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11 緊急連絡先

 喉がひりついて、外気の冷たさが痛い。お腹も痛くなってきたし、いきなりの急激な運動に慣れない足がもつれる。


 でも早く、早く一刻も早く辿り着きたかった。彼の元へと続く道筋は遠いようで、向かう先に目的地は見えている。


 どんなに体が悲鳴をあげようが無視して、その白い建物を目指して、さっき城を飛び出してからずっと走り続けていた。



◇◆◇



「あれ、アリスちゃん。おはよ。仕事に来てたんだ。大変だったよね。ゴトフリーはどんな様子?」


 嵐のような年度末も終わり、やっとのことで戻ってきた平穏な時間の中、エディが書類を出しにアリスの元を訪れた。その彼が発した言葉を理解出来なくて、アリスの頭は真っ白になった。


「え……あの、ゴトフリーが、どうしたの?」


 嫌な予感がして震える声を返したアリスにエディは口を押さえると、焦った顔をした。


「……あれ? アリスちゃん、ゴトフリーの緊急連絡先に登録されているよね? 知らせが行ってない?」


 命がかかった戦いの中に身を置く騎士が緊急連絡先に登録するということは、配偶者か、恋人の特権だ。その騎士に何かあった時に一番に連絡が行くようにと作られた制度でもある。


 目の前の青くなった顔に首を振ってから、アリスは言った。


「あのっ……私達、その付き合ってなくて……」


 その言葉を聞いて、エディはあーっと息をつくと言いにくそうに言葉を重ねた。


「そうか、ごめん。俺、また余計なこと言ってしまった。ゴトフリー、新人が無茶したのを庇って、大型の魔物の睡眠毒を吸い込んじゃってね……その、三日前からずっと眠っているんだ」


 その言葉を聞いてから、すぐに立ち上がると、今ゴトフリーがどこに居るのかを詳しく聞くためにエディに詰め寄ってから、室長に早退の許可を得て、更衣室で何とか私服に着替えると、アリスは彼の居るという治療院へと向けて走り出したのだ。


 自分に出せる限りの速度で走っているアリスにはもう、その辺の記憶が曖昧だった。


(室長になんて言って早退したんだっけ。ううん、もう良いや、そんなことは)


 アリスがその治療院へと辿り着き、受付で彼の名前を伝え病室の番号を尋ねると、身分証明のため、身内に届くはずの危急の連絡状の提出を求められた。


「あの、届いてないんですかね……失礼ですが、マーシュさんとどういったご関係ですか?」


 受付に居る女性にそう訝しげに尋ねられて、荒い息をつきながらも、何も言う事が出来なかった。どんな関係。友達でも、恋人でも、何でもない。なんなのだろうか。その関係に名前をつける勇気を持てなかったのはアリスだ。でも彼はずっと、それを求めてくれていたではないか。


 アリスはその言葉に何も言えずに、よろよろと待合室にある椅子へと座り込むと、人目も気にせずに泣いてしまった。


 しばらくしてから隣に誰かが座ったのを感じて、そっとアリスは視線を上げて驚いた。ブレンダン・ガーディナーが綺麗な白いハンカチを差し出してくれていたからだ。


「やっ……もう、放っておいて」


 会えないからといって、眠っているという彼の、どうしてもすこしでも近くに居たくて、この場所から離れる勇気も出せない。こんな自分が情けなくて、バカみたいで、すごくみじめだった。


「泣いている女の子を一人で放っておくような教育は受けてないんだ……ゆっくりで良いから、何があったか話してみて」


 泣きながらひどい拒絶の言葉を投げかけたにも関わらず、ブレンダンは優しく語りかけてくれた。


 きっとこういう人なら、こういう女性の機微に長けた人なら、大事な時に心にもないことを言ってしまうアリスのような子の気持ちも先回りして、言いたいことを先に察してくれるだろう。


