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14 素直になれない理由

 アリスは優等生で模範生だった。


 喋るのも他の子供より早かったし、聞き分けも良かった。母に聞けばいつの間にか絵本を自分でめくっていて、文字を学習するのも早かったらしい。本が好きだったのはきっとその時からだ。いつも本ばかり読んでいて、手がかからなかったし、物心つく頃からずっと、大人の望む良い子であり続けた。それが良いことであると理解出来てからは、ずっとそうあるようにしてきた。


 大事な時に素直になれない理由は、別に何か特別な出来事があった訳じゃない。


 親に望まれるままに勉強をして、抜きん出て優秀なのが認められて、特別な特待生として高等学院へと進んだ。気がついたら、周りの皆は恋をして友情を深め、人としての情緒を育てていた。流れていく時間のどこかの瞬間で、それをはたから見て、良いなあとそう思ったことは覚えている。きっとこの時が、大きな運命の分かれ目だったのだと今では思う。でもそれに気がついたのは、恋もせず一生懸命に勉強をして、就職先として最難関である城で務める文官としての道が内定した頃だ。


 アリスの頭脳が優秀なのは皆知っているけれど、きっとその中身がこんなに幼いことを知っている人は少ない。


 意識をしている男の人の前に出ると、言いたいことが何も言えない。思ったことと反対の意味の言葉が出てきてしまう。それで、最初は好意的だったりする相手から距離を取られたり、そんなことを繰り返している内に、ますますそれはひどくなってしまった。


 どうしても「またやってしまうんじゃないか。また嫌われてしまうんじゃないか」と思うと、緊張してしまって、何度も何度も繰り返してしまうのだ。


 そんな頑ななアリスの心に何度も何度も体当たりして、その頑丈な扉を壊れかけにしてくれたのは、他でも無いゴトフリーだ。


 ゴトフリーはアリスが自分を選んでくれたとそう言ったけれど、アリスにとってはゴトフリーこそが、彼だけが、めんどくさくて、もつれてしまっていたアリスの心を丁寧に時間をかけて解いてくれたのだ。


 その人と会うために、どれだけの努力をしたって良い。すぐに会えないなんて我慢出来ない。その優しい紺色の瞳を見るためになら、自分に出来ることならなんだってするって、そう思うのだ。



◇◆◇



「ここかぁ」


 アリスは、そう呟いてその崖を見下ろした。


 ゴトフリーを目覚めさせる薬の原料となるその薬草の一つは近くの森の中にある崖の下にあるらしい。今回は以前のように考えなく来ている訳ではなくて、きちんと魔物除けの護符も持ってきているし、もしもの時のために、高額だけれど攻撃魔法を封じている魔法具も持ってきている。護衛の冒険者を頼むことを考えたのだが、依頼するための時間が要ると言われて、今日は断念したのだ。


 崖、とは言っても底の見えない切り立った崖ではない。その下の沢に降りるための段差もあるし、降りるために誰かが使ったのだろう鎖で出来ているロープも下まで届くように吊るされていた。


 気をつけて降りればそう怪我することはないと、アリスは判断した。緊張しながら鎖を握ると、体重移動させようとしたその時だ。


「……きゃっ」


 ロープを繋いでいた金具が弱っていたのか、嫌な音がして壊れてしまった。ふわっとした浮遊感が体全体にして、このまま落ちる。そう思った。ぎゅっと目を瞑って来るべき衝撃に備えた。


 やがて聞こえてきたのは、キュルキュルと心配そうに鳴く声と、誰かに腰にがっしりと腕を回されている感覚。


(ああ、またアレック?)


 そうするとこの腕の持ち主は誰なのだろうか、と不思議に思って目を開いた。竜騎士の誰かが来てくれたのだろうか。


「……ゴトフリー……?」


 アリスの体を軽々と片腕だけで支えて、左手には手綱をしっかりと持っている、蜂蜜色の髪をした竜騎士だ。


「アリス、幽霊を見たみたいな顔しないでよ」


 からかうように紺色の目を細めているのは、治療院のベッドに寝ているはずのゴトフリーだった。信じられないと目を瞬いているアリスをぎゅっと抱き寄せると、頬に軽くキスをした。


「……アレックから聞いてはいたけど、どうして、こんな格好して森に居るの? ……あ、いや、ごめん。アリスはどんな格好をしても可愛いから変な意味に取らないで」


 慌てて自分の言葉を説明するその様子が、まるで夢のようで。


 そうじゃないって確かめたくて、アリスはその首にぎゅっと抱きつくと、声をあげてわんわん泣いた。ゴトフリーは嫌な顔ひとつせずに、そんなアリスを鞍に対面で座らせてもう一度ぎゅっと抱きしめた。


