しんでもいやなのです。
「生者への干渉はご法度です。くれぐれも気をつけてくださいね」
と、カササギタクシー乗り場の職員のお姉さんが真面目なお顔でおっしゃいました。
「あの、どういうことをすると干渉になるのですか? 話すのもダメですか?」
「そうですね、内容にもよりますが、話すくらいならばグレーでしょうか。そもそも死者と話せる生者はなかなかいないとは思いますが」
実はいるんです。姿が見えて、話せる最愛の人が。
私はドキドキしながらお姉さんの次の言葉を待っていました。
「友好的に短時間だけ話す分にはそれほど影響はありません。具体的に禁止している干渉とは、生者を脅かしたり、物を動かしたり、生者に乗り移ったりのことを言います。生前親しかった方を見ると、存在を示したくなると思いますが、どうか見守るだけに留めてください」
はぁ……どれもここに来るまでにやっちゃった感のある事ばかりのようです。
「違反すると相応のペナルティを受けます。双方に」
「そうほう……に」
「ええ。生者は生命エネルギーが削られ、寿命が減ります。死者は魂エネルギーが削られ、霊体が保てなくなります。転生の順番待ちの間に霊体が保てなくなると転生できなくなるので気をつけてください。特に美幸さんは転生を希望していると聞いています」
と、お姉さんは閻魔帳を手の中で弄びながらおっしゃいました。ちょっと迫力があります。こういうお姉さんには逆らってはいけないやつですね。
はい、気をつけます。
良い子のお返事をすると、お姉さんはにっこり微笑んで頷きました。
「では、お気をつけて。ボンヴォヤージュ」
なぜか、どこかの国の言葉で見送られ、カササギタクシーさんに乗り込みました。
これから年に一度の里帰り。お盆休みです。
周りを見ればきゅうりの馬に乗っている人もいます。楽しそうですね。
カササギさんのタクシーは安心、安全、快適です。私は生前、車の免許が取れる年齢ではなかったので、お父さん、お母さんがきゅうりのお馬さんを送ってくれたのですが乗るのを止めにしました。でもこうやって見てみると、楽しそうなんですよね。帰りは乗ってみようかな。
やってきました。帰ってきました。
いつもなら極楽寺病院にまっすぐ行く私ですが、今回は違います。お母さんが私の妹を産んだそうなので、会いに行くことにしました。
陽花と書いて、『はるか』と読むそうです。ぷくぷくとしたほっぺたに、丸々とした手足はとても健康そうでした。
陽花ちゃんは、お昼寝から目覚めて、きょとんと黒目がちのくりくりお目目でこちらを見上げていました。可愛いですね。こんなことならもっと早く里帰りすれば良かったかなと少し思います。
「あー、あー」
はい、そうですよ。陽花ちゃんのお姉ちゃんですよ。
私が健康で、今も生きていたら一緒にお昼寝したでしょうか。一緒に遊べたでしょうか。
陽花ちゃんが起きた気配がしたのか、お母さんが部屋に入ってきました。ふすまは開いていましたから、声が聞こえたのでしょうね。お母さんの声が聞こえた陽花ちゃんは、寝返りをうつと重そうなお尻を上げて、それから横に転がりました。何がしたかったんでしょうか。可愛いですね。
てきぱきとおむつを交換された陽花ちゃんは、お母さんによってお座りの体勢になりました。仏壇の私の写真に手を伸ばして、あー、うーと声をあげます。
「そうね、お姉ちゃんが帰って来ているかもしれないわ、お盆だもの」
お母さんは陽花ちゃんを長女としてでなく、私の妹として育ててくれているのですね。こう期待されては、お盆の短い間ですが、姉としてなにかできないかと張り切ってしまいます。しかし、生者への干渉は禁止されているのでした。残念。
