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19 図書館

 上司である室長に調べ物を頼まれて、図書館へとやってきたアリスは参考資料の題名を書いている紙を片手に書棚と書棚の間を縫うように進んでいた。ヴェリエフェンディ王城にある図書館は巨大で、それが目当てで外国から旅行に来る人も多いと聞く。


 蔵書が多いのは無類の本好きにとってはとっても有難いのだが、こうも多いと何冊も必要としていると、探しているだけで時間を消費してしまう。専門の司書も居るには居るのだが、広すぎて彼らを探している間に目的の本が見つかるだろう。


(この統計学の本はかなり新しいのね。発行されたのは、今年……)


 手に持った本の奥付を見ながら次なる本を求めて、分類されているだろう方向へと進んだ。天井はとても高くて、壁には本の背表紙がよく出来た壁紙のように無数に並んでいる。


 本の独特の匂いは落ち着く。アリスはちいさな頃から、本が大好きだった。英雄譚や御伽噺、勇者に愛されるお姫様。胸をドキドキさせながら、一日にいくつもの世界に入り込んだ。ベッドに本を持ち込んで夜もずっと読んでいたから、呆れた母に取り上げられるまでが寝る前のお約束だ。


(たくさん本は読んだけれど、竜騎士と文官の恋を描いたものはなかったわね……字面で見たときにロマンチックじゃないし当然かしら)


 その事実に苦笑しつつ、目的の本があるだろう本棚の前に辿り着いてじっと背表紙を見つめつつ、題名の頭文字を順番に読んでいく。専門書なので、背表紙は分厚いはずだ。


(あ、あった)


 その本は、ちょっと高めの位置にあったけれど、背伸びして手を伸ばせば、用意されている踏み台を持ってくるまではなさそうだ。目一杯手を伸ばしてその本を取ろうと苦戦している時、頭のすぐ後ろでくすっと笑う声が聞こえて、大きな手がアリスの手に重なった。そして、本を書棚から抜き取るとその登場に驚いているアリスに手渡した。


「……ここは俺に恋に落ちる場面だよ。アリス」


 もうとうの昔に恋に落ちてしまっているその人の顔を見上げて、アリスは微笑んだ。今は職務上身につけている黒い竜騎士服ではなくて、私服の水色のシャツを着ている。その淡い色味は優しげな可愛らしい顔によく似合う。


「ゴトフリー。今日はもう帰ったんじゃなかったの?」


 竜騎士の彼は今日の朝まで魔物退治に駆り出されていて、仕事に来たばかりのアリスに今から帰るからと挨拶して行ってしまったから、とっくに帰ったものだと思い込んでいた。うんと軽く頷いて、彼は持っている大きめのバックを見せる。


「……一応、家で何時間か仮眠してから、図書館でちょっと勉強しようかと思ってここに来たんだ。それでアリスの定時まで過ごして、あわよくば一緒に帰ろうかなって思っていた」


「勉強?」


 アリスは首を傾げた。若い頃はずいぶんと机に向かっていた自分でさえ、就職してからろくに勉強などしていない。国が行う資格試験などももちろんあるが、アリスは今の職種に必要なものは学生の頃に取得してすべて持っているので、必要ないのだ。


「まだ先なんだけど職分の昇進試験があるから、そろそろ勉強しようかなって思ってて」


 アリスが抱えていた何冊かの重い本を取り上げながら、ゴトフリーは笑った。職分の昇進試験というと、上司である人の推挙がないと受けられないものだ。若い彼は今は一騎士だから、いずれ隊の指揮を任されたり、後輩の指導などを行うことを期待されているのだろう。


「すごい。ゴトフリー、隊長さんになるの?」


 目を輝かせたアリスに、ゴトフリーはくすぐったそうに笑った。


「いや、流石に隊長はまだかな。その前段階だよ……竜騎士って血の気の多いやつが多いから、俺はそんな中すこしだけ周りを見れる余裕があるってだけ。アリスはこんな難しそうな本をたくさん持って、何かの調べ物?」


 恋人のアリスに昇進することが知れて照れくさいのだろう、謙遜をした彼に頷いて、手に持っていた紙を見せた。


「そう、室長の報告書を書くお仕事を手伝っていてそれの調べ物なの。今は月中で私の仕事も落ち着いているし、たまにこういうお仕事もすることがあるんだよ」


 本棚に挟まれた通路を二人でゆっくりと歩き出して、閲覧用に用意されている大きな机に並んで座った。隣のゴトフリーが勉強道具を出して開いたのを確認すると、アリスは備え付けにされている紙とペンを取り、重ねた上から順に本を開いては室長から指示されている必要事項を書き込んでいく。


 その仕事の途中でなんとなく隣の彼が気になったアリスはそっと横を向いた。ゴトフリーは真剣な横顔で持っている本に見入っている。


(そういえば、こうやってゴトフリーの横顔見ることってあまりないかも)


