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13/35

13 大丈夫だよ

「あれー、アリスくん。まだ着替えしてないの? それに昨日は大丈夫だったの」


 朝、室長室に来ると、サハラ室長は私服のままのアリスを見て、驚いた顔をした。その緊張感のない様子はいつも数字を追って疲弊している部下に必要以上の威圧感を与えないように、彼なりに計算しているのだ。でなければ、国中の頭脳が優秀な人間を集めている文官の中で、抜きん出て役職付きになどなれない。


 アリスは、自分の上司であるサハラ室長は嫌いではない。むしろ好きな方だ。与えられた仕事さえ、きちんと期日までに仕上げていれば、少々遊んでいても何も言わないし、愛妻家でもある彼はやたらと女性には甘い。そして、事あるごとに声をかけて部下の状態も把握している。この人の元で働けて幸運だとも思っている。


(……まあ、噂好きなのは、元からの性格だと思うけど)


「あの、室長。突然のことで申し訳ないんですけど、数日お休みを頂きたくて……後、その、これは個人的なお願いなんですけど、城の図書館にある重要書籍を見る許可も頂きたいんです」


 アリスの言葉を聞いてサハラ室長はズレていた眼鏡を直した。ふむ、と首を傾げると、机の引き出しからある書類を一枚出して署名した。


「別に良いよー、配属されてから今までほとんど長期休みも取ったことないでしょ。アリスくん代休も溜まってるからね、遠慮なく使ったら良いと思う。ま、何するかは知らないけど、なんか困ったことがあったら言ってきてよ」


 先ほど署名した書類を差し出したサハラ室長は、慌ててそれを受け取ったアリスに笑いかけた。


「室長、ありがとうございます」


「大事な彼が大変な時に仕事していても、身が入らないからね。また出勤する日の目処がついたら連絡だけするようにねー」


 アリスの求めていた物を二つとも何も聞かずに与えてくれた彼は、部下の恋愛事を面白がってからかう時があったとしても、やっぱり、仕事の出来る素敵な上司なのだ。



◇◆◇



 目的としていた本は、重要書籍の部屋の、片隅に埃を被っていた。


(……あった。エクシェル……って西方の洞窟深部に生息する魔物なの? 竜騎士って洞窟の中にも魔物退治に行くんだ……)


 その本は古語で書かれてはいるが、アリスは高等学院で古語の授業も受けていた。卒業して就職してから、無意味になったと思っていた知識がこんなところで役に立つなんて思いもしなかった。


 そのエクシェルの項を読み進めていくと、危機に陥った時に噴霧する睡眠毒のことも書かれていた。その解毒剤のことについても。


(十数種の原料が要る以外には、特別な器具や特殊な加工魔法も要らなさそう……これなら原料さえ集めてしまえば何とかなるわ)


 アリスは原料の種類や配分などを書写し、ほっと息をついた。目的の情報を夢中になって探している内に、もう夕方になっていた。


 もちろんアリスは自分がプロの調合師に敵うような薬が出来るなんて思ってはいない。でも、ただ待っているより、眠っているゴトフリーのために何かしていた方は気持ちが楽だった。


「……アリス? あなたお休みじゃなかったの?」


 帰るために城の出口で偽造防止の魔法のかけられた身分証を提示していると定時に仕事を終えたのだろう、リリアが駆け寄って来た。そういえば昼ご飯は彼女と食べているから、きっといつものように計数室まで迎えに来てくれたのだと思う。ゴトフリーのことで頭がいっぱいになってしまって連絡出来ていなかった。


「ごめん、あのね、リリア。私、これから数日休むんだ。今日は図書館に居たの」


 横からアリスの顔を覗き込んだリリアは、ふふっと笑って鞄からハンカチを取り出すと鼻の上を拭いてくれる。


「もう、鼻汚れてるわよ。どこの煙突に入り込んでたの」


 どうやら埃にまみれた古い本達をひっくり返している内に汚れがついてしまったらしい。今までそんな顔で城の中を歩いていたのかと思うと、顔が赤くなってしまう。


「ありがとう。リリア」


「どういたしまして……あの、何があったか、聞いた方が良い? 聞かない方が良い?」


 リリアはいつもアリスの意向を聞いてから、必要なことを言ってくれる。感情に囚われず、冷静に状況分析が出来る彼女の示してくれる道はきっと最善だ。


 でも、自分のやっていることはきっと最善ではない。アリスだって、調合師が薬を作ってくれるのを大人しく待つのが最善であることは良くわかっていた。けれど、何もしないままに待てなかった。