こうして私は、スイカを潰して汁を頂いている陽花ちゃん、大きなタライで水浴びをしている陽花ちゃん、夕方公園に散歩に行く陽花ちゃんをそっと見守るのでした。我が妹はなかなかのお転婆らしく、なかなか公園から帰ろうとしません。お夕飯の準備ができていないお母さんは、陽花ちゃんになんとか帰る気になってもらえないかと、あの手この手で話しかけているのがおかしく、そんな二人を見ている私は幸せでした。
お父さん、お母さんと陽花ちゃんの三人で、私のお墓参りも来てくれました。といっても、私はそこにはいないんですよ。なにやら熱心に墓石に話しかけているお父さん、お母さんの前で変顔を披露しましたが、気付いてもらえず虚しいだけです。陽花ちゃんだけが、妙に視線を合わせて、うーと声を出して笑っていました。
次の日は夏祭りでした。
お母さんは陽花ちゃんを抱っこして、お父さんと出かけて行きました。陽花ちゃんは小さな浴衣を着させてもらってご機嫌です。ピンク色にシャボン玉の柄の浴衣に見覚えがありました。私が陽花ちゃんくらいの頃に着ていた写真を見たことがありましたよ。あれは私のお下がりの浴衣ですね。
お姉ちゃんのお下がりの浴衣ですよー、似合ってて可愛いですよー。
物心ついた頃には、夏祭りなど行ける状態ではありませんでしたから、私は霊体とはいえ、初めて家族四人で出かけた夏祭りです。もの珍しくて、わたあめにベビーカステラ、りんご飴にカラフルなジュースの屋台などを、ひとつひとつ覗いていた時でした。
突然、陽花ちゃんがあーん、あーんと大泣きを始めました。どうしたんでしょう。慌てて家族のもとに戻ると、お母さんは地面に尻餅をついていて、お父さんは若い男の人相手に肩を怒らせて何かを言っていました。
ヒソヒソと周りの声が聞こえてきて、私は状況を知りました。
抱っこをしている陽花ちゃんに、あの若い男の人が持っていたタバコを押し付けて火傷をさせたそうです。文句を言ったお母さんが、うるさいババアと言われて突き飛ばされて尻餅をついて、足首を捻ったようで立ち上がれないみたいです。お父さんがそれに抗議しているようです。
後ろのお兄さんとお姉さんが、警察呼んだ方がいいんじゃない? と囁きあっていました。ええ、ぜひお願いします。
そこのお兄さんもスマホで撮ってる動画はSNSに投稿するのではなく、ぜひ警察に提出してくださいね。変な使い方をしたら、美幸呪っちゃいますよ!
しばらくして警察と救急隊員が、人混みをかき分けてやってきてくれました。後ろの親切なお兄さんとお姉さんありがとうございます。若い男の人とお父さんは事情聴取に警察官についていき、お母さんと陽花ちゃんは救急車に乗りました。ここからならまず確実に極楽寺病院でしょうから、お父さんを置いて行っても構いませんよね。救急車は病院に向けて走り出しました。
『皐月さーーん! 陽花ちゃんを助けてください!!』
極楽寺病院にひと足先に飛び込んだ私は、小児科病棟に医師としてお勤めの皐月さんに飛び付きました。文字通り飛んでいますよ。病棟に今日もいましたね。当直なんでしょうか。
「うわっ、美幸どうした」
まだ小児科病棟には連絡が来ていないようです。私はまくしたてるように、先ほどまでの出来事を話しました。
おっと、確認があとになりましたが、周りには誰もいませんでしたか? 皐月さんはどうしてか、私の声が聞こえ、姿が見えるようですが、他の方にしたら皐月さんが独り言を言ってるようなものです。キョロキョロと辺りを確認していると、気怠げな様子の皐月さんが言いました。
「美幸には悪いが、それは皮膚科と形成外科の仕事だ。その後経過観察の入院を担当医が指示したなら、ウチに来るだろうが」
『そうなんですか』
