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22 お風呂

 泊まりに来たのだからお風呂に入らねばと、いそいそと荷物を持って早速脱衣所に入ると、アリスはここでもやはり感嘆の声を上げた。


 個人宅にはありえないほどに広いお風呂場は、またピンクと赤と白のタイルが絶妙な模様に配置されていて、とにかく可愛いのだ。


 どうしてゴトフリーがこういった宿屋の情報を詳しく知っているかなんて、深く考えてはいけない。


 アリスよりも前に何人もの女の人と付き合ったことがあるだろうし、奥手なアリスよりもこう言った情報には通じていることだろう。


「……前に誰かと、来たことあるのかなぁ……」


 赤い花びらが浮かんでいかにも女の子の好きそうなピンク色の入浴剤が入ったお湯に浸かってから、アリスはぽつりと呟いた。


 これまでの言動行動などから推測をしてもゴトフリーは絶対に経験豊富だし、現在は自分と付き合ってくれているのだから、過去を気にしても仕方のないことだとはわかってはいるけど、やっぱり気になってしまう事は止められない。


「ここには、来たことないよ。先輩に前に教えてもらっただけ」


 脱衣所からいきなり声が聞こえて、からんと透けたガラス戸が開いてアリスはびっくりして目を見開いた。


 ゴトフリーが布を腰に巻いている状態で見事な肉体美を晒して浴室へと入って来たからだ。


「え? なんで……」


 先ほどは一緒に入らないと言ったはずと絶句しているアリスを横目に、ゴトフリーはにこっと笑いながら桶を取って体に湯を掛け始めた。


「ん? 俺ね、多分わかっているかもしれないけど、好きな女の子が嫌がったり恥ずかしそうにするのを見るのがすごい好きなんだよね。だから、そういうアリスを見れる機会チャンスを逃したくなかったから」


 確かに普段は優しいゴトフリーがそういった時にやけに意地悪になるのはわかっていたけれど、まさか今入ってくるとは思わなかった。


 全く悪いことをしたとは思っていないあっけらかんとした様子でゴトフリーは体を軽く流すと、大きな湯船に入りどうにも動きようがなくて縮こまったままのアリスを後ろから抱きしめた。


