魔女 § 悔恨
真っ黒な、つばの広い三角帽子。全身を覆い隠すような、真っ黒なローブ。それは、まさに魔女と呼ぶのにふさわしい格好をしていました。
だけど、帽子の下に見えているはずの顔は、そこだけ霞がかかったように、その輪郭を捉えることはできません。
その魔女が、二人の少女に向かって、幼女とも老婆とも知れない、不思議な声で語りかけます。
「お姫様に憧れるあなたたちを、私の魔法の力なら、本当にお姫様にしてあげることができるよ」
その言葉に、少女たちは手を取り合って、無邪気に喜びました。
「だけど」
そんな少女たちの喜びに冷や水を浴びせかけるように、魔女は言います。
「お姫様になれるのは、一人だけ」
少女たちは顔を見合わせ、困惑しました。
やがて、一人の少女が尋ねます。
「それは、どうしても?」
魔女は答えます。
「この国一番の魔法使いにも、できないことはあるんだよ」
もう一人の少女が尋ねます。
「お姫様になったら、[ザザッ]ちゃんとは離ればなれになっちゃうの?」
どうしてか、名前が耳障りなノイズにかき消されてしまっても、魔女は気にするふうもなく答えます。
「お姫様になれば、お城で暮らさないといけないからね」
それを聞いた少女たちは、しばらく考えて、そして言いました。
「お姫様にはなりたいけれど、[ザザッ]ちゃんと離れちゃうなら……」
「うん、私もそう思う。だけど――」
――だけど、[ザザッ]ちゃんが、本当はお姫様になりたいのなら――
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『女の子』の顔と『彼女』の顔が、私の中で繋がって、ようやく解った。
微睡みかけた頭は一気に覚醒して、急速に働き始めたような感覚があった。
「どこへ行けば分からなかったから、ずっと学校の前で待っていた」
――そうだ。「もう、いいよ」と、あの悲しい言葉の前に、彼女はそう言っていた。
それが不意によみがえって、私は忘れていないと思っていた記憶の中に、どれだけのことを、どれだけ大切なことを、忘れていられたのだろう、と思う。
そう、それは、何かを耐えるように、努めて静かに語られたのだった。
その静かさが、鋭利な氷の刃物のように、今度こそ、という私の決意を容易に切り裂いて。
だからあの時の私は、それでも、と言い縋る事すらできず、そして追い打ちのような「もう、いいよ」に、完全に挫けた。
今はその、自分の弱さを、恨む。
どんなに悔やんでも、恨んでも、取り戻せないもの。
――だけど、もしかしたら。
その大切なものへの未練が、自然と私の足をそこへ向けさせた。
私が思い出した記憶が確かである保証はない。無駄足になる可能性も、頭をよぎらなかったわけではない。でも、そんなことに全く考慮の価値はなかった。
駅を挟んだあちら側は、小学校を卒業してから足を向けていなかった。
その必要がないから、というのは事実だけど言い訳でしかなかったことは、今、私の足を地面に縛り付けようとする重さが教えてくれた。
それでも私はその重さを振り払わなければならない。
今日でなければきっと、ダメなのだと思うから。
明日にはきっと、『彼女』の言葉は『女の子』ではない『彼女』のものになってしまうから。
そんな思いに急かされながら、いつものようにただそこにあるだけのくせに、今は私の何かを決定的に断絶するかのように立ちはだかる踏切を、渡った。