23 友達思い
事後の気怠い時間の中、彼の太い腕に腕枕をしてもらって何も言わずじっと見つめ合う時間は至福だった。未だどこか信じられないけれど、この目の前の大好きな人は本当に自分のことが好きなのだ。その見つめられる熱い視線だけでそれがわかってしまう。
「……ね、アリス」
ゴトフリーはちょっとかすれた声で言った。その言葉に顔を傾けると、彼はちゅっと音をさせて頬にキスをした。
「あのね、全然断ってもらっても良いんだけどね……今度城で働く騎士が恋人や配偶者を連れて集まる舞踏会があるんだけど……その……」
言いにくそうにするその顔にアリスはさっきの彼の真似をして頬にキスを仕返した。それは実は最近アリスは彼がいつ言ってくれるのかなと思って待っていた誘いだったからだ。
「絶対行く。ゴトフリーとダンス出来るの? あ、でも、私あんまりダンス上手くないけど……」
一応高等学院では一般教養としてのダンスを学ぶ時間はあったのだが、アリスはお世辞にも運動神経がある方ではなかった。でも、素敵な恋人とそういう場所に行くことはずっと夢見ていたことだから、何があったとしても絶対に参加したかった。
「……アリスはかわいいね。俺はそれなりに踊れるしリードしてあげるから、ダンスは心配しなくても大丈夫だよ。そうじゃなくてね。今、俺の同期で彼女が居るのはリカルドと俺の二人なんだけど、他の連中がアリスと踊りたいって言ってるんだ。ほら俺達竜騎士だから、付き合ってない段階で下手にそういうのに誘うとすごく期待されるから、どうしてもという程の意中の人じゃないと、誘いにくいんだ。でも、俺の彼女だったら、楽しく踊るだけでも出来るから。一年に一回の行事だから、皆舞踏会に出たいのは出たいんだよ」
なんとも複雑そうな顔をしてそれをいう彼にアリスはふふっと笑った。
「ナイジェルとかエディと踊るの? 良いよ。すごく楽しそう」
「うん。レオとか……ブレンダンとかも……」
それを言って目線を逸らした彼の唇にアリスはキスをした。自分でもやきもち妬きの性格をわかっているけれど、きっと彼は彼なりに同期の同僚を大事にしているのだ。一年に一度しかない行事だし、せっかくだから一緒に楽しみたい気持ちもあるのだろう。悩んだ末の決断だとしても、友達思いの恋人が愛しかった。
「良いよ。皆それぞれタイプが違って、素敵だから、踊れるの今から楽しみだな。エディなんか絶対踊っている間中笑かしてくるよ。私ちゃんと踊れるかな」
戯けてそう言ったアリスに、やっぱり複雑そうにゴトフリーは言った。
「ありがとう……皆楽しみにしているから、そう言ってくれると嬉しい」
その話をアリスに受けて欲しかったのか、断って欲しかったのか、自分でもわからない状態みたいだ。彼の心の中は覗けないからどんな状態かわからないけれど、いろんなものが戦っているのかもしれない。話を変えようとアリスは高い鼻をつついた。
「……ゴトフリー、舞踏会の時は竜騎士の正騎士服着るの? あれすごく素敵だよね。早く着てる姿見たいな。あ! いけない。私もドレス買わなきゃ。何色にしようかな。ゴトフリーは何色が好き?」
話している内に気分の高揚してきたアリスを見て目を細めると、体に腕を回してぎゅっと抱きしめた。
「アリスは何色でも似合うと思うけど、ドレスやアクセサリーは俺が全部用意するから大丈夫だよ」
「ほんと? 嬉しいな。リリアから舞踏会の話は何度か聞いてたんだけど、今年は私も出られるんだね。すごく楽しみ」
「……そうだよ。これからは毎年俺と一緒に出よう。実は明日、ドレスの採寸の予約してるんだ。結構時間がかかるみたいだから、もう今日は寝ようか」
うん、と笑って頷いたアリスをもう一度ぎゅっと抱きしめると、ゴトフリーは耳元で囁いた。
「好きだよ。アリス。君がいないともう生きていけない」
「ふ、大袈裟だよ。ゴトフリー、どうしたの?」
「大袈裟じゃないよ。こんなに誰かを好きになったのは、初めてだから、すごく怖いんだ」
そう言って彼は胸に抱き寄せたから、その切実な響きの声を出した表情は見えない。あったかくて何よりもどこよりも安心させてくれるその場所で、いくら考えてもゴトフリーが何を怖がっているのかは、一度も実った恋を失ったことのないアリスにはわからなかった。自分はきっとずっと今抱きしめてくれている彼のことを好きだし、この気持ちが消えてしまうことなんて想像も出来ない。
自分から見るとこんなに完璧な人なのに、どうして自信を持てなくなってしまっているのだろうか。どうしたらすこしでも彼を安心させてあげられるだろうか。言葉だけではきっと足りない。態度に表しているつもりだけど、まだまだなのかもしれない。
時間をかけてでも、この彼への想いをまっすぐに伝えたかった。




