18 わからない
「ゴトフリーだから、許すんだよ。絶対に大丈夫って、わかってはいたけど、体が動かなかったから、少しだけ怖かった……」
「……これは言わなかった俺のせいなんだけど、そういう事を今までしなかったのは、アリスが俺の恋人になって初めて夜だったから、大事にしたくて色々考えて準備していたんだ。もうすぐ二人の休みが被るから、その前日にアリスが好きそうな可愛い宿屋を予約してたんだ。驚いて喜ぶ顔が見たくて、こんな事になってしまってごめんね」
彼の言葉を聞いてパッと顔を上げたアリスは、嬉しそうに微笑んだ。
(私にとって少しだけやきもち妬きなところも含めて、ゴトフリーは理想的な彼氏だよ!)
これまでにそういう関係にならなかった理由を知って、アリスはほっと安心したと同時に彼の優しさにも感動してしまった。
「ほんと!? 私。すごく嬉しいよ。ゴトフリー、ありがとう」
目を輝かせたアリスの顔を見て、ゴトフリーは複雑そうな表情になった。
「でも……今度からは、絶対にブレンダンとか……あいつは特になんだけど、俺以外の男とそういう話をしたら駄目だよ。わかった?」
「もう。ブレンダンさんはモテモテだし、いくらでも女の人が入れ食いなんだから、私が言ったことなんて、特に気にしてないよ」
ふふっと笑いながら無邪気に自分に抱きついたアリスに、何故かゴトフリーはなんとも言えない顔をしていた。
「あのね。これは、あんまり言いたくなかったんだけど、アリスって騎士連中の間で有名だったんだよ」
そんな言葉に首を傾げて見上げるアリスに言い聞かせるように、ゴトフリーは話し出した。
「経費窓口に担当の可愛い子がいるけど、どうやら男嫌いらしいし、いくら誘ってもはぐらかされてしまうって。だから、すごく心配なんだ。最近、俺と付き合いはじめたから、男嫌いでもなかったらしいぞっていう話になってるし……実は竜騎士の同僚にもアリスの事を狙ってたやつも居たから、最初に牽制したんだ」
「そっ……そうなの? そんな気配、感じたこともなかったけど……」
アリスは男性からモテないし声も掛けられない、そんな自分が本当に嫌になっていたというのに。
ゴトフリーから聞いた意外な話に呆気に取られたアリスの唇にキスを落として、ゴトフリーは言葉を続
けた。
「ねえ。アリス。君は俺の事を竜騎士だし、人気があるって思っているかもしれないけれど、自分もそんな俺を夢中にさせるくらい可愛いって自覚して。すごく心配だし何してるかも気になるから、仕事にかこつけて会いに行ってしまう。誰かに取られそうで、いつも不安なんだ」
切なそうな表情のままでこれまでに思いもしなかったことを言うゴトフリーに、なんて言葉を掛ければ良いのか、アリスは困ってしまった。
これまでの人生で目に見えてモテていた試しなどないし、自らの知らないところで、どんな噂があるかなんて気にしたこともなかった。
けれど、アリスが好きなのは、目の前に居るゴトフリーだけだ。
たとえどんなに素敵な人が告白して来ても、一秒も悩むことなく、彼を選ぶことには間違いない。
(そうだよ。不安に思うことなんて、何もないのに。どうして、ゴトフリーはこんなにも不安なんだろう……?)
「……えっと、えっとね。ゴトフリーあのね」
アリスは一生懸命に自分の気持ちをわかって貰おうと言葉を選んだ。
ゴトフリーをこんな風に不安にさせている一因は、自分が彼に沢山の言葉をあげられていないと気がついてしまったからだ。
これまでは彼から愛の言葉を貰う事が多くて、それで満足してしまって、自分からは全く返せていないと気がついた。
(そうだよ。私がずっと不安にさせていたんだ……だから、話しただけでも、ゴトフリーは過剰に反応してしまったんだ)
「私の気持ちは、もう決まってて……ずっとずっと前から、ゴトフリーのことしか見えてなくて……あの夜にちゃんと会うまでは、いつも一瞬しか会えなかったけれど、会えた時はもうその日一日嬉しくて浮かれるくらいだったんだ。だからね。今こうして、一緒に居るのがすごく夢みたいで、幸せすぎて、他の人を見る余裕なんて、どこにもないんだよ」
「アリス……」
「私。これが付き合うのが初めてだから、まだどうして良いか……わかってなくて、不安にさせてごめんね。あの、あのね……私ね……」
やはり、アリスはその言葉を言おうとすると、条件反射のように口籠もってしまった。
けれど、ゴトフリーはそんなアリスを焦らせることも急かすこともなく、何も言わずにゆっくりと待ってくれた。
二人で間近で見つめ合って時間が止まったような、永遠を感じたような、そんな不思議な空気の中、やっと震える唇が開いた。
「ゴトフリー……好き……大好きだよ……これからも、一緒に居たい」
潤んだ目で見上げれば、ゴトフリーはぎゅっと強い力で抱きしめてくれた。
先ほどは心震えるまでに切実なものを感じさせた不安は、少しでも和らいだだろうか。
(良かった。ちゃんと、伝えられた……)
自分の気持ちを伝えられて、安心感から身体から力が抜けてしまったアリスに彼は言った。
「アリス。大事にする。今日は、本当にごめんね……俺。今夜はアリスを抱っこして寝るだけで我慢する……我慢出来ると思うから……今度の休みの前の日は、思い出に残るような日にしよう?」
どこまでもアリスを大事にしてくれる、そんなゴトフリーだからこそ、アリスはもっともっと好きになるのに、彼に自覚はないのだろうか。
(不安に思う余地なんて、どこにあるの? 私はこんなにも、好きなのに)
ゴトフリーを気になり好きになった最初のきっかけは、彼の書く美しい文字や、好みど真ん中を撃ち抜いた可愛い外見かもしれない。
けれど、言葉を重ねて中身を知るごとに、好きな気持ちは加速していって、大きくなり続けていく思いが、どこまで行ってしまうのか。
アリス自身にも、もうそれはわからなかった。