 彼はいつも自分の方を向いて、優しく微笑んでくれているのがほとんどだ。もし彼が学生時代の恋人であるなら、こうやって一緒に勉強することも多かっただろうし、この整った美しいラインを描く横顔をよく見ていたことだろう。


(え、ゴトフリーが学生時代彼氏だったら……絶対絶対、勉強なんか頭に入ってないかも……)


 彼の横顔をじっと見ながら、もしそうだったら、すごく楽しかっただろうなってぼんやりと思った。その視線を感じたのか、ゴトフリーはアリスの方向を向いて不思議そうな顔をしている。


「どうかした?」


「ううん、なんかね。ゴトフリーと学生時代付き合っていたら、こんな風だったのかなって思っただけなの」


 はにかみながら言ったその言葉に一瞬驚いた顔を見せつつ、ゴトフリーは嬉しそうに微笑んだ。


「こんなかわいい彼女が居たら、勉強なんかやってられないから、やっぱり出会ったのは今で良かったよ」


「ゴトフリーもそう思った? 私も絶対勉強なんか頭に入らないなって思っていたの。でもすごく楽しそうだなって思った。高等学院にこんなにカッコ良い人いなかったから、他の子からめちゃくちゃ嫉妬されそうだけど」


 高等学院はその名の通り、国の中から集められた物凄く頭の良い人しか入れない。その中には申し訳ないけど、こんなに体格が良くて綺麗な顔をした男の人はいなかった。そういう子達は竜騎士や近衛騎士になるべく、別に集められているのかもしれないけれど。


「……アリスは俺が初めての彼氏だもんね」


 ゴトフリーは何故かしみじみと言って持っている本を裏返して置くと、両腕を机についてその上に顔を置いた。その何か眩しそうな表情に微笑みながら答える。


「うん。そうだよ。ファーストキスもゴトフリーだもん」


 それを聞いてゴトフリーはちょっと眉を寄せた。


「……あの酔ってた時?」


「そうだよ。ゴトフリーで良かったなって思いながらキスしたの」


 それを聞いてはーっと大きく息をついたゴトフリーに、何か言ってはいけないことを言ってしまったかとアリスは慌てた。付き合ったのは目の前の彼がはじめてだから、付き合った上でのマナー的なものがわからないからだ。


「な、何?」


「ううん、でもこれからはお酒を飲むのはリリアか俺が一緒に居る時じゃないと絶対にダメだよ。もしそれ以外で酔っ払ったら、心の中にアレックの名前を思い浮かべて俺に迎えに来るよう伝えてって言うんだ。わかった?」


 心配性の彼氏の言葉にうんと頷いて、アリスは以前から彼にして欲しかったことを思い出した。


「……ね、ゴトフリー、これに私の名前書いて」


 目の前にあった白い紙を一枚取ってすぐ隣に居る彼の前に滑らせた。持っていたペンもはいと手渡すと、顔を上げたゴトフリーは戸惑いつつ受け取る。


「ん、名前? どうするの?」


「良いから良いから」


 その言葉に不思議な顔をしつつ、さらさらと流麗な字でアリスの名前を書いた。それがなんでもないことのように、目の前で書かれる事実に感動してしまう。当たり前のことなんだけど、彼の提出する書類にある通りの美しい文字だ。


(わかっていたけど、本当に綺麗な字。ゴトフリーが私の彼氏なの今も信じられない)


 じっとその文字を見て嬉しそうな顔をするアリスにくすっと笑いつつ、その名前の下にもうひとつの名前を書いた。


「……近い将来はこうなるだろうからね」


 その優しそうな顔で悪戯っぽく微笑んだ。それを見て胸がいっぱいになってしまう。もちろんそうなりたいなって何度も何度も心で思ったけれど、こうやって彼本人にそう言って貰えると、嬉しくて涙が出そうになってしまう。


「アリス・マーシュ? ……ゴトフリー、ありがとう。宝物にするね」


「宝物? 俺の字でアリスの名前が書いてあるだけだよ?」


 そう言ってちょっと涙目のアリスの頬に、周囲に気づかれないように素早くキスをしてくれた。その彼に微笑んでから手に持った一枚の紙をじっと見る。こんな風に宝物がたくさん増えていって、名前も変わるような未来が来るかもしれないなんて、あの時に振り絞るように勇気を出して彼に告白出来るまで思ったこともなかった。


 ゴトフリーと偶然会えたあの夜を、今も神様に感謝する。もちろん恋愛に慣れている人ならもっとスマートで上手い付き合い方も出来ただろうけど、今こうして優しい時間を二人で過ごすことが出来るのなら、葛藤した過去も何もかも全部無駄じゃなかったとそう思えるのだ。


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