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騒乱の始まり

 昼食を終えた後、俺は秋月の言葉を聞き流しながら空を見ていた。湿気の漂う透き通る青空は、まだ秋の空には早い。

「ねえ、ねえってば!」

 袖を引っ張る秋月の言葉に我を取り戻した。

「えっ、なに?」

「ちょっと、聞いてなかったの?」

「ああ、ごめん」

 ホントに……、と秋月は整えられた綺麗な眉を曲げる。「そこのレストランはウェイトレスも募集しているんでしょう?」

 ウェイターのリーダーである室戸さんの言葉を思い出す。

 ああ、確かに人手が足りないって言ってたな。だがウェイトレスの募集をしている、と言って秋月が募集してくる可能性もある。どう答えようか……。

 そう考えていると、秋月がスマホで何かを検索していた。

「募集しているみたいね」

 行動が早い!

「決まりね」

 何が?


 その翌週の日曜日、午後のアイドルタイムに秋月が面接に来た。

 面接に当たった店長のテンションが平生とは異なっていた。笑顔に媚が滲んでいる。俺の時は舌打ちすらしていたのに……。

 秋月は口元を手で隠しながら穏やかな面接を進めている。

 彼女の裏の顔を少し知っている俺は、腰に手を当てて溜息をついた。

「可愛い子が来たな」グリル担当の小林さんが隣で呟く。「店の看板娘になるかもしれん」

 普段冷静な小林さんのテンションも高く、俺の隣から熱気を感じれるほどだ。……あんたもか。

 書類に目を落とした店長の隙をついて秋月がキッチンに目を遣り、俺に手を振ってきた。

 見つかって面接落ちてしまえ、と思ったが、店長は気付かない。

 それを見た隣の小林さんが一気に冷めたようで、ポジションであるグリルの掃除に入っていった。

 貧しいながらも、地道に培ってきた快適な俺の空間が壊される……。

 悪寒に近い戸惑いを覚えている背後に、気配を消して見ているサラダ担当の直さんがいることに気付いた。

「直さん!」背後を振り返ると、直さんが目の前にいる。近い!

「綺麗な子ね。お友達?」

 マズい。秋月のことだから、採用されて自ら広めに行くパターンが目に浮かぶ。

 ここは何て答えるのが正解なのだろうか……。

「ねえ、それとも彼女さん?」

 顔がさらに近づいてくる。直さんの体温が伝わってくるほどに。答えないと二秒後にはキスされかねないほどの勢い迫っている。

 俺は小さく頷いた。

「……彼女さん?」

 直さんの前進が止まる。俺は再び小さく頷く。

「そう……」

 表情が固まった直さんは、その場で後ろを向き、走って後ろの出口に向かった。

「ちょっと、直さん!」

「直さん、お疲れ~」小林さんがいつもの調子で口にする。

「ちょっと、小林さん! なんでそんなに悠長なんですか!」

 小林さんは不思議な物を見るような目で俺を見る。

「なんでって、直さん、もう時間だろ」

 時計を確認すると十六時を回っていた。直さんは朝から働いているので、もう退勤の時間だ。

 そして再び直さんの消えた戸口に目を遣ると、扉の隙間から直さんが俺を見ている。少しだけ扉が開いた。

「女の子が駆け出したら追いかけなさいよ!」

 そう叫んで、扉を閉めてしまった。

 なにそのお約束。流行ってんの?

 追いかけても何も話すことがないので追いかけずに、そのまま視線を面接を受けている秋月に向けると、面接を終えたようで、店長とお互いお辞儀をして黒く長い髪を振り扉から出ていった。

 ああ、一息つけるバイト先が混沌としてくる……。

 嫌な予感に苛まれながら、ディナーの準備に入ることになった。

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