 アリスはリリアに首を振ると、笑顔で言った。


「あのね、今頑張ってるから、また全部終わったら、話を聞いて欲しいの。それで、頑張ったねって言ってくれると嬉しい」


 それを聞いたリリアは、アリスと連れ立って外へと向かう道を歩き出した。


「そっか、わかったよ。いつも、応援してるからね」


 リリアはそう言って背中を押してくれた。


「……あのね、でも、無駄になるかもしれないけど」


 優しい言葉に思わず弱音を吐いてしまったアリスに向かってリリアは言ってくれた。


「……アリスが頑張ろうって思って、何かをするなら、もし失敗したとしても絶対に無駄にならないよ。だから、大丈夫だよ」



◇◆◇



 アリスは次の日、手に入りやすい材料を求めて市場へと向かった。首尾よくかなりの数の原料を手に入れることが出来たが、珍しい原料は、入荷数がそもそも少ないし、店に並んでいたとしても、すぐに売れてしまう。


「うーん、そうだね、これと、これだと、近くの森に自分で取りに行った方が早いかもしれないね。薬草が生えているところを示した地図があるけど買うかい?」


 薬屋のおじさんはアリスが手渡した薬の原料となるものが順に書かれた紙を見ながら、親切にそう教えてくれた。それは彼にとっては儲けにもならないけれど、若い女の子が懸命に薬草を探しにきているから、何か事情があると察したのだろう。


「はい。ありがとうございます」


 それを購入してから家へと急ぎ帰り、動きやすい服へと着替えて森の寸前まで向かう方向へ行く辻馬車を捕まえる。


 ヴェリエフェンディの王都周辺は、とても力の強い守護竜が居るから魔物はほぼ出ない。けれど、たまに群れからはぐれた個体が方向を誤って紛れ込んでしまうことがあった。


「嘘でしょ……」


 アリスが森へと薬草を採取するために向かうと、幾分も歩かない内に明らかに魔物だと思われる動物に遭遇したのだ。その魔物にとっては忌々しい守護竜の加護があるから、早くここから離れたいのに、離れられない。そう言わんばかりに気も立っていたし、運が悪すぎた。


(……出来るだけ離れて……走り出せば……そう、この魔物だって、気が立っているだけで、別に私のことを食べようとか、襲おうとか、そんなつもりじゃ無いかもしれないし)


 そう思うのに、ぜんぜん足が縫い止められたように、動かない。


 何ともいえない醜悪な獣だった。明らかに魔物だとわかる程度には。じっとアリスを見つめ、その喉笛を掻き切るタイミングを計っているかのようだ。


 こくん、と喉が鳴る。その瞬間、飛び掛かられた! とそう思った。


 目を閉じ、腕を出して思わず頭を庇ったけれどいつになっても、その鋭い歯は飛んで来ない。


(……何?)


 そっと目を開けると、バラバラになっている魔物の破片が散らばっていた。アリスがそれを見てぺたんと地面に座り込むと背後からキュルキュルという可愛らしい鳴き声がする。


「アレック……?なんでここに」


 振り向くとその緑竜はキュルキュルと甘えた声で鳴きながら、驚きに固まってしまったアリスに近づいてきた。慰めるように顔を傾けて頬擦りしてくれる。その優しそうな大きな黒い瞳を見てほっとしたアリスは泣いてしまった。


 この竜はゴトフリーの相棒だから、自分を守ってくれたのはわかっていた。今は眠ってしまっている彼がアレックを通して守ってくれたのだ。


 そう思うと涙が止まらなくて、素直になれないまま話せなくなってしまった今がすごく辛かった。


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