 ひとしきり泣いたアリスが顔をあげるまで、彼はちゃんと待ってくれた。


「……ごめんね。すごく心配かけた。エンブリーっていう今年入ってきた新人が居るんだけど、竜から降りて休憩中に魔物が突然出てきたから動転したみたいで、対応を間違ったんだ。でも、そいつが責任感じたみたいで薬の原料を駆けずり回って集めてくれたんだ。だから、こうやって目覚める事が出来たんだよ」


 ゴトフリーに庇ってもらった例の後輩が手を尽くして薬の原料を手に入れたらしい。もちろん竜に騎乗出来る優秀な竜騎士だから、アリスが森で採取するより効率良く見つけてくれたのだろう。


「……間違っていたらごめん。もしかしてアリスも、俺を目覚めさせる薬の原料を集めてくれていた?」


 躊躇いながらこくんと頷いたアリスの髪を撫でると、ゴトフリーは言った。


「もうこんな事したらダメだよ。アレックと俺は心が繋がっているから、この前の事も聞いている。映像を見て肝が冷えた。もう絶対しないで欲しい」


 彼のために、と思ってしていたことだけれど、裏返してしまえば、自分がそうしたいから、していたということに気がつく。


「……でも、どうしても早く、ゴトフリーと話したくて。あなたのためにすこしでも何かしたかったの」


 ぽろりとまたこぼれた涙をゴトフリーは唇で吸ってくれた。


「……眠っていた時、アリスの声が聞こえていたんだ……早く返事したかったよ。君が待っているとそう思うと限りなく続く暗闇の中でも、何も怖くなかったんだ。俺が帰る場所は絶対あると信じていた……愛してるよ。アリス」


 そう言うとゴトフリーは優しく唇にキスをしてくれた。アリスはその顔を見上げて、何も言葉を発することが出来なかった。じっとその目は愛しそうに自分を見てくれているのに。


「……ん。じゃあ、そろそろ帰ろうか。落ちかけたし、怖かったよな。下にも荷物を取りに行く?」


 ゴトフリーはさっき落ちかけた崖の上に視線を移して、アリスの向きを変えるために抱き上げようと大きな手を、腰に当てようとした。


「ちょ、ちょっと待って、ゴトフリー」


 自分の動きを制止する声に、ゴトフリーは不思議そうな顔でアリスを見た。


(言わなきゃ、今言わなきゃ、どんどん言えなくなっちゃう)


 そう思うのに、そう思うほど言葉が出てこない。どうしても、言葉が出てこなくて、また緊張感が張り詰めて来た。また失敗してしまうかもと思うと、怖くてたまらない。


 大好きな彼に嫌われたら、どうしようと弱い自分が囁くのだ。


「……ん、アリス。なんか言いたいことあるの?」


 真っ赤な顔をしてこくこくと必死に頷くアリスに、ゴトフリーは優しく微笑んだ。


「焦らなくて良いよ。俺はいくらでも待てるし、ゆっくり言って」


 なかなか言葉が出ないアリスに、ゴトフリーは辛抱強く待ってくれる。


 優しく紺色の瞳に見つめられて、勇気の灯が灯る。さっきくれた愛の言葉が、この人はどんな醜態を晒したとしても、きっと私のことを好きだと言ってくれるという確信も、きっと背中を押してくれた。


 しばらく、言わなきゃと言えないが心の中で戦った。こんなチャンスは、きっとなかなかない。話の流れもあるだろうし、彼が「愛している」と言ってくれたから、自分も彼に返したいと思ったのだ。


 その後、空の上でたっぷりとした時間を置いてから、アリスはちいさな声で言った。それはゆるい風の音にもかき消えてしまいそうな、ちいさな声だった。


「……ゴトフリー、すき……」


「……アリス……?」


 その紺色の瞳を見てはっきりと言った。


「あのね、私……ゴトフリーのこと、すきなの」


 ちゃんと彼の目を見て言いたかったのに、涙がまた流れてしまった。でも、やっと彼に自分の気持ちが伝わったのを感じて、すごく嬉しくて、人生初めて好きな人に面と向かって好意がちゃんと伝わったことも、なんだか感動もしてしまって、嬉し涙が次から次に流れてしまった。


 ゴトフリーはそんなアリスを愛しそうに見て、ゆっくりとした動作で抱きしめた。


「めちゃくちゃ嬉しい。直接、そう言って貰えるのはもっと時間かかるかなって、正直思ってたんだ。これから何よりも大事にするよ。アリス」


 アレックの嬉しそうなキュルキュルとした可愛い声が、夕暮れになってきた空に響いた。


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