1.運転中に車が無くなると体育座りになるんだね
初投稿です。
よろしくお願いします。
「いったいどうなってんだ?」
俺は今、轟々と流れ落ちる滝を体育座りで眺めている。
「そもそもこれは滝なのか?」
流れ落ちている水は確認できるが、近づけないため滝かどうかはわからない。
ちなみに後ろは暗闇だ。
「滝の裏の洞窟か? それよりも……」
ゆっくりと腰を浮かし、慎重にケツを撫でる。
「大丈夫だ、削れていない……」
俺はさっきまで車を運転していたのだ。
なのに、気が付いたら体育座りでわけがわからない場所にいる。普通に考えてオカシイ。時速60㎞で運転していた状態で急停止したら、ケツはやられ、目の前の滝に激突するはずだ。
目の前の滝が、滝つぼまでどれくらいの高さがあるかわからないが、この水量じゃ高低差関係なく浮き上がることができずにお陀仏していただろう。
「よくわからないけど、慣性は働かなかったようだな。命拾いした」
身体に異常がなかったのに一安心するも、またあらたな問題に気が付く。
「これからどうしたものか……」
とりあえず立ち上がろうと地面に手をつくと、細い物が手に触れた。
「お、釣竿があるじゃん!」
俺の周辺にはジギングロッドとアジングロッド、各ロッドに付けていたリール。そしてタックルボックスが転がっていた。
「そういや釣りに向かっているところだったな。釣り具は一通りあるけど、クーラーボックスがない! っていうか、車が無い! 滝つぼに落ちたんか?」
確認しようにも、あの水量の滝に頭を突き出す勇気はない。
「車が無いと家に帰るの辛いなぁ」
今日は久々の釣りに行く予定だった。
かれこれ年単位で釣りには行ってない。数年前、身体をこわしてから釣りどころじゃなくなった。ようやく余裕ができ、妻に釣りにでも行ってきたらと勧められたのだ。気合を入れて日の出前に出発し、海へ向かっていたのにこんな状況に陥った。
俺が住んでいるのは内陸、一番近い海は隣県の海になる。
朝マズメを狙うには早起きが必須。
早朝に出発し、周りが明るくなってきた県境でおかしなことになった。
「んー、山形と新潟の県境辺りだと思うんだけど、国道沿いに滝なんて今まで聞いたことも見たこともない。ってことは観光名所ではないよなぁ。待ってても人が来る可能性は低いし、地元の人を探して車で送ってもうか」
タックルボックスの中には、夜釣り用のヘッドライトがある。ずっと使ってなかったから電池が心配だったが灯りはついたので、それを首にぶら下げ滝と反対の暗闇に向かって歩いた。
「ずいぶんと長い洞窟だな」
暗闇に向かって歩くこと数十分。
楽しくない時間は長く感じる、もしかしたらまだ数分しか経ってないかもしれない。スマホを無くしたから時間がわからない。そしてタックルボックスが重い。苦痛だが、釣り具を置いていくわけにはいかない。釣り具は俺の小遣いの結晶、財産だ。
とりあえずわかったことは、洞窟らしい。そして手が加えられている可能性が有る。なぜそう思うかって? なんかきれいなんだよね。地面は平らで凸凹していないし、蜘蛛の巣もないし、虫もいない。あきらかに手が加えられている。
「真っ暗な中を一人で歩くのはさすがに心細いな。ライトの電池も心もとないし……」
遠くに明りでも見えれば気分も上がるだろうが、先には明りが見えない。後ろの滝も見えなくなった。乾電池は100均で買った奴だ、いつ切れてもおかしくない。ライトが付いているうちに、替えの電池があるか確認するべきか?
「そういえばグローのワームがあったな。一応蓄光させておこう。気持ちの問題だけど……」
タックルボックスを開き、アジングワームの中からグロー系ワームの袋を取り出す。
「これでライトが切れても真っ暗にならない。グロー程度の明りじゃ前は見えないけどね!」
要は気持ち! 気持ちの問題なのだ! 真っ暗はさすがに耐えられない!
ちなみに替えの乾電池はなかった。
「電池が切れる前に出口が見つかればいいけど、行き止まりだけは勘弁して!」
心細いせいか独り言にも力が入る。あぁ、怖~!
『何独り言をブツブツ言ってるニャ?』
「え?なんか声が聞こえる! 滝の音?」
『あ~、人間には暗すぎるニャ、それにそのライトまぶしすぎニャ! ライト!』
いきなり目の前が明るくなり、現れた猫。
いや、これは猫なのか? 猫にしては大きい、大型犬、いや虎くらいの大きさがある。
「喰われる!」
後ろへ数歩下がり、慌てて2ピースのジギングロッドを繋ぎ、虎に向かって突き出す。
目はそらさない、こういう時は目をそらさずに後ずさるのがいいってテレビで言ってた気がする。熊の対処法だった気もするが、猛獣ならどれも一緒だろう!
『なにやってるニャ? オイラのこと忘れちゃったのかニャ?』
なんだか悲しんでるように見えるが……こんなにでかい虎は知らない。
「でかい虎は知らん!」
『名前は憶えてるのに知らないなんて、なにわからないこと言ってるニャ』
目の前の虎はなにか戸惑っている。
なんだか知らないがちょこんと座り、悲しそうにこちらを見ている。襲ってくるつもりはなさそうだ。
「いや、ほんとに心当たりがないんだ」
『そういや、こっちの世界にきて少し大きくなったかもしれないニャ。トシオには何も言われなかったから気にしてなかったニャ』
虎が襲ってこなくて少し余裕がでてきた。
そして気が付く、この虎しゃべってるじゃん! 虎なのに語尾にニャってお前は猫か!
猫で虎でトシオか……なんとなく心当たりがある。
「ちょっと心当たりがある……トシオってじいちゃんか?」
『主の祖父で間違いないニャ。こっちの世界ではトシオと一緒に暮らしてたニャ』
ということは、あれか?
「ひょっとして、お前トラか?」
『ようやく思い出したニャ。やれやれだぜ!』
「なんでそこだけニャじゃない!?」
『主ってちょっとめんどくさい奴だったんだニャ』
そういいながら、トラは毛づくろいを始めた。
第1話を最後までお読みいただきありがとうございます。
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