17 言えないの
ゴトフリーは自由に身動きが取れなくなっているアリスの服を、丁寧に一枚ずつ脱がしていった。思った部分だけと言ったさっきの言葉の通り、彼はアリスの体を自分の思ったように操ることが出来るらしい。
「……アリス。可愛い」
ちゅっと音をさせてキスをして、彼はアリスを優しくベッドに寝かせてくれた。
ここまではアリスの望んだ通りの展開のはずだった。
自分の体が自由に動かないという事以外は。
(なっ……何? どういう事? ゴトフリーは、何か誤解してるって事だよね?)
何か良くない誤解をしているのかもしれないが、アリスにとってのブレンダンは彼氏であるゴトフリーの友達だし、もちろんそういった恋愛対象外だ。
ゴトフリーもそういう気持ちをわかっていてくれているとアリスは思っていたのだが、違ったのだろうか。
例えて言えば、ゴトフリーが自分の仲の良いリリアに浮気するようなものだ。
彼に誘われてもリリアは嫌悪感を出して即断ってしまうだろうし、すぐにアリスへと報告するだろう。
だから、彼らもそういった信頼感のある関係性だと思っていた。
アリスは戸惑ったままで、また言葉を重ねた。
「……ゴトフリー。あのね。あの時にブレンダンさんに相談していた事は、ゴトフリーが心配するようなことじゃないの。それは、本当なんだよ」
間近にある紺色の瞳をじっと見つめてアリスはそう言ったけれど、ゴトフリーはそれを聞いてもなお、不満気な表情を崩さなかった。
「何で、あいつに……ブレンダンに言えて、俺には言えないの。アリスは俺の彼女なのに……」
彼はそう言ってからアリスのちいさな耳を軽くかじると、舐めはじめた。
アリスの荒くなった吐息に、満足気に笑う。白い首筋にも自分の存在を刻みつけるように、いくつも赤い痕を残し、ちりっと時折痛みが走りそんな事で彼の強い所有欲を感じてしまった。
(身体が動かない……それに、自分勝手に事を進めるなんて……)
「なんでっ……ふっ……ふううっ……やだっ……やめて……怖いよ!」
初めての夜を除けば、こういった事態が初めてだった。身体をまったく動かせず怯えたアリスは嗚咽して、ゴトフリーはそんな彼女を優しく抱きしめた。
「じゃあ……もう一度、聞くよ。アリス。今日、あんな隠れた場所で、ブレンダンと何を話してたの?」
自分をまっすぐに見つめている紺色の瞳をじっと見返しつつアリスは息を整えながら、ゆっくりと言った。
「……ゴトフリーと、えっちなことしたくて……その私、これが男の人と付き合うの初めてだから、自分からはどうやって誘って良いかわからなかったの。だから、ゴトフリーのことを、良く知ってる人に聞きたかっただけっ……それだけなの」
アリスから事情を聞いたゴトフリーは、ぽかんとした表情をしたまま呆然として、ぱちんと音をさせて指を鳴らした。
それを合図にやっと体を動かせるようになったアリスは、ゴトフリーの首に抱きついて安心して泣いてしまった。
(怖かった……けど、ゴトフリーとの誤解が解けて良かった。あのまま関係を進んだとしても、きっと後悔することになっていたもの)
二人の中にあった誤解が解けたと涙を流したアリスをあやすように背中を撫でながら、ゴトフリーは先ほどの出来事を悔やむようにして掠れた声を出した。
「……ごめん、アリス。何よりも大事にしたいって思っているのに、君が誰かに取られるかもしれないと思うと、頭がカッとなって我慢が利かなくなるんだ……お願いだから、許して欲しい」
ゴトフリーの顔は自分の方が今にも泣き出してしまいそうだ。アリスはそんな彼の頬にキスをしてから言った。
