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24 風邪

 その前の日から、もしかしたらこれはやばい兆候なんじゃないかという自覚はあった。やっとの思いで家に帰り夕食も食べずにベッドに倒れ込むと、体を丸くしてじっとしていた。その間にも強くなる関節痛はひどいし、頭がフラフラする。


 救いは体調が悪いので明日は休むかもしれないと帰り際に室長に伝えていたことだろうか。こんな状態で休みの連絡を伝えるために伝書屋まで行けない。もしかしたら、かなり熱が出ているのかもしれない。寒気はすごいしとにかく体が動かせない。


 一人暮らしだと自分自身が病気になってしまうと、それこそ何にも出来なくなってしまう。喉が乾いて水を汲みに行く時と、どうしようもないトイレ以外はもう動く気力がしなくてアリスはただただベッドの中で寝ている以外出来なかった。


 ぐったりして寝ていると、カタンと部屋の中でかすかに音がしたみたいでうっすらと目を開く。居間にしか灯りをつけていないので薄灯りの中、心配そうに顔を覗き込んでいるのは、彼氏のゴトフリーだ。


「ん、アリス起きた?」


 仕事帰りにそのまま来てくれたのか、通勤用の服を着ている。この前渡したばかりの合鍵を使ったのだろう。そっとアリスの額に大きな手を乗せると、思ったよりも高い熱を悟った彼は顔を顰めた。


「……ゴトフリー?なんで?」


「サハラ室長から風邪で休んでるって聞いたんだ。薬屋でよく効く風邪薬を買ったし、ご飯の買い物もある程度して来たから、おかゆも作ってあげる、食欲はどう?」


 彼が料理が得意なのはわかっているし、きっと食べたら美味しいと頭では理解しているけれど、今は何も食べる気がしない。喉が痛んでやっとの思いで出したかすれた声でアリスは答えた。


「食べたくないの……」


 ちいさな子供のようなことを言ったアリスの頭を優しく撫でて、ゴトフリーは笑った。


「ちょっとだけ食べて、薬飲んでからまた寝たら良いよ。今作るから、待ってて」


 そう言うと彼は手早くおかゆを作ってくれた。手を動かすのも億劫になっているアリスの代わりに甲斐甲斐しくスプーンを使って口にまで運んでくれる。


 気分が悪くて自分では気が付かなかったが、体は何か食べるものを欲していたらしい。気がつくと皿いっぱいのおかゆをすべて食べていた。


 食後に飲む苦い薬を水で流し込んでから、ゆっくりと彼がまた体を寝かせてくれるとそのまますぐに眠ってしまった。


 また次に重たい瞼を開くと、枕元の灯りだけをつけてゴトフリーが真剣な顔をして本を読んでいた。不規則な時間の仕事をして忙しいはずの彼がまだ自分の傍に居てくれたことが嬉しくて、アリスはぼんやりとした視界の中夢うつつで甘えるように呟いた。


「ゴトフリー……行かないで」


 ちいさな声でそう言ったアリスが起きたことに気がつくと、愛しそうにその紺色の目を細めた。


「……大丈夫だよ。アリスが帰って良いって言うまでずっと居てあげる」


「さむいよ……ゴトフリーも一緒にねてほしい……」


 そう言ってゆっくりと手を伸ばしたアリスの願いを叶えて、ゴトフリーは隣に横になった。筋肉質で熱い大きな体に包まれてほっと息をつく。近くに大好きな彼が居てくれると思うといつの間にか安心しきって寝てしまっていた。



◇◆◇



「……ん、起きた? おはよ。アリス」


 目を開けると間近に彼の可愛らしい顔があって、アリスは驚いた。そして、これは体調が悪くなって人恋しくなってしまった自分が言った我が儘のせいだと思い出す。予定が出る度にいつも渡してくれる彼の勤務表はだいぶ先まで頭に入っているから、今日が休みではないことはわかっていた。


「……あ、あのっ、ゴトフリー、ごめんね。もしかして、今日は仕事……休んでくれたの? 職場の連絡はどうしたの?」


 あれからずっと一緒に寝ていたのなら、伝書屋に言付けることも出来なかったのではないだろうか。無断欠勤になってしまうのではないかと、心配して慌てたアリスの体をぎゅっと抱きしめて、彼は笑った。


「んー、それは気にしなくて良いよ。心の中でアレックに伝えたから、他の竜に伝わってその竜が今勤務中の自分の竜騎士に伝えてくれたんだよ。さっき団長からの了承の連絡も聞いたから、問題ないよ」


