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5.ここはまるで袋小路のような①

お読みくださり、ありがとうございます。


ついに『ふて寝』のヴィヴィアン。

よい夢を。見てほしかったのだけれど……。

1 神聖樹の実


 ヴィヴィアンはふと、意識が浮上するのを感じた。


 だが体は重く、手足には力が入らない。なんだか息をするのも重苦しい。

 この場に縛りつけられたかのように、まるで体の自由がきかない。

 なぜなのかと考えて、コールドスリープの影響かと、うっすら思い至る。ずっと寝ていたから……。

 だが、それにしても体が動かない。


 不安に思っていると、ザワザワとした嫌な気配がすぐ近く、足元のほうから感じられた。

 いつからなのか。いつの間にか未知の何かが悪意を持って、探るようにヴィヴィアンの方へとにじり寄ってくる。


 それは……黒い、化け物……。


 生理的に悪寒が走るような、とてつもない悪意。

 逃げ出したいが、逃げ出せない──。

 正体の分からないザワザワとしたソレに、ヴィヴィアンの背に冷や汗が流れる。


 やがてすぐに、我慢ならないほどの恐怖がつのって、心から言葉がこぼれ出す。

「来るな。来るな……」と。声を上げたつもりが、呼吸がもれるだけで声にならない。

 構わず、それが足先に触れようとした瞬間、ヴィヴィアンの足が反射的に跳ねた。




 実際にはそれほど大きな動きではなかった。だが実際に足は跳ね、サザーッと何かがこすれるような音がする。

 その瞬間、ヴィヴィアンはハッと目覚めた。


「ハッ、ハッ、ハッ」と喘ぐような自分の呼吸音が耳にうるさい。

 それ以外の音は、何も聞こえない。周囲はシーンと静まりかえっていて、しかもひどく薄暗かった。

 あれほど鮮明に感じられた悪意は、今はもう微塵も感じられない。

 ヴィヴィアンはひとりきりで、どこかに横たわっているのだ。


 さっきまでのことは、全て夢だった──。

 なんとかそう理解すると、とりあえずほっと息がこぼれる。

 コールドスリープの影響で、軽い意識障害が出たのかもしれない。

 心身に強いストレスが掛かると、まれに妄想や幻覚を見るという。きっと、そのせいだ。

 三週間も眠り続けるという経験は、ヴィヴィアンにとっても初めてのことである。

 まあ、そういうこともあるだろう。


 そんな風に考えながら、自分で自分を落ちつかせようとする。

 夢見が悪かったこともあるが、なんだか自分を取り巻く気配が妙に寒々しい。

 イヤな感じがする。背後に恐ろしく不安な影をはりつけたような、予感と言ってもいい。


 そのことを突きつめて考えると、ひどくダメージを負いそうな気がした。取り敢えずもう少しだけ、その問題は先送りすることにして、まずは体の確認をする。


 手足は重たくぎこちないが、とりあえず動かせそうだ。目も耳も大丈夫。頭の先からつま先まで、全身の感覚はしっかりあった。ゆっくりとなら起き上がれるかもしれない。

 だが、魔力は完全に枯渇していた。

 体も脱水症状にあるらしい。ノドがひどく乾いていた。


「……っ。ぁぁっ……」


 ノドが乾きすぎてか、まともな声は出ない。だが、水さえ飲めれば何とかなりそうだった。

 そして体力は、かなり落ちている感じがする。というか、持ち上げた自分の腕が、かなり痩せてしまっていて、干物みたいになっている。

 それに気づいた途端、動揺して思考が乱れる……。


(コールドスリープが失敗した? というか、維持しきれなくなった? ここは本当にエリュシオンの中か? エリュシオンに何かあった? というか、どれだけ眠っていた?)


 わいてくる様々な疑問を無理矢理に押し込めて、ヴィヴィアンは深呼吸を繰り返す。

 とりあえず周囲の確認のため、ゆっくりと体を起こしてみる。

 頑張って横向きになると、カサカサと乾いた音とともに何かがすべり落ちる気配がある。


 おもわずギョッとする。落ちたのは枯れ葉らしい……。

 あわてて起き上がって見ると、ヴィヴィアンの上にかけられた白い布の上に、どうやら大量の枯れ葉が乗っていたのだ。

 ヴィヴィアンが大きく身動きしたせいで、ほとんどがベッドの下に落ちてしまったが……。


 ここは睡眠ポッドのベッドだった。

 ふたが開いていて、なぜか大量の枯れ葉が乗っていたが、間違いなくエリュシオンの睡眠ポットだ。コールドスリープしたのは、まず確かなことなのだろう。

 だが、誰がふたを開けて、こんなにたくさんの枯れ葉を乗せたのか……。


(……エリー? キミなのか? でも……。なんでこんなことを?)


