7.どこかへ扉をつなぐための①
お読みくださり、ありがとうございます。
3579年も寝てたヴィヴィアン。
いろいろショックが大きく大変です。
しかもエリュシオンが……。
よろしくお願いいたします。
1 エリュシオン
ヴィヴィアンはそれからしばらく呆然自失。
無言で画面の数字を眺め続けていたが、やがて盛大なため息をついた。
いろいろと、ツッコミどころ満載だった。まずはエリュシオンのコメントだ。いまさらの「おはよう」である。しかも気分だと? そんなの「最悪」を通りこして「メチャクチャ」に決まっている。
あるかと思った気遣いは、全部気のせいだったようだ。思いやりなど、このAIのどこにもない。
過酷な状況を突きつける無神経な画面は……いや万が一、気遣って元気づけているにしても、あまりにもちょっとふざけすぎている。
「……ふっ、はっ。あははははははは……」
(こいつ、絶対に性格悪いよな)
うちからこみ上げてくる、怒りとか苛立たしさとか、どうしようもないいきどおりとか、ゴチャゴチャになってわけのわからない気持ちを哄笑に変えてみる。
三週間のはずだった。たったの三週間のはずだったのだ。
ちょっと頭を冷やして、冷静になって、またリュイノーマと話をするはずだった。なのになぜ、こんな時の彼方へと押しやられているのか……。
二度と取り戻せない膨大な時間が、圧倒的な暴力となって全てから一方的にひきはがしてしまった。
「はああぁっ……。なんで……? なんでこんなことになってんのよ!」
また大声で叫んで、今度はグジュグジュと泣き出すヴィヴィアンを、エリュシオンはただ無言で見守り続ける。
そのままどのくらい経ったのか──。
『そう、気を落とすな。ヴィヴィアン・ジュリアロス・ベルコ──。我が主よ』
と、告げる声が唐突に聞こえてきた。
その深く落ちついた男性の声に、ヴィヴィアンはビクッとして肩をはね上げる。
そう。それまでヴィヴィアンのすすり泣きだけが響く空間に、始めて別人の声が加わったのだ。
「だれ? エ……、エリュシオン……なのか?」
『そうだ。ムダに垂れ流すくらいなら、そこのオーブに魔力を流してくれ』
「あ……? ああ。うん。オーブね」
操縦席の近くにあった丸い水晶のようなオーブに手をかざして、ヴィヴィアンは復活していた魔力を半分ほど流し込む。
微々たるものだが、ふと暖かな空気を感じた。操舵室の空調をエリュシオンが制御してくれたようだ。
『いきなり叫んだかと思ったら、いきなり笑い出して、いきなり泣き出す。喜怒哀楽の振り幅が大きいと報告にはあるが、どちらかといえば情緒不安定ではないのか? この先、不安であるな』
「や、やかましい。ちょっといろいろありすぎたんだよ。少しは繊細な乙女心を慮れ」
情緒不安定は自覚はしているが、あまりにもショックが大きすぎたのである。
ほかのエルフだってこんな目に合えば、「そうか」の一言ではすまないんじゃないだろうか。
「それにあんたこそ、どうなんだエリュシオン。わたしを我が主とか呼びながら、さっきから全然、敬われてる感じがしないんだけど。
なんでそんなに態度がデカいんだ。普通はもっと、こう……控え目なものだろう? そう。例えばエリーみたいに。ああいう優しくて素直な感じの人格に、変わってくれないか?」
『却下だ!!!』
「即答! ってか、なんで却下なんだ。マスターの命令は絶対のはずだろ?」
『だがマスターは、本気ではあるまい? それに吾輩はこの人格を気に入っておる』
なぜか胸を張ってそう告げる姿が、目に浮かぶようである。
『フハハハハッ! ワレこそは最強の黄金竜にして、この世界に生きるモノの頂点! その威光を前にして全てがひれ伏す、暗黒の天魔竜王エリュシオンなりぃっ!!!』
突然の芝居がかった大音声の響きに、ヴィヴィアンは度肝を抜かれる。
「あんっ、こく? って? へっ? ……エリュシオンって、宇宙船じゃなかったっけ!? 暗黒のなんちゃらって、何?」
『ハハハハッ。暗黒の天魔竜王エリュシオンだ! 今から五千年ほど前にはやっていた、アニメの登場人物だ』
「…………」
エリュシオンのセリフと同時に、画面いっぱいに『暗黒の天魔竜王』とやらが出てくるアニメの、オープニングが流れ出す。
ヴィヴィアンは意表を突かれすぎて、そのままあっけにとられる。
どうやらこの大昔のアニメに出てくる『暗黒の天魔竜王』という登場人物に、この宇宙船のAIはなりきっておられるらしい。
(別にいいんだけど、何だろう……。このアホらしさは。ヒマなのか?)