「アリス。どこをどうやって、チェックするの? 俺も手伝うから教えてよ」


 大きな手は腰をさまようと、やわやわと下腹の辺りを揉み始めた。自分の体型はあまり細いとか華奢とは言えないとわかっているアリスは、ぱしゃんと音をさせて彼から離れた。


「やっ……そこは触らないで」


「どうして? アリスはどこも、可愛いのに」


「もうっ……肉がついてるから駄目なの。ゴトフリーみたいに鍛えて無駄な肉がない人じゃないから、駄目」


 やはり彼は笑い出しそうになることを、我慢している微妙な表情になった。


 整った顔が何とも言えない面持ちになっているのを見て、アリスはむっと拗ねた顔になる。


「俺みたいな身体じゃないから、触りたいんだよ。ほら、こっちに来て。こうやってしていると、落ち着くから」


 ゴトフリーはアリスの腕を取って、後ろから抱き寄せると大きな体の中にすっぽりと包まれてしまったような気がした。


 彼の言う通りにこうしていると身体全体に、すべすべしていて気持ちの良い人肌を感じられてすごく安心出来た。


 ほうっと息をつくと、肩口に顎を乗せたゴトフリーが甘えるように言った。


「アリス。キスがしたいな。君からして欲しい」


 じっとその優しい目が見ているその誘惑に抗えなくて、アリスはちゅっとキスをした。


「ゴトフリー。これから……どうするの?」


 一緒にお風呂に入っているものの、何をどうするのかわからずアリスは聞いた。


「そうだな。泡でもこもこにして、手でアリスの身体を洗ってあげるよ」


 彼が先に湯船から出て手に持った備え付けの石鹸は、有名な薬屋の作っているこだわりの逸品だった。


 これまで欲しかったけれど、価格が高くてなかなか手が出なかったアリスは、石鹸に刻印されている店名を見ただけで興奮してしまった。


 ゴトフリーが洗い桶で石鹸を泡立てているのを見ながら言った。


「あ。すごい……石鹸欲しかったやつなんだ。ほんとに良い匂いするね」


 二人が住むヴェリエフェンディでは自生しないから、とても珍しい薔薇のような香りがする。


「……アリスは本当に可愛いな。この子が俺の恋人なの? 神様に感謝する」


 彼の言葉に吹き出したアリスに手招きして、ゴトフリーは器用にいっぱい作った泡を彼女へと塗りつけた。


 くすぐったさにくすくすと笑って震わせている体を、ぎゅっと抱きしめた。


「柔らかくて、気持ち良い……アリス、この石鹸欲しいの? いっぱい買ってあげる。明日買いに行く?」


「ふふ。一個で良いよ。ゴトフリー。それに、この石鹸高いんだよ。いっぱいとか言ってたら、破産しちゃうから」


 彼女の言葉を聞いて、ゴトフリーは変な表情になった。白い泡のついた指で、アリスの鼻の頭を押した。


「俺。竜騎士なんだけど。知ってた?」


 どんな言葉にもう一度吹き出したアリスに、なんとも言えない表情を浮かべている。


「うん。知ってる。ものすごーく、格好良い竜騎士の一人だよね?」


「……俺の収入に全く興味ないアリスは知らないと思うんだけど、竜騎士ってひと月で家一軒建つくらい貰えるんだよ?」


 彼の話を聞いてびっくりした顔で見上げたアリスに、ゴトフリーは笑った。


「それくらい貰えないと、割りに合わないってことだよ。幼い頃から死ぬ程努力しないとなれないし、前段階には運良くなれたとしても最終的には竜に選ばれないとなれない。それに、仕事中はいつも命懸けだからね、乗っているだけでも強力な加護をくれる竜が居るから、よほどのことがない限りは大丈夫だけど、戦場に絶対はないから」


 彼の言葉を聞いて、アリスは目の前の大きな胸に抱きついた。


「ねえ……竜騎士やめない?」


 ゴトフリーは驚いた顔をして、上目遣いのアリスを見下ろした。


「……どうしても、アリスが竜騎士を辞めろって言うなら将来的にやめることも選択肢に入れるけど、どうしてそう思ったのか理由を聞いて良い?」


「だって……この前に、ゴトフリーが眠って目を覚まさない時も胸が潰れてしまいそうだった。あんな思いをもうしたくない。生活にかかるお金だったら私だって文官だから、そこそこ貰っているし、ゴトフリーが普通のお仕事についても大丈夫だよ」


「え。アリスが俺を養ってくれるの?」


 不思議そうに聞くから、うんと笑って頷いた。


 アリスは高等学院出で、城で働く文官だ。それなりの金額は稼いでいる。


 今は将来的な結婚に向けて貯金もしたいから、欲しいものを我慢して節約もすることもあるけれど、大好きなゴトフリーと一緒に暮らせるのなら、別に彼が高給取りの竜騎士でなくなったとしても別に構わなかった。


「二人で暮らすなら、もっと大きいところに引っ越ししたいな。あ。後でね。私……ゴトフリーに渡したいものがあるんだけど」


 もじもじしながら話出したアリスから一度体から離すと、ゴトフリーは泡だらけの体に丁寧にお湯をかけてくれた。


「……うん。良いよ。じゃあ、一回出よう。あんまり長い間入ってると、のぼせちゃうもんな」


 そう言った彼は先に脱衣所に出ると、大きな布を広げてアリスをそのまま包んだ。


 さわさわと丁寧な手付きで水滴を拭ってくれた。


(もー。布の柄も可愛い。かわいいもの好きな私には、たまらないんだけど!)