「ああ、専門医に任せておけ。お母さんは整形外科でX線撮ってみて、骨に異常がなければいいが」
『そうですね。それじゃ私は犯人を呪ってきますね!』
爽やかに言ってみたのに、皐月さんに止められました。なぜ。
「呪うな、祟るな」
皐月さんのけちんぼー。
このあと陽花ちゃんは、火傷の痕が残らないか心配されましたが、綺麗に治りました。お母さんも骨にヒビは入っていませんでした。ひどい捻挫だったので、しばらく歩けず、大変そうでしたが。
犯人さんは、私が祟らなくても司法の力にこってりお灸をすえてもらったようです。むしゃくしゃしても、目の前の弱い立場の人間を傷つけてはいけませんよ。周りまわって、自分の行いに還ってくるのだと閻魔様が言ってましたよ、と教えてあげたいのですが、これもまた干渉になるのでしょうか。
そんなこんなで里帰りが終わりました。帰りはゆっくりと茄子の牛さんに乗って帰りなさいと用意してくれましたが、あんまりにも歩みがゆっくり過ぎて、焦れてきたのでカササギタクシーを呼ぶことにしました。牛さんごめんね。
それから月日はどんどん過ぎました。こちらで地蔵菩薩様のお手伝いをしながら、時々現世に里帰りする日々。両親は歳をとり、陽花ちゃんは大きく育って、先日旦那様とともに新しい家族を抱いて退院しましたよ。皐月さんは産婦人科医ではないので、主治医ではありませんでしたが、産まれた赤ちゃんの検診を担当してくれました。
皐月さんは、ずっと独身を貫いてくれました。なんだか申し訳ない気もします。
「ちょくちょく美幸が戻ってくるんだから、結婚なんかできるか」
と、そうおっしゃるんですよー!
もう、愛ですね!
私はあの世で地蔵菩薩様の仕事を頑張ったので、ご褒美がもらえることになりました。ひとつ、皐月さんがあの世にいらっしゃる時に、カササギタクシーさんではなく虹の綿雲でお迎えに行ってもいいこと。ふたつ、皐月さんの審判が終わったら、幼馴染として生まれ変わらせてもらえることになりました!
ひとつめはともかく、ふたつめは皐月さんが生きている間は内緒なんですけどね。
私は私の仕事を頑張りながら、現世の大切な人たちを見守り続けました。
「圭くーん、おはよー」
カタカタとランドセルの中で筆箱が鳴ります。給食袋がポンポンと横で跳ねています。
「美優、おはよ」
皐月さんだった魂は、生まれ変わって圭くんになりました。転生してもイケメンは相変わらずで、クラスの女の子の人気を集めていて、気が気でありません。
美幸だった魂は生まれ変わって美優となりました。
「パンが付いてるよ」
圭くんがくすくす笑いながら、親指でそっと頬を拭ってくれました。恥ずかしい。
圭くんが差し出した手を握り、一緒に小学校へ向かいます。
「昨日の作文書いた?」
「将来の夢だよね。圭くんは将来何になりたいの?」
「俺は医者かな。お父さんの仕事してる姿がかっこいいから。美優は?」
今世も皐月さんはかっこよくて頭がいいのです。なんだかずるいですよね。
「私はー、アイドルかな」
「え……」
圭くん、その絶句は何ですか。私はなれないって言いたいの?
「ダメだよ、そこは俺のお嫁さんって言ってくれなきゃ」
小さな声で抗議の声をあげながら、真っ赤になって、手を引っ張っていく圭くんが可愛い。きゅんきゅんしすぎて心臓が痛い。
「じゃあ、アイドルやめて、圭くんのお嫁さんになる」
「うん、絶対だよ」
(終)
幽霊美幸のしんでもシリーズはこれにて終わりです。
長々とお付き合いくださりありがとうございました。
またこれほど続くとは思っておらず、短編で始めたので、読みにくい構成になり申し訳ありませんが、シリーズ検索にてお探しくだされば幸いです。