 でもそれじゃ駄目なのだ。アリスが好きなのは優しいくせに見当違いなこともする、どこか不器用なゴトフリーだ。


 素直になれないアリスの心の中の葛藤なんて、きっと何も分かっていないし、気がついてもいないだろう。


 でも、あの人だけが好きなのだ。


 何回も何回も彼が言ってくれた「付き合って欲しい」という言葉のどれかに肯定の言葉を返していれば、今、会うことも出来たのに。


 意地を張って素直になれなくて、いつも自分のちいさなプライドを優先した。そんなめんどくさい自分を、彼はいつも何よりも大切に、扱ってくれていたのに。


 そう思うと涙が止められなくて、嗚咽を漏らしながら泣いてしまった。ブレンダンはそんなアリスにもう何も言わずに、ずっと隣にいてくれた。


「おい、ブレンダン。お前、女遊びはもう止めたんじゃなかったか」


 からかうような艶のある低い声がして、ブレンダンは立ち上がって姿勢を正した。


「団長、人聞き悪いこと言わないでくださいよ。そういうのじゃありません」


 泣いていたアリスは、突然現れたその人の姿を見て驚きのあまり涙を止めてしまった。


 ブレンダンに団長と呼ばれたその人は目が覚めるような美青年だったからだ。短い銀髪に珍しい紫の目を持ち、よく見る竜騎士の黒い騎士服より、意匠が豪華なものを身につけている。今はその役職にある彼にだけしか着れないものだ。


 そのめざましい戦功や伝説のように語られる武勲で名前だけは良く聞くけれど、アリスはゴトフリーの上司にあたる人をその時、初めて見た。


「なんだ、違うのか……ブレンダン、じゃあその子は?」


「ゴトフリーの、例の子です」


 含みのある言い方をするブレンダンに、面白くなさそうにチッと舌を鳴らした。


「どいつもこいつも、上司の俺を差し置いて色気づきやがって」


「団長がその気になったら、この国中の女性を一人占め出来るので勘弁してくださいよ」


 ブレンダンは冗談めかしてそう言ったが、本当にその言葉も叶えられそうなほどの容貌だった。うるさげに片手を振ると、団長と呼ばれた人は、こちらにゆっくりと近づいてきた。


「数なんか要らないんだよ、本当に欲しいと思える一人が振り向いてくれたら俺はそれで良い」


 そうして呆然と座ったままだったアリスの前に跪き、ふっと笑いながら聞いてくれた。


「それでゴトフリーの意中の人は、なんでこんな待合室で泣いてるんだ?」


 きらめく宝石を嵌め込んだような紫の瞳は、優しくて、魔法をかけられたように、アリスはぽつりと声を出した。


「……彼の病室に、入れなくて」


 団長は信じられないことを聞いたと言わんばかりに、その形の良い片眉を上げて息を吐いた。


「あいつ、恋人が出来たのに緊急連絡先に登録してないのか。前々からバカだなとは思ってはいたけど、本当のバカだろ」


 あきれたようにブレンダンを見た団長の誤解をときたくて、アリスは慌てて言った。


「そのっ、私達、付き合ってないんです」


 泣き顔で発せられたその言葉に、虚をつかれたようにぽかんとすると、彼は口元を押さえ、ふっと笑った。


「あー、なるほどなるほど、そうかそうか。友達以上恋人未満的なやつか。やばい、俺も歳とったわ。今その言葉を言って自分でめちゃくちゃ恥ずかしくなってる」


「なんとかならないんですか、団長」


 ブレンダンの言葉に、ふむと考えるように頷くと、自分を切実な目で見つめているアリスをちらっと見た。


「そうだな、とりあえず俺が城に帰ってから彼女を緊急連絡先にする書類に判押しておけば、通達されて手続きの済んだ明日からなら入ることも出来るだろうけど……今すぐに会いたいよなぁ?」


「お願いしますっ……」


 アリスはまた涙が出てくるのを感じた。もしかしたら、ゴトフリーに会えるかもしれない。


 その様子を見てから、はーと息をつき、がしがしと頭の後ろをかくと、傍で立ったまま、姿勢を崩さないブレンダンに言った。


「この俺も女の涙には弱いわ。ブレンダン、俺は誰だ?」


「はい。ヴェリエフェンディ竜騎士団の団長キース・スピアリット閣下です」


「そうだ、そして竜騎士ゴトフリー・マーシュの上司でもある。あいつの見舞いに行くのはなんの不思議もない。その俺に可愛い連れが居ても全然構わないよな?」


「もちろんです。団長」


「という訳だ。着いておいで、ゴトフリーの、あーなんて呼べば良いんだ? あいつがどんな手でも使って、さっさと物にしとけばこんなところで女の子が泣かなくてよかったのにな。不甲斐ない部下を持つと上司の俺が苦労するわ」


 ブレンダンはキースのその言葉にふっと笑うと、アリスの方を見て片目を瞑った。


「アリスさんですよ」


「そうか、もう泣かなくて良い、アリス。俺の後に付いておいで」


 彼は跪いたまま手を差し出すと、その紫色の目を細めた。その優しい眼差しに何度も頷いてアリスはさっきまでとはまた違う涙を流した。


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