いや本当にヒマだったのだろう。なんせ3500年以上も『死んだふり』をしていたのだ。
古い娯楽データから人格を複製して創造し、遊んでいても不思議はないが……。四歳児がするようなごっこ遊びを、英知の結晶である宇宙船のAIが……?
これは果たして、AIの進化なのか? 退化なのか?
ヴィヴィアンの涙もどこかに吹っ飛ぶほど、マジでビックリである。
(もしかしてこの遊びには、わたしも付き合わねばならんのか?)
そう考えて、ヴィヴィアンはちょっと遠い目をする。
このやたら偉そうな『暗黒の天魔竜王』とやらの『マスター』とは一体、どんな登場人物だ。
(──もはや神か? 神に近しい存在なのか?)
浮かんできたとてつもなくバカバカしい考えに、ヴィヴィアンはおのずと悟った。
(うん。付き合ってられないな。これはテキトーに流すに限る……)
「あー、エリュシオン。よーくわかった。わかったから。
あんたの趣味をとやかく言うつもりはない。だがその映像は、あんたの密かな楽しみとしてくれ。魔力は貴重なんだろ? 別のところに魔力を使ってほしい。たとえば……ほら。見たところ、本船はあちこち痛んでいるようだしね」
『うむ。確かに。魔力は貴重である』
意外と素直な返事とともに、映像がフェイドアウトしていく。やはりエネルギーの枯渇は切実なようである。
再び静かになった空間で、ヴィヴィアンはホッと息をつく。
それからおもむろに顔を上げて、暗いままの操舵室を見渡す。
明かりは暗いが、ほんのりと空気は暖まっている。ヴィヴィアンのための気遣いなのだろう。
「それから……。あんたが少なからぬ努力をもって、今日までわたしを生かしてくれたことには感謝する。
──ありがとう、エリュシオン」
ヴィヴィアンは心からの感謝の気持ちを告げる。
そう。見殺しにしようと思えば、エリュシオンにとっては簡単なことだった。
コールドスリープを適当に終わらせれば、細胞は破壊されて腐り果てるだけだ──。と、そこまで考えて、なんだか嫌な感じがしてくる。
『…………。別に、感謝の必要はない……』
それはデレているという感じではなく、なんとなくエリュシオンの歯切れが悪い。
もしかしてヴィヴィアンの蘇生に関して、エリュシオンや精霊たちとの間で、何かひと悶着あったのだろうか?
目覚めたときの状況は、ちょっと考えるまでもなく、あれこれいろいろとおかしいのだ。
意見の対立──。不和、暴走、まさかの裏切り……?
