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20 ずっと言いたかった

 午後からの半休を取って、彼氏であるゴトフリーと王都の市街を手を繋いで歩いていたアリスは、どうしても買いたかったクッキーが売っているお菓子屋さんがこの近くにあることを思い出した。


「ゴトフリー、あのね、私ちょっとだけクッキー買って来て良い?」


 行ってみたいと言ったら彼が調べてくれて予約の激戦を勝ち抜いたこの近くで評判のカフェの予約時間は迫って来ていたのだけど、そのクッキーは美味しいだけではなく、入っている缶がとにかく可愛いのだ。アリスは可愛い小物が大好きだから、せっかくのこの機会に買いたかった。ゴトフリーは上目遣いのお願いに不思議そうに首を傾げた。


「俺も一緒に行くよ。クッキー、どうしても欲しいの?」


 うん、と嬉しそうに頷いたアリスを微笑んで見やると、腕時計を確認してちょっと顔を顰めた。


「ん、でももうすぐ予約時間だな。そうだ。クッキーは俺が走って買ってくるから、先にカフェに行って入っておいて。すぐに行くね」


 店の名前と大まかな場所を確認すると、ゴトフリーは颯爽と走り出した。もちろん体を資本としている人だから、その速度は早くてあっという間に見えなくなってしまう。自分のためなのだけど、さっきまですぐそばに一緒に居た彼が居なくなって、ちょっと寂しくなった。


「……あれ?」


 曲がり角を二回ほど曲がった所で、アリスはあの場所からすぐに着くと思っていたカフェの場所を間違えてしまっていることに気がついた。


 立ち尽くした薄暗い路地裏は、とても恋人たちが集まるようなお店があるような雰囲気でもない。


 慌てて振り返って元に戻ろうとしたけれど、いきなりその腕を掴まれてビクッとした。いかにも柄の悪そうな男が、アリスを見下ろして嫌な笑いを浮かべている。その後ろの扉から続々と何人かの同じような男たちが怯えを見せるアリスを取り囲んだ。


「へえ、こんなところに上玉じゃないか」


「やっ……離してっ……」


 手を振り解こうとしても、全然動かない。どうしようどうしようと周囲を確認するけれど、他に人通りなんかなくて、なんでこんなところに来てしまったんだろう。


 その時に、通りの向こうから綺麗な光を弾く金髪が見えた。泣きそうになっているアリスの状態を一瞬で視認したのだろう。その顔は険しい。


「その汚い手離せ」


 アリスはそう言葉を放った自分を助けに来てくれたはずのゴトフリーの表情の抜け落ちた顔を見て、思わず本能的な恐ろしさを感じた。鋭く空気を切り裂くような攻撃的な視線は、彼が何度も戦場で死線を越えた人間であることを思い出させたから。


「あ? 一人でいきがりやがって、こっちは五人も居るんだ、お前なんかすぐに……」


 無言で近づき、その後の言葉を紡ぐ前にアリスの腕を掴んでいたその男の顎を蹴りあげると、最初からそうなると決められていたことのように、近くに居たにやにやと下卑た笑いを浮かべていた男たちを順番に流れるような動きで地に伏させた。


 そしてあまりの出来事に呆気に取られたままのアリスの腕を掴むと、さっと走り出した。慌ててそれに続いて足を早める。


「……えっ? ゴトフリー?」


「ごめん、アリス。俺は一応戦闘職だから、よっぽどのことじゃないと一般人に手を出したらダメなんだ。これは完全に向こうが悪いんだけど、見つかったら事情聴取とかに時間かかるから」


 先程の状況に至った経緯を怒るでもなく、無理のない速度で走りながら、悪戯を見つかった子供のような顔で笑いかける彼はこの世界でたった一人だけ居るアリスだけの竜騎士だ。


 そのことが本当に嬉しくて、ときめく鼓動を抑えられなかった。



◇◆◇



「何もなくて良かったわね。アリス、もうデート中にゴトフリーさんと離れて行動するのやめたら?」


 食堂でお昼ご飯を食べながら、昨日の話を聞くとリリアは冷静にそう言った。一緒に市街に遊びに行った時に、アリスの方向音痴に泣かされたことが幾度もあるせいか、なんとも実感が篭っている。


