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26 おかえり

 定時に仕事を終えて私服に着替え終えたアリスは、城門に向かう途中で見覚えのある大きな背中を見つけて走り出した。


 ゴトフリーは三日前から魔物退治の任務についていて、ここ数日会えていなかったから嬉しさもひとしおだった。


 背後から走ってくる気配に気がついたのか、ゴトフリーは振り向いてから笑顔になった。


「ゴトフリー! おかえり」


 アリスは何日間か会えなかった彼の腕をぎゅっと抱きしめて、大きく息を吸ってその匂いを嗅いだ。


 ゴトフリーが好んで使っている石鹸のすっきりとした匂いがした。


 彼と親しくなる前は会えなくても当たり前に過ごしていたはずなのに、付き合ってからは何日も会えないのは辛かった。


 共に日々を過ごしていると、その存在が当たり前になる事が嬉しくて、だけどどこか怖かった。


 筋肉質で太い腕に嬉しそうに頬擦りするアリスを見て、ゴトフリーはこくんと喉を鳴らした。


 アリスは彼の顔を見上げると、紺色の目が自分をじっと見つめていた。


 視線の意味がわからなくて首を傾げると、大きな手がアリスの手を取る。


「……ごめん。アリス。一緒に来て」


 戸惑いながらもうんと頷き、彼に手を握られて続いて歩き出す。


 連れて来られたのは、仕事の打ち合わせなどに使用する、城内にいくつもある小部屋だ。夕暮れが近いので扉を完全に閉めてしまうと中は薄暗い。


 魔法具の灯りをつけようとしたアリスの手を止めると、ゴトフリーはぎゅっと彼女を抱きしめた。


「アリス……せっかく会えたんだけど。俺。体調の悪い先輩の勤番を代わらなきゃいけなくて、明日の朝まで仕事だから、今日は一緒に帰れないんだ」


 彼の言葉に口を尖らせてしまったアリスに唇を重ねると、ぬるりとした分厚い舌を差し込んだ。その柔らかな熱に夢中になり、久しぶりの彼とのキスを堪能した。


 立ったままだったから、背の高い彼のその首に手を回して自らもっともっととねだるように唾液を飲み込んで舌を絡めた。


(……キス気持ち良いけど、ずっと……それに、ゴトフリー……なんだか、いつもと違う……?)


 息苦しくなりようやく離れた時は二人言葉もなく、間近でお互いに潤んだ目を見つめ合った。


 長い長いキスを終えて、ゴトフリーは悔いるように言った。


「ごめん。アリス。久しぶりの君を見たら、どうしても我慢出来なかった……お願いだから、嫌いにならないで」


「……ゴトフリー?」


 切望するような彼は、今まで見た事がないものだった。


「アリスと付き合って、本当に心から好きな子が出来ると、嬉しくて、そして、その分怖くなることを初めて知ったんだ。いつか、俺の事を嫌いになってしまうんじゃないかって、不安でたまらない」


 ゆっくりと床に足が着くように降ろされると、彼の大きな胸に手を回す。


「大丈夫だよ。私も……会えない間、すごくキスしたかったの。だから二人とも同罪だよ。こんなことで、ゴトフリーのことを絶対嫌いになんてならないから、だからそんな顔しないで」


 彼を不安にしているものを取り除きたくて、アリスは懸命に言葉を選んだ。


 激しく求められたことに戸惑いと驚きはあったものの、アリスのことをとても好きでいてくれたせいだと思うと嬉しくもあった。


「……仕事中も、ずっとアリスのことを考えてしまっていた。俺たちは付き合ったばかりだし、ある程度の期間は君しか見えない状態になるのは予想していたんだけど、それがマシになるどころか、どんどんひどくなってきている……柔らかくて良い匂いのする現実の君を身近に感じてしまうと、理性なんてすぐにとんで、動物みたいに求めることしか考えられなくなってしまう。怖いよ……自分にこんな部分があるなんて、今まで知らなかった。本当にどうしたら良いのか、わからないんだ」


 アリスは途方に暮れてしまったような声を出す彼の唇に、背伸びをしてキスをした。


「ねえ、ゴトフリー。私はそんな風に思って貰えて嬉しいよ。私もずっとあなたのことを考えていた。今何してるかなって、ずっと思っていたよ。それってきっと自然なことだよ。会えない間も求めてしまうのは、そんなに悪いことなの?」


 ゴトフリーは彼女の目をじっと見つめて、アリスの言葉に聞き入っていた。


「……そうだね。アリス。俺はね、人生でただ一人しか出会えないだろう恋人を見つけた幸運な男だよ。君のことを、ただただ愛している」


「私もそうだよ……」


「その分、失った時の悲しみを想像すると堪え難いんだ。どうしても、恋はいつか終わってしまうと、心のどこかで冷静に考えている自分がいる。でもね。君が俺のことを忘れて誰か他の男の元に行ってしまうくらいなら……ごめん。突然こんなこと言われたら怖いよな……嫌いにならないで、アリス」


 ゴトフリーはアリスを大きな体で包み込むようにして、ぎゅっと抱きしめた。


 アリスはやはり、戸惑ってしまった。


(ゴトフリーは、いつか私たちの恋が終わることも予想しているってこと……?)


 彼が何度か恋の始まりと終わりを知っているせいもあるのかもしれない。


 お互いが初めてならば、こんなことは考えもしなかったのだろうか。


 けれど、アリスが好きになったのは、目の前のゴトフリーで、彼以外はもう考えられない。


(けど、ここで私が愛の言葉を尽くしても、きっとゴトフリーは心からは、納得することは出来ないんだよね……)


 ここ最近、ゴトフリーに好かれようとしていたアリスの頑張りは、もしかしたら彼の抱えている不安を大きくしてしまう結果になってしまったのかもしれなかった。


 けれど、ゴトフリーが不安に思わない程度に、ちょうど良い熱で好かれるなんて、不器用なアリスには、きっと出来ない。


(どうしたら、良いのかな……あ。そうだ。もうすぐ、あの舞踏会があるから……)


 そして、アリスが辿り着いた結論は、ひとつだった。


 折よく城で働く面々が集まる舞踏会は、もうすぐ開催される。


 その時に、ゴトフリーをよく知っている人たちに相談してみるのだ。


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