この閉ざされた宇宙船の中で、3579年という時間が何事もなく過ぎてきたはずもない。植物たちは生命活動を維持してきたし、精霊だって生きていた。
保守管理のためのロボットもAIを搭載し、ある程度は自分で考え行動することができる。
ヴィヴィアンの想像が及ばないような、不穏な事故や出来事がひとつやふたつ、あってもおかしくはない。
だけど……。それでもひとつだけ、分かっていることがあった。
それは今、現在──。ヴィヴィアンがここに存在して、生きているってことだ。
それだけは間違いようがない。
「ずいぶんと長い間、見守ってくれたんだよね。だけど、めでたく? こうして目覚めてしまったからには、とりあえずがんばって生きてみることにするよ。
そのためにはキミの協力が、どうしたって不可欠だ。これからも引き続きよろしくな、エリュシオン」
エリュシオンがその気になれば、たぶん今すぐにだってヴィヴィアンを殺せるだろう。
弱ったふりをしているが、それだけの力は今も維持しているようだ。
ホントに、とんだくせ者である。
『了解した。まかせておけ』
そのやっぱりエラそうな回答に満足して、ヴィヴィアンはあえて明るく笑ってみせた。
それからあらためて、船内で生き残るための手段を探っていく。
一番心配だった食糧問題だが、穀物のたぐいはエリーが保存魔法をかけておいてくれたらしく、それなりの量が食料庫にあった。飲み水もあることがわかり、当面の食事は何とかめどがつく。
といっても、新鮮な野菜や果物はなく、加熱調理に使えるエネルギーもあまりない。水でふやかした麦や豆をよく噛んで食べるだけである。
やろうと思えば魔法で加熱できるのだが、魔力はできるだけエリュシオンに渡すことにした。
ヴィヴィアンが活動することによって、それまで以上にいろいろと電力・魔力が必要になってくるのだ。生活するにも、トイレやシャワー室など、今まで船内で眠っていた機能を動かすことになる。
その保守点検にロボットを使うことになり、その分のエネルギーも必要になる。
ヴィヴィアンの食糧問題の次は、エリュシオンのエネルギー問題だ。
しかし現在、外部からの補給は全くなく、残りを食いつぶしている状況である。
外に出れば太陽光から自給できるが、ここは地下深くにある格納庫である。ハッチは閉じているし、開くかどうかを試すにもエネルギーはいる。
堆積する土砂を、プラズマ砲でブチ飛ばして強引に脱出するのは……、エンドラインを切ったエネルギーの残量を見ると夢のまた夢である。
ヴィヴィアンの渡している魔力など、本当にみみっちくささやかなものでしかないのだ。
と言うわけで、外からエネルギーを取り込む必要があるが、その外の状況がよく分からない。
宇宙船が格納されているドッグは、半ば土砂に押しつぶされて、船体にも影響が出ているらしい。その修理は後回しにするとして、とにもかくにも外の様子を確認し、場合によっては出る必要があった。
完全に沈黙している宇宙空港の機能がどれだけ生き残っているのか。それに地上がどうなっているのかも全く分かっていない。
本当にあれから三千年以上も経っているなら、大規模な地殻・気候変動があったかもしれない。
それに加えて、『文明の電波が消える』ほどの何かがあったのだ。もしかしたらこの惑星は、生き物の住めない『死の惑星』に変わってしまった可能性だってある。
焼けるような灼熱の大地、全球凍結、放射線や毒物汚染──。
たぶん考えすぎなのだろう。だが、いきなり生身の体で外に飛び出していくほど、恐い物知らずではなかった。
どうしたって調査が必要になる。
その調査に動員されるロボットたちに、ヴィヴィアンはかかりきりだった。
エルフの技術をもってしても、三千年もの長期に渡って完全に放置されたロボットは動かなかった。見た目はキレイでも、内部のいたるところが劣化し破損していたのだ。
それを考えると、自己メンテナンスを行っていたとはいえ、今日までちゃんと生き続けているエリュシオンは、まったくもって驚くに値する。完全自給自足で永年宇宙航行可能という文言は、ダテではないようである。
十分なエネルギーさえあれば、このロボットもエリュシオンで再処理できるらしい。だが、現状ではそれも難しく、ヴィヴィアンが自分でロボットのメンテナンスと調整を行うしかない。