「……もう、ほんとーに、ほんとーにカッコ良かったんだよ。ゴトフリーってなんであんなに何でも出来ちゃうんだろう」


 付き合っている彼氏のことを思い出し、浮かれて頬に両手を当ててそう言ったアリスに、ちょっと苦笑しながらリリアは言った。


「そうね。竜騎士になれるくらいだから、ある程度は何でも出来るんだろうけど……やきもち妬きの方はどうなの?」


 ああ、と言って話し出そうとしたアリスを遮るように、後ろから驚くような声がかけられた。


「ゴトフリーってやきもち妬きだから、大変でしょう。私も付き合っていた時、よく怒られたわ」


 そう言って笑った女官服を着た彼女の美しい顔を、アリスは鮮明に覚えていた。以前、彼の隣に当たり前のように座っていたことでひどく動揺したからだ。


「キャサリンさん、別れた男とのことを今付き合っている子に話すのは、ルール違反なんじゃないですか」


 リリアは言葉を失ってしまっているアリスの隣で、無神経な彼女の言動を抗議した。


「あら、ごめんなさい。まぁ、でももう私たちは終わったことだし、別に構わないでしょ。今付き合っているのは貴方なんだから」


 高くてよく通る声でそう言うから、食堂の周りがざわざわとした騒めきに包まれる。恋愛絡みの女同士の喧嘩だと思っているのか、面白がるような視線も集まった。


 突然のゴトフリーの元カノの来襲に頭が真っ白になってしまって、アリスは何か言いたいけれど、頭の中が渦巻いて何も出てこない。しばらくそんな様子を見て、嘲笑うようにキャサリンは続けた。


「話せば面白いし女の子をとっても大事にするんだけど、嫉妬深いし貴方も大変よね? そうね、頭の良い文官さんだから、お堅い話ばかりしているのかしら。私と付き合っている時は……」


「それこそ、貴方に何の関係もないんじゃないですか。まるで別れた男に未練あるみたいで見苦しいですよ」


 親友を傷つけるためだけに放たれる言葉を遮って、リリアはアリスを庇うように立ち上がった。そんなリリアと睨み合ってから、ふんと息をついてキャサリンは目を眇めた。


「彼は竜騎士だから、今でももったいないことをしたとは思ってるんだけど、私は束縛がきつくて音をあげちゃったの。あなたは長く付き合えると良いわね」


 それを聞いて、何かが吹っ切れたアリスはガタンと立ち上がって、目の前に居るキャサリンの目をまっすぐ見た。


「ゴトフリーの価値を竜騎士だからの一言で終わらせるあなたになんか、一生あの人の本当の良さはわからない。それに、ゴトフリーは私のことが本当に好きだから独占欲を出してくれるのはすごく嬉しいもの、それを他人にあれこれ言われる筋合いはないわ……それに彼は私のものなんだから、もう近づかないで」


 淡々とやり返したアリスの言葉を聞いて、不満げに鼻を鳴らすとキャサリンはそれ以上何も言わずに去っていった。


 その時に出入り口付近からヒュウっと口笛がしてそちらに目を向けると、黒い竜騎士服を着た大柄な男性の十人ほどの集団が皆こちらを見て、その中の一人を他の全員が小突いている。


「……ゴトフリー」


 どうやら城内のどこかで仕事だった竜騎士達が、移動中に騒ぎを聞きつけてこちらに来ていたらしい。その中に顔が赤くなっている彼氏を見つけたアリスは、あの人達にどこから聞かれて居たのだろうと思ってやっぱり自分も真っ赤になってしまった。


 もみくちゃにされて黒い集団からやっと押し出されたゴトフリーは、制服のスカートを握りしめ所在なく立っているアリスの元へとやってきた。


「アリス……あの、俺あれ聞いてまじで嬉しい。やばい。叫び出しそう」


 今の状況が恥ずかしくて潤んだ目で自分を見上げるアリスを愛しげに見つめると、ゆっくり抱きしめた。ほっと息をついて、その大きな胸に顔を埋める。


 あの時から、ずっとずっとあの人に言いたかったのだ。この人は、ゴトフリーは私のものだから、二度と近づかないで欲しいとはっきりと言いたかった。その願いを意図せず叶えてしまうことになった。思いもよらぬ人たちに聞かれていて恥ずかしいけれど、どこかすっきりとした気持ちだった。


「おい、ゴトフリー、ここまで来たらキスくらいしろよ!」


 ナイジェルの声だ。仲の良いゴトフリーを完全にからかっている。その言葉が聞こえた途端に食堂に居る人たちからぱちぱちと拍手が集まり、和やかな祝福する雰囲気に包まれた。


 そうして、彼は顔を上げたアリスの額に優しいキスをくれた。


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