 何もかもが可愛いこの宿屋は、アリスの理想の場所のようだった。


「もうっ……身体を拭くくらい、自分で出来るよ。ゴトフリーも冷えちゃうから、自分の身体拭いて」


 続けてアリスが上げていた髪の毛を下ろして拭き始めたゴトフリーに言った。本当に楽しいことをしているように、目を細めていた。


「俺は風邪を引かないから良いよ。これまで言っていなかったけど、アリスのこの髪すごく好きなんだ。ずっと乾かしてみたいなって思ってたから、邪魔しないでアリス」


 彼の言葉を聞いて嬉しかったけど、やっぱり照れてしまって素直に表せなかった。その代わりに彼の大きな身体を、アリスが黙って拭いてあげる。


(ゴトフリーって、本当に理想的な筋肉のつき方をしている)


 何をどれだけ頑張れば、このような強靭な体になるのかアリスには、皆目見当もつかなかった。彼が幼い頃から死ぬ程の努力をしたという、そんな日々が形になって表れているのが、現在のこの姿なのだろう。


「……ゴトフリーの体って、本当に綺麗だよね。私好きだな」


 照れながら言うアリスを見下ろしながら、彼はふっと笑った。水気を含んでいた髪はほとんど乾いているというのに、ゴトフリーはまだ熱風の出る魔法具を櫛を使いながら当てていた。


「そう? 抱かれたい?」


 自分で聞いた癖に赤い顔をしたまま無言で頷いたアリスを見ると、言葉を失ったように何も言わない。


 なんとも言えない沈黙を耐えきれなくて、アリスは彼の胸を両手で押した。


「もうっ、自分で聞いた癖に、何か言って! 急に黙らないで」


「……ごめん。アリスにそうしてもらうために俺は今まで頑張ってたのかなって、そう感慨深く思っていたとこ。後でいっぱい抱いてあげるから、もう少しだけ我慢して」


 そう言ったゴトフリーは、櫛を片手にアリスの黒髪を隅々までさらさらにして満足そうだ。


「良いよ。アリス。先にベッドに行ってて。俺はここを片付けてから行くから」


 アリスは彼が棚から新しく出した大きな布を体に巻きつけると、荷物片手に部屋に戻った。


 持って来た大きな鞄の中から、ゴトフリーに渡したいと思っていたものを取り出した。


 チャリと微かな金属音がした物は、アリスの家の合い鍵だった。


 不規則な勤務時間の続く竜騎士であるゴトフリーと過ごすには、双方共に仕事を持っているとなかなか時間が合わない。


 だから、もし時間が合う時があれば、彼が自分の家で待っていてくれたら良いなとアリスは思っていたのだ。


「……アリス?」


 腰にだけ布を巻いたゴトフリーに、用意していた合い鍵を見せた。彼は驚きつつも、それが何かわかったのか嬉しそうにしてくれていた。


「アリス。俺に家の合い鍵くれるの?」


「うん。両方とも仕事してるから、なかなか時間合わないし、私の家で待っててくれたら嬉しいなって思ったの」


 鍵を受け取って、ゴトフリーは優しくキスをくれた。


「ありがとう。俺が休みの日は夕飯準備して待ってるよ……俺もね。実はアリスに渡したいものがあるんだけど」


 首を傾げたアリスの右手を取って、薬指に指輪を嵌めた。かわいらしい模様の描かれた、いかにもアリスの好きそうな指輪だった。


「ゴトフリー……可愛い指輪。嬉しい! ありがとう。でも、どうして私の指のサイズがわかったの?」


 彼女の言葉にゴトフリーは、にやっと笑った。


「リリアに聞いた。仲良しの彼女とお揃いで、アクセサリーを買ったりするんだよね……俺のアリスは、ほんとかわいいな……」


 しみじみとそう言ったゴトフリーに、アリスは抱きついた。


「リリアに相談したの? 私がブレンダンさんに相談したら、あの時に怒ったのに」


 不公平だと口を尖らせたアリスに対し吹き出して笑うと、ゴトフリーはゆっくりと腕を回して彼女を抱きしめた。


「俺がリリアと話したのは、人が大勢居る所だし、あんな人目を憚るような話題じゃないだろ? 拗ねないでよ。アリス。今夜はいっぱい気持ちよくしてあげるから、機嫌直して」


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