしまった。


 その顔を見ながらゆっくりと降ろすと、エディは頬に軽いキスをくれた。驚いて見上げたアリスに彼は言ってくれる。


「アリスちゃん、あいつを幸せにしてあげて。そして二人の結婚式にはぜひ呼んで。何があっても駆けつけるから。困ったことがあったら俺たちに言えば良いよ。解決できなくてもうんうん言いながら、一緒に悩むから。どうしようもないことがあったとしても、誰かと笑えば忘れることも出来るよ。だから、一緒に笑おうな」


 明るくて優しいエディは彼を選んだ竜にとても好かれているんだろうなってそう思いながら、アリスは笑いながら頷いた。



◇◆◇



 傍若無人なさっきのエディとは違ってレオはホールの際で待っていてくれた。アリスの手を取ると、優しく手の甲にキスをくれた。そんなことをされたのは人生で初めてだから、はにかみながらお礼を言う。


「ありがとう、レオ。なんだかお姫様になったみたい」


「あれ? アリスさん、違ったっけ。あんまりかわいいから勘違いした」


 そう肩をすくめながら言った彼に笑ってしまう。その外見の通り真面目な人なのかなと思っていたら、冗談を言うことがあるみたいだ。


 軽快な音楽が変わってしっとりとした音色になる。ゆっくりとスローなテンポで踏むステップは誤魔化しがきかない。いつもある眼鏡がなくてどこか物足りないような彼の顔を見ながらアリスは必死で次のステップを踏み出していた。そんなアリスの表情を観察するように見ながらレオは言った。


「……ゴトフリーとどう?」


「ん、うん……なんだか……私と付き合っても不安に思うみたいなんだ。だから、それをどうにかしてあげたいなって……でもどうしたら良いかわからないの」


 他に必死なことがあるアリスは心の中で考えていたそのままを言ってしまった。その言葉を聞いてレオはすこし苦笑した。


「……あいつはね、贅沢なんだよ。自分が元々出来すぎるから、諦めることも出来ずにそれを凌駕する人物の存在にコンプレックスを感じてしまう……それに、昔から女運が悪い理由も、わからなくもないけどね」


 その言葉に首を傾げたアリスに優しく言った。


「ゴトフリーはね、物凄く負けず嫌いなんだ。僕たちは同い年だしあいつのことを幼い頃から知っているけど、その頃から絶対に勝てない二人の存在があったから、それこそ死ぬ思いで必死で努力していた。同じ立場にあるはずの僕は早々に諦めてしまった高い壁に登るために、どんな時も自分を律して食らい付いていたんだ。そんなあいつが惹かれる女の子って……まあ人って自分にないものを求めるからね、何のコンプレックスもない、言葉は悪いかもしれないけど、いわゆる深く考えることを放棄しているようなちゃらんぽらんな女の子が多かった。それに面食いなのでも有名だったからね。あんまりこういうことは言いたくはないけど、容姿の良い女の子って誘いが他にいくらでもあるから、移り気な子が多いのも事実だから」


 そう言ってアリスの顔をしげしげと見るから、なんだか、居心地が悪くなってしまう。


「えっと……今回は好み変わったなって言いたいってこと?」


 その言葉に軽く吹き出した彼は首を振った。


「ごめん、そういう風に聞こえたのなら謝るよ。アリスさんはゴトフリーが自慢して回るくらいかわいいのは事実ではあるんだけど、それに加えて頭も良いからね。それに、あいつの事をすごく大事に思ってくれているのはあの食堂の一件で皆が知ってる。僕だって二人のことを応援しているし……そうだな、あいつの過去傷ついたがゆえにある不安を拭ってもらえたら嬉しい。一人の友人としてね、それは心から願っているよ」


 レオがアリスを見る目は優しい。その口振りからすると、あの食堂の時彼も一緒に居たのかもしれない。その事実に顔が赤くなるのを感じた。


「たくさんゴトフリーのこと教えてくれてありがとう……もしかしたら、彼のことで悩むことがあるかも。また相談して良い?」


 そう言ったら目を細めて頷いてくれたから、アリスもそれを見てにこっと笑った。


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