34.アタルさんのお料理教室からのお料理見学
「ただいま戻りました!」
宿に帰った俺はとても上機嫌だ。この世界だと常に上機嫌な気がする。どんよりした気分でいるよりは、全然いいだろう。
今日はキスがいっぱい釣れた。それはもう……いっぱいだ。余裕で10匹なんて超えている。10匹以上はいっぱいなのだ。
「おかえり、今日は新しい魚持ってきたな。釣ったのか?」
「そうなんです、これからはシロギスが旬になりそうです」
結局、魚の名前は『シロギス』ということにしておいた。キスって名前は俺でも抵抗がある。
「それで、カイリさんに調理してもらいたいのですが、揚げ物なので俺が説明しますね。ちょっと待っていてください。あ、スピナさんは晩御飯まで自由行動でいいですよ」
そう言って俺は小走りで階段を駆け上がった。すでに一か月以上もこの宿で過ごしている、階段なんて暗くても踏み外したりしないんだ。自信がある!
自室に駆け込み、大豆とサーフの砂を取り出す。
まずは砂をクラフトして瓶を作る、ちょっと大きめがいいだろう。1リットルくらい入るやつがいいな。
続いて大豆を使い油をクラフト。よしよし、ちゃんと大豆からも油が作れた。
油が入った瓶を手に、厨房へ向かう。
「カイリさん、お待たせしました! しばらくこのシロギスがたくさん釣れると思うので、調理方法を覚えて俺に食べさせてください。なんならメニューに加えてもらっても大丈夫です!」
昔から釣ってきた魚は、捌かないと妻は料理をしてくれなかった。
キスなんかは一日釣り続けると百匹超えるなんて普通にあるから、それを捌くとキッチンがキスの頭と鱗だらけになる、それが嫌らしい。大きな魚も頭をおろすのに力がいるから、三枚におろすまでは妻はノータッチだった。ただ、俺は三枚におろすのがすごく下手だった。今まで何百、何千匹と捌いたと思うがあまり上達しなかった。職人ってすごいなと思う。
「おう、よろしく……」
どうもカイリさんは乗り気じゃない。キスはめちゃくちゃうまいんだぞ! いいや、どんどん進めちゃおう。いっぱい釣れたから、ゆっくりしてたらカイリさんのお仕事の邪魔になってします。
「まずは鱗をナイフで削ぎ落します。カイリさん、いっぱいいるから手伝ってください。こうやってしっぽの方からシャッシャッてですよ」
「お、おう……」
二人で鱗落しを行ったが、カイリさんの手際がいい。なんかめっちゃ早いぞ? スキルでも持ってるのか?
「次に頭をおろし、内臓を取ります。エラのところから頭に向かって斜めに刃を両側から入れ、切れたらそのまま頭を引っ張ると内臓が出てきます」
あれ?おかしいぞ、内臓が出てこない。切れ目入れすぎたか?
「……」
カイリさんは上手に頭をおろし、内臓を取り出している。よし、これは任せた方が良さそうだ!
「さすがカイリさんですね! 俺の出番はなさそうです! 次は背開きです。一匹やってみるので後はお手本願いします」
なんか変な言葉になってしまったが、一回やっちゃえばカイリさんの方がお手本になってしまうのだ。こういう言い方になっても仕方がない。
俺は背中から刃を入れて背びれの方まで切れ込みを入れて開き、中骨を削ぎ落した。
「こんな感じです。お願いします! 骨は取っておいてください!」
「……なんかだんだん口しか動かなくなってきたな」
しょうがないじゃん、センスないんだから。出来る人にやってもらうのが一番確実なんだよ。
それにしてもさすが料理人、手際がいい。あっと言う間に背開きが終わった。
絶対スキル持ってるな! Cランクの解体職だったのかもしれない。
「あとは水気を切って、油で揚げます。カイリさんにはこれをプレゼントします! シロギスを揚げるときに使ってください!」
ジャーン! と言った感じで油を入った瓶を手渡した。
「ただ、この油ちょっと割高になりそうなので、フライパンに薄く油をひいて、焼くように揚げてもらえますか?」
これくらいですね! とフライパンに油をひいて、カイリさんにバトンタッチする。
「別にいいんだけどよ、この油はなんの油なんだ?」
あ、割高って聞いて気になっちゃいました? 教えても真似できなさそうだし正直に教えてあげよう。
「大豆です」
「はっ?」
「だから大豆ですよ。味噌用に朝市で探していたら、運よく見つかったんです。大豆から油がとれるの思い出したんで作りました」
「そ、そうか、味噌のマメから油か……油ね……」
なんか納得できないような感じだけど、嘘は言ってない。
カイリさんはジュージューとシロギスを上げてくれた。
「カイリさん味見しましょう! 夜まで待ってられません」
そういって、揚げたてのシロギスに塩を振りかけて食べた。
あぁぁ、やっぱりキスはうまい! ヤバいくらいうまい! なんで塩だけでこんなにうまくなるのか理解できない。
「すっごくおいしいですよ! カイリさんも食べてみてください。この魚は塩を付けて食べるだけで完璧な旨さです。あと、中骨も揚げれば食べれます。同じく塩を振って食べれば酒のつまみになります。ちょっとシロギスが大きいので、もし骨が固かったら、揚げた中骨が冷めたらもう一回揚げてみてください」
「冷めたらもう一回上げ直すなんて、意味わかんねーよ!」
ぶつくさと文句を言いつつカイリさんはキスを食べ……カッ! と目を広げた。
「これを売ってもいいのか?」
お気に召したようだ。
「いいですよ、ただ油の問題があります。銅貨3枚分の大豆でこの量の油が取れます。大豆についてはハスンの村に行けば追加で買えると聞いています。シロギスは海が濁ってなければたくさん釣れると思いますよ」
「わかった、値段はコチラで考える。儲けの一部をアタルに支払うといいか?」
「おっけー牧場でーす!」
「いいのか悪いのかどっちだよ!」
食堂に新メニューが加わった。今まで食べられてなかった魚に、新しい油。
新事業のにおいがするな……