「ううん。ごめんね。ゴトフリーがやきもち妬きって知ってるのに、私もブレンダンさんと二人で話したのは軽率だったと思ってる……嫌な思いをさせてしまって、ごめんね」
これはきっとあまり良くないことだとわかっていたのに、アリスは自分の悩みを解決したいという欲求に負けてしまった。
(ゴトフリーは私のことがとっても好きだから、あんな風に二人で居るところを見てしまって、我慢ならなかったんだ)
アリスは特に考えもなく、ゴトフリー側の気持ちもろくに考えずにあれをしてしまったと言えばその通りだった。
「……俺の前で、男と二人にならないで。俺の前でなくても駄目だけど」
いつか聞いたような事のある台詞に、アリスはふっと笑ってしまった。
「ごめんね。ゴトフリーにとっては、すごく嫌なことだったんだね。私が悪かったの」
「いや……うん。ブレンダンは特に……」
そのままぎこちなく、項垂れてしまったゴトフリーの蜂蜜色の髪を撫でて、アリスはぎゅっと目の前にあった厚い胸に抱きついた。
「確かにブレンダンさんは、この国でも有名なすごーく男前だとは思うけど、私が好みの男性はゴトフリーなんだよ。だから、あの飲み屋さんでも、私はゴトフリーを選んだでしょう?」
「うん。そうだな。アリスは、そうだったけど……でも……」
言いにくそうな彼を不思議に思い、アリスはもう一度顔を上げて首を傾げた。
その時のゴトフリーは、まるで迷子になってしまった子どものような顔をしていた。
(え……何。どうしたの……?)
アリスはこれまでに彼と交わした会話の内容を思い出して、引っかかった部分を尋ねた。
「……えっと、あ。そうだ。ゴトフリーは、ブレンダンさんは、特に嫌だってこと?」
疑問に感じた部分を質問したアリスに、ゴトフリーはゆっくりと頷いた。
「……アリスはこんな事を言ってしまうのは情けないけど、俺は同期の中でブレンダンとリカルドには絶対に敵わないんだ……あいつらは、最初から特別だから。だから、今日……アリスとあいつが一緒に居るところを見て、理性を失くしてしまった……本当にごめん。俺の問題なんだけど、アリスを巻き込んでしまった」
どうやら今日のアリスは、そうしようとしてそうした訳ではなかったが、ゴトフリーが一番触れて欲しくないと思った部分に触れてしまったらしい。
(私が悪いんだ……ゴトフリーは、嫉妬深いところがあるって何度か聞いたことがあったのに)
もちろんこれまでに恋愛の経験値がまったくないアリスは、こうした時の最適解はわからないが、こんな風にお互いの勘違いで喧嘩したのなら、早々に仲直りした方が良いことくらいはわかっていた。
「……ゴトフリー。あのね、ゴトフリーが一番嫌だと思うことしてしまって、本当にごめんね……仲直りしたいな。して良い?」
そう言ってちゅっと彼の鼻の上にキスをすると、嬉しそうにゴトフリーはゆっくり頷いてくれた。
「アリス。怒っていないの? 俺は、あんなことしたのに……」
おずおずとして、ゴトフリーは聞いた。いつもは余裕がある彼らしくない行動に、アリスは微笑ましく思いふふっと笑ってしまった。
そう言って落ち込んでしまったゴトフリーは、普段ならばきっとアリスの気持ちを考えないような、あんなことはしないと信じられる。
今回は不用意に彼の一番して欲しくなかったことをした自分が悪かったんだと、素直に思えた。
「……もしも、ゴトフリー以外の人が私にあんなことしたら、今頃、近くの騎士団詰め所に駆け込んでるとこだよ」
「うん。そうだよな……」
冗談交じりに言ったのに真剣な顔をしたまま、ぎゅっと膝の上で手を握ってゴトフリーは項垂れた。
蜂蜜色の髪の毛に、アリスは黙ってキスをした。そうして、情けない顔を上げたその唇にも。