 彼はもちろん竜騎士だから、自分の竜が居るのはわかっている。でも、その竜と離れていても話せることはアリスは今まで知らなかった。


「離れていても、アレックと心で会話できるの? 竜騎士ってすごいね」


「そうだよ。竜と竜騎士は契約したら心が繋がるからね。俺のアレックはおっとりしてるけど、おしゃべりの竜が相棒だと大変らしいよ」


 おしゃべりな竜。その言葉の響きが可愛くて思わず笑ってしまう。


「ふふっ、かわいいね。あのね、前にアレックの名前を思い浮かべてゴトフリーに伝えてって言えば良いって言っていたでしょう? もしかして私の思っていることもアレックに伝わるってこと?」


「そうだよ。俺の大事な恋人だから呼びかけには応えてくれると思う……それにアレックはアリスのこと、すごく気に入ってるよ」


「そうなの? 嬉しいな。じゃあね、今からアレックに呼びかけたらゴトフリーに伝わるのかな……やってみて良い?」


 もちろん、と言った彼をじっと見つめながらアリスは心の中で思った。世界中探しても生息数の少ない竜が、アリスの理解の範疇外にある不思議な生物であることはわかってはいるが、どこか半信半疑だった。


(アレック、アレック。ゴトフリーに大好きだよって伝えて)


 ちょっと間を置いてから彼はすこし驚いたような顔をすると、嬉しそうに破顔した。


「俺も大好きだよ。アリス。わかっていたけど、本当に君はめちゃくちゃ可愛いな」


 ちゅっと音をさせて額にキスをくれると、彼は大きな手で背中を優しく撫でた。本当に自分の心の中で考えたことが伝わったことがわかって、アリスは驚くと同時に感動もしてしまった。あの可愛らしい緑竜が自分達の間を仲介してくれたのだ。


「すごい。これからゴトフリーに何か伝えたいなって思ったら、アレックにお願いしたら良いんだね」


 もちろんアリスだってくだらないことで、ゴトフリーとアレックを煩わせたくはないけど、もしもの時の緊急の連絡がこんなに簡単に繋がるなんて、すごく素敵だと思った。


「そうだけど……俺の腕の中にいる時に、他の男の話をしたらダメだよ」


「アレックは相棒でしょう?」


 いつも通りやきもちを妬く可愛い恋人の様子に、ふふっと笑ってしまったアリスにゴトフリーは拗ねた表情を見せた。


「理屈じゃないんだ。嫌だから、出来るだけしないでほしい」


「そっか。わかったよ。なるべくしないようにするね。気をつける」


 あんまり可愛いことを子供みたいな顔で言い出すから、笑いそうになるのをなんとか我慢して神妙な顔を作って真面目に頷くアリスの頬にキスをして、ゴトフリーは笑った。


「アリスはまだ寝てると良いよ。俺は買い物いくついでに、今夜も泊まるから家に一度帰って着替えだけ持ってくる」


 そう言って、アリスの体が温かい羽毛布団から出ないように気をつけて大きな体を起こした。まだ体調は万全ではないし、この家に一人になると心細いから、彼が今夜も居てくれると知って、嬉しくなる。


 ゴトフリーが残してくれた温かい熱を感じながら、もし彼が家に来てくれたら言おうと思っていたことを口にした。


「……あのね、ゴトフリー、これからもね、いっぱい泊まったりすると思うから、私の家に何枚か着替え置いといたら良いんじゃないかな」


「……良いの? 邪魔じゃない?」


 ゴトフリーは防寒着を身につけながら不思議そうに聞いた。大好きな彼の物を邪魔になんて思ったりすることなんか、絶対ないと思う。それに寂しい夜はそれを抱いて眠りたいから、持ってきてくれたら嬉しいなっていう気持ちもあったけれどそれは恥ずかしくて言えない。


「ゴトフリーの物、あったら嬉しいの……」


 それを言うのが精一杯で布団で赤くなった顔を半分隠しながら言うと、ゴトフリーは優しく頭を撫でてから、もう一度キスを落とす。


「ありがとう。これからもいっぱい一緒に過ごそうな、また合鍵も渡すからアリスも俺の家になんでも持っておいで」


 優しい彼が居る今が、幸せすぎていなくなるなんて考えられない。大好きだと言ってくれる彼の心を繋ぎ止めるためには、出来ることならなんでもしたかった。


 アリスは幸い自分は学習能力だけは高いことはわかっていたし、これからはやきもち妬きな彼を不安になんてさせないようなそんな立派な恋人になりたいなって思ってしまうのだ。



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