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「うっ...。」
目が覚めると俺は個室のベッドの上に寝かされていた。
起き上がって周りを見渡してみるが原因であろう男性は見当たらない。
「じっとしてても仕方ないよな?」
とりあえずここが何処なのかを把握することから始めよう。
ぱっと見7畳程度の広さの普通の部屋だ。
案外簡単に帰り道が見つかるかもしれない。
そう思って探索を始めたが、俺の甘い考えはすぐに打ち砕かれることになった。
帰り道どころかこの部屋から出るための扉すら見つからなかったのだ。
あったのはベッドや机など、ごく普通の物のみ。
気になるものと言えばこれ見よがしに机の上に置かれた古いハードカバーの本ぐらい。
表紙にはダンジョンマスターの手引きと書いてある。
そういえば俺をここに連れてきたであろう男性がそんなことを言っていたような。
とりあえず読んでみるか。
~内容確認中~
「これマジ?」
内容を確認して最初に出た言葉がこれだ。
要約するとここは異世界のダンジョンの中で俺はダンジョンを管理する存在、所謂ダンジョンマスターに選ばれたらしい。
目的は異世界の生物を殺して一定量の魔力を回収すること。
魔力を回収する理由については色々と書かれてあったが俺に直接関係ないので省略。
強制的に連れてきておいて働かないと帰さないとかふざけるなと言いたい。
しかし、文句が出るのも想定してあったのだろう。
終わった後の報酬の事についても書いてあった。
無事に魔力を回収することができればどんな願いでも一つだけかなえてくれるそうだ。
それがたとえ人を生き返らせるという願いであっても。
普通ならそんなことできるわけがないと思うところだが、此処に連れてこられたときの状況を考えるとこの言葉は信じるに値する。
「人を生き返らせるか...。」
長い時間が経ってやっと心の整理がついてきたってのに....。
そんなことを言われたら揺らいでしまうじゃないか。
少しの間目を閉じて妹の顔を思い浮かべる。
「...やるか!」
俺はダンジョンの管理方法が書かれたページを開いて読み始めた。
ダンジョンの構造をいじったり、ダンジョンを守るための忠実な魔物を召喚するためには専用のポイントを消費する。
その他にもポイント次第では何でも出せるらしい。
そのポイントは初期で500ポイント、その後は回収した魔力に応じて付与される。
そしてポイントの消費方法なのだがこの本に直接やりたいことを書くという方法を取るらしい。
確認してみると、本の最後ページに500とだけ書かれたページがあった。
ただの説明書だと思ってたけど意外と重要なものだったようだ。
と言うか、そんなに重要なものならもっと初めの方に書いおいてほしい。
最後まで読まずに失くしてしまったらどうするつもりだったんだ?
まあ、結果的に気づけたからいいけど。
俺はさっそく、試してみるためにペンを探してきて扉と書いてみる。
「うわっ!」
扉と書き終わった瞬間、文字が本に吸収されるように消えて、替わりに『扉の位置を指定してください』と浮き出てきた。
どういう原理なのか気になるが、きっと俺には理解できなような技術が使われているだろうから考えるだけ無駄だろう。
「とりあえずそこの壁でいいかな?」
ベッドと反対側の壁を指定して書き込むと、先ほどと同じように文字が消えた。
そして指定した壁に染み出てくるように木製の古いドアが現れる。
その様子は少し、いや結構異様だ。
「あ!いくら消費するか確認してない...。」
俺は慌てて本を確認する。
消費されたポイントは...1だけだ。
良かった。
もし、膨大なポイントが消費されていたら今後の管理が詰むところだった
次からは消費ポイントを指定してから作ることにしよう。
#閑話休題__それはさておき__#
せっかく扉を作ったのだからどこにつながっているのか確認してみよう。
俺は意気揚々と出来たばかりの扉を開ける。
「すげー」
扉の先は部屋の無機質な雰囲気とは真逆の大自然が広がっていた。
雰囲気は樹海に似てるかな?
ただ、規模が違う。
生えている木の一本一本が御神木と言われても違和感がないほど太い。
「ちょっとだけ探索....。」
一歩踏み出そうとした瞬間、近くで何かが落ち葉を踏む音がした。
音がした方向を見るとそこには大型犬程度の大きさのオオカミっぽい動物がいた。
ソレは涎を垂らしながら血走った眼で俺を睨みつけている。
明らかに友好的な生物じゃないよな?
