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選択 § 融解


 姫は、まるで悪夢から飛び起きるように、その上体を起こしました。

 息は荒く、全身からは汗が噴き出し、そして、その頬を涙が伝いました。

 そんな姫に、恐ろしいはずの存在は、不思議と優しく響く声で語りかけます。

「その選択が誰のものか、私は知らない。だが、その結果として、今がある」

 姫には、今自分が感じている生々しい汗や涙の感触と同じくらい、先ほど見た光景が本当のことのように思えました。

「だが、あるいは――」

 その言葉の先にあるものに縋るように、姫はその者に顔を向けます。

「今のおまえこそが、本当のおまえが見ている、夢なのかも知れない」

 お城での生活は、とても幸せなもののはずなのに、姫にはその言葉が、嫌とは思えませんでした。

「おまえが強い決意を持って選ぶなら、夢から覚めることができるかも知れない」

 それは姫には、甘い――それこそ、悪魔の誘惑のように――思えました。

「とはいえ――」

 姫はただ固唾をのんで、言葉の続きを待ちました。

「目覚めたとして、その先に待つのは、愛すべき平凡な日常か。それとも、悲しく残酷な現実か。私にも知ることはできない」

 姫は、遅まきながら自分が小さく震えていることに気付き、自分の肩を抱きました。

「一つだけ確かなことは……おまえは選ばなければならない、ということだ」

 姫は、恐怖と、反感を、心に抱きました。それゆえに、その言葉が逃れようのないものなのだという思いも。

「他の誰でもない、おまえ自身の、何を現実とするのか、何を夢とするのか」

 それを語る存在の口元は、姫に対して優しく微笑むようにも、姫を蔑む皮肉げな笑みにも見えました。

 姫はそれを見て、それがどちらであるかを決めるのは、自分の心一つなのだと、知りました。

 同時に、“今”を現実とするにしても、“切り捨てたもの”を現実とするにしても、強い心を持って選択しなければ、待っているのは不幸しかないのだということも。


 そして、姫は――


 ◇―∽―∽―∽―∽―∽―∽―∽―∽―∽―∽―∽―∽―∽―∽―∽―◇


 ――果たして、そこに居た。

 街灯の明かりが浮かび上がらせるシルエット。それが紡ぐ、言葉たち。

「ほんと、子供だったよね。携帯なんて無くたって、あの頃はまだ連絡網とかもあったのに、それを思いつく頭もなくて」

「楽しみだったんだ、すごく」

「きっと私、あなたが好きだった」

「だから、誘われて、本当に嬉しかった」

「だから……ひたすらに悲しくて、あれを、ケンカで終わらせることもできなくて」

「引っ越したんだ、あの後の春休みに」

「あの時のこととは関係なく、家の事情」

「忘れてなんて、なかった。一目ですぐわかった」

「でも、覚えてることをあなたに伝えることは、怖くてできなかった」

「びっくりしたよ。あの頃とは全然変わってるのに、すぐ分かった自分に。そして、その時感じた、自分の気持ちに」

「来なければ良いとも思った。そうすればもう、傷つかずに済むから」

「でも、来てくれたら良いと思った。だって――」

「好きなんだ。今でも」

 ――私は、彼女の言葉を、自分に都合の良いように解釈しているだろうか?

 その言葉たちは、私にとって、断罪で、赦しで、仲直りで、愛の告白だった。

 あの、無垢だった日に、私が心に刻んだ痛みは、失恋の痛みだったのだと、知った。

 だから私は、今、こんなにも――


 ――幼い頃、好きだったはずの絵本の、結末は、どんなだったっけ?


 ふと浮かんだ疑問は、だけど、交差した頬の温度を融点に――それは夢の中に聞いた声だったかのように――次の瞬間にはもう、その形をとどめてはいなかった。


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