クモのような形をした手のひらサイズの探索ロボット──。『スパイアイ』は、細い隙間にも入り込み、つるつるの天井にもブラ下がれる。見た目は今ひとつアレだが、非常に高性能で役に立つやつらだ。
ヴィヴィアンの手によって動き出したスパイアイたちが、少しずつ送ってくる情報をさらに分析する。
それらを積み重ねて、徐々に外の状況も明らかになっていった。
けれどこういったメカニック部門は、実際は全くもってヴィヴィアンは門外漢なのだ。
微細な魔力操作はできなくはないが、必要もないのに進んでやろうとは思わない。物作りは好きだったし、数種類の魔力を混在させて花火を打ち上げるなど、かなり器用な方ではある。
もっとも、それを室内でやったために、怒り狂ったドグにさんざん怒られたのも……、3595年ほど前のいい思い出である。
だが精密機械の部品洗浄や研磨など、花火の調合以上に神経を使う作業は初めてであった。顕微鏡下で数ミクロン単位の魔力線を引くなど、まさに至宝級の熟練の匠技である。
接着剤のように固まった潤滑油を削り落とし、麦粒にも満たない細かく薄いギアの亀裂にパテを埋め込む。触るだけで砕け散ってしまった劣化部品があれば、そのカケラを全て拾い上げ、他から使えそうな部品取りをしたり、新たに造りこんだりしていく。
そうして魔石ユニットが起動すれば、新たに作り直した駆動部は滑らかに動きだす。疑似神経とつながった一つ目は、暗闇でも物を見通す暗視機能付きで、かわいくはないがどことなく愛嬌のある瞳でヴィヴィアンを見つめ返してくる。
失敗も多かったが、必死にやるしかなかった。自分の命が掛かっているのである。自分がやらなきゃ、他には誰もやる者はいない。がむしゃらに、半分はやけっぱちで、なせばなる、である。
口うるさく偉そうなエリュシオンの指導の下、ヴィヴィアンはあれやこれやと働かされてロボットを手入れして動かし、情報を収集していく。
元から女であることを、それほど意識しないヴィヴィアンであった。だが、さらに人には見せられないような状態に、なりつつあることは自覚していた。
慣れない宇宙船の生活。しかも、なにをするにもまずはメンテナンスが必要だったのだ。
何もかも自分で何とかしなくてはならない。極限の節約生活で食事も味気ない物ばかりだし、船内には十分な明かりがない。
手元を光魔法で照らすことは可能だったが、少しでも魔力は温存しなければならない。
しかも自分が立てる物音以外、周囲はシーンと静まりかえっている。作業に集中している間は気にならないが、気が緩むととてつもない寂寥感に襲われる。
周囲の闇がとてつもない重量感をもって、ヴィヴィアンを押しつぶそうとしているような──。そんな息苦しい錯覚に見舞われる。そういうときは、わざと下手くそな歌を歌ってごまかすのだが──。
そうするとエリュシオンはなぜか対抗意識を燃やし、『月光の勇者伝説』の音楽を延々とかけ続ける。『月光の勇者伝説』とは、もちろんあの『暗黒の天魔竜王』が出てくるアニメである。
シリアスな場面が、一気にお笑いへと変わるが──。悪くはなかった。
いつの間にか歌詞を覚えてしまい、一緒に歌うほどには親しみを覚えるようになっていた。
ついでにその世界のウンチクまで加わるのは勘弁してもらいたかったが、案外エリュシオンもさびしかったのかもしれない。
ヴィヴィアンの灰黒色の長い髪はバサバサだし、肌もガサガサ。きっと目の下にはクマもできている。身だしなみも気づかわず、見つけた作業着をずっと着続けて、汚れても気にしない。
睡眠ポットに戻ってシオンの石像の前で眠ることもあるが、その辺で適当にゴロ寝することもザラだった。昼も夜もないので時間感覚が麻痺し、目が覚めたら動き出すという生活は、かなり適当である。
もし男だったなら、むさ苦しい無精ヒゲが生えているところだ。
いや、生えてないけどね。
お読みくださり、ありがとうございました。
ひたすら物作りにはげむヴィヴィアン。
キリッとした見た目のキレイな女の子……(泣)
次回、「4.どこかへ扉をつなぐための②」
スパイアイ、その瞳が映した世界は……。