俺はゆっくりと扉の方へ後ずさる。
それに気づいたオオカミが一気に俺に向かって駆け出してきた。
「ですよね!」
俺は即座に元の部屋に戻って扉を閉めて内側から抑えた。
それとほぼ同時に扉に衝撃が走る。
「グラァァ!」
オオカミが体当たりをするたびに扉はギシギシといつ壊れてもおかしくないような音を立てる。
こんなことならもっと頑丈な扉にするべきだった!
少し前の自分の行動を後悔していた時だ。
オオカミの体当たりとは別の地面が揺れるような衝撃が走った。
それと同時に扉への衝撃が止んだ。
数秒ほど待ってみたが、オオカミの体当たりが再開される様子はない。
俺は外の様子を確認するために少しだけ扉を開ける。
「うっ....。」
開けた瞬間、外から生臭い匂いが流れ込んできた。
そして目の前には先ほどまで扉に体当たりをしていたオオカミの死体とそれを貪るクマの姿が....。
幸いなことにクマはオオカミを貪ることに夢中でこちらに気が付いている様子はない。
「.....。」
俺はゆっくりと扉を閉める。
うん。
外に出る前にちゃんと準備をしたほうがよさそうだな。
先ずは扉の強化から始めよう。
俺は本に扉の強化をしたいという旨の内容を書き込む。
今回は消費ポイントも忘れずに指定した。
20ポイントだ。
クマの攻撃を耐えるためにはちょっと少ない気がしないでもないが、今の古い扉の20倍と考えれば妥当な気もする。
まあ、物は試しだ。
一から作るわけではないし、足りなければ追加でポイントを消費すればいいのだから無駄にはなるまい。
書き込んでから数秒ほど待っていると扉が徐々に金属へと変化し始めた。
変化し終えてから確認してみると材質が変わっただけではなく、両開きの大きなものとなっており、追加で閂まで生成されていた。
これならよほどのことがない限り突破されることはなさそうだ。
次は戦力の確保といこうか。
武器や防具を生成するのも良いが、俺が装備したところでさっき見たオオカミやクマにはかないそうもない。
となればとる方法は一つ。
魔物の召喚だ。
説明の部分にもダンジョンを守るための魔物と表記されていたぐらいだからきっと良い戦力になってくれることだろう。
俺は本に魔物を召喚と書く。
何が正解なのかわからないからあえてどんな魔物がいいのかを明記していない。
消費ポイントは50。
これから付き合いになる予定なのだから大盤振る舞いだ。
「わっ!」
扉の時とは違い、自分の隣に魔法陣が出現して目を開けていられないほどの光を放ち始めたので反射的に目を閉じる。
数秒ほど待って目を開けてみると、魔法陣は消えて代わりに着物姿の少女が立っていた。
見た目年齢は14~16歳。
綺麗な黒髪のおかっぱで顔立ちも人形のように整っており、着物なのも相まって日本人形のような印象を覚える。
俺、魔物を召喚って書いたよな?
それなのに何で女の子が召喚されてるんだよ!
「あの...。」
「はい!」
「ひぅ...。」
大きな声を出したことで驚いたのか女の子は奇妙な声をあげて俺から少し距離を取った。
女の子からそんな反応をされるとちょっと傷つく。
「あ、貴方が私を呼んだ人ですか?」
「そうだよ。魔物を呼ぶ予定だったんだけど魔物じゃないよな?」
「見た目はこんなですけど一応魔物の一種ですよ。座敷童ってご存じだったりしません?」
「座敷童って妖怪の?」
俺がそう言うと、怯えた表情が一転してとても嬉しそうな表情となった。
「ご存じなんですね!妖怪の概念が存在する世界に召喚されたのは初めてです!地球独特の存在なのかと思ってました。」
「多分だけど俺、君が言ってる地球の人間だよ。」
「?」
女の子は『何を言ってるんだこの人?』とでも言いたげな表情を浮かべる。
さっきから表情豊かだなこの子。
「一応聞きますけど、此処は地球じゃないですよね?」
「まだ来たばっかりだから詳しくは分からないけど、少なくとも地球ではないと思う。」
「?????」
さらに不思議そうな表情を浮かべる女の子に対してここに来るまでの経緯や目的などを説明した。
その時に、俺をここに連れてきた男性に対して少し、いや大いに毒を吐いたのは言うまでもない。