 素っ裸だったヴィヴィアンは、その白い布を体に巻き付け、付いていた葉っぱを一枚手に取る。

 非常灯のみの、頼りない明かりではよく分からないが、クスノキの葉のように見える。

 ベッドの縁に座り、他の枯れ葉も検分する。葉のツヤといい香りといい、クスノキで違いなさそうである。


 そういえばエリーも、この爽やかな香りを身にまとっていたような気がする。だが、そのエリーの姿は見えない。近くにいる気配もない。

 改めて周囲を見わたしていると、ベッドの脇に封がされた軟水晶の水筒が、三本置かれていることに気づく。


(水だ……。保存の魔法が掛かっている。たぶん、飲んでも大丈夫だよね)


 念のために破損がないかじっくり検分して、水筒の封を切ってみる。

 見た目はクリアな普通の水だった。ニオイもおかしなところはない。口付けて少しだけ傾け、唇を湿らせる──。


 水だ。間違いなく、水だった。


 そうとわかると、口に含んで一気に飲み干してしまう。わずかに誤飲して、ケホッとむせてしまう。それから、かなり咳き込んでしまった。

 苦しくて涙目になるが、やがて落ちつくと、こんどは慎重にそっと二本目を飲み干していく。


 それから三本目をゆっくりと飲み終えたところで、まさに生き返った心地だった。あとは食べ物か、日の光があれば良いのだが……。


(……少し、休んでからにするか)


 何しろ体力がない。体を起こしただけで疲れてしまう。これは生命の存続にとっても、かなりギリギリの体力しかないんじゃないだろうか。


 そして再び横になろうと、枕元を確認したところで、ギクッと体がこわばる。

 ポッドのふたの影に隠れた暗がりに、何者かが立ちつくしている。まるで気配を感じさせなかったので、今の今まで気づかなかったのだ。


 硬直したまま目をこらす。敵か、侵入者かと身構えるが、なんとなく見覚えのあるシルエットが見えてくる。


「……シオン?」


 長いにらみ合いののち、ヴィヴィアンはようやくその正体に気がつく。

 それは紫紺の精霊──。ヴィヴィアンが『シオン』と名付けた土の精霊だった。端整な顔立ちもそのまま、どこか悲しげな表情をして、じっとこちらを見つめている。

 ただし、ピクリとも動かない。ヴィヴィアンを見ても、無反応なまま微動だにしない。


「……石化、してるのか?」


 そういえば土系の精霊は、最期その姿のまま土に還るという。

 その瞬間を目にしたことはないが、かつて土の精霊であったという小さな石像はたまに見ることがある。

 けれど土系の精霊は寿命が長い。それこそ何千年と生きるといわれている。しかしあの時、彼らは目覚めたばかりだと言ってはいなかったか?


 ヴィヴィアンはたまらず、睡眠ポッドのふたに掴まりながら立ち上がり、そっと石像に手を伸ばす。

 直立不動のその手におずおずと触れ、冷たい石の感触しかないことにビクリと震える。

 それからその端正な顔を見上げ、ためらうように、そっとその頰に手を触れる。


 何の反応もない。


 冷たい石の手触りだけが、ヴィヴィアンの手に伝わってくる。


「……シオン。本当にキミ、なのか?」


 ヴィヴィアンは力なくつぶやくが、それに答える者はない。


 それからもう一度、ポッドの周辺に散らばっている枯れ葉を眺める。ヴィヴィアンに覆い被さるように乗せられていた枯れ葉。それはまるでヴィヴィアンを護り、よりそうような……。


 なんとも言えない感慨が押し寄せ、まさか……、と思う。まさか、そんなはずはない。まさかたった三週間で、そんなはずもない。


 何が起こっているのか、早急に知る必要があった。何かとんでもない異常事態が発生しているのは、もはや疑うまでもない。


 まずエリュシオンが、おそらくまともに起動していない。非常灯の明かりなど、本当に最低限しか稼働していないように感じられる。

 動力──電気・魔力系統、空調がどうなっているのか、懸念事項は満載である。


 それからこの異常状態に対して、外からの介入があってもいいはずだった。

 あのドグミッチがこの異常に気づかないはずはない。なのに、どうして救助が来ていないのか。


 救助できない何かが起こったのだ。ドグミッチに何かがあった? いやそれよりもこのエリュシオンに何かあったとも考えられる。

 まさか、知らぬ間に、宇宙に出てしまったとか?


 その考えにいたってギョッとする。だがしかし、イヤイヤそれはないとすぐに否定する。

 重力制御に力を割く余裕は、今のエリュシオンにはない……と思う。ここが宇宙空間なら無重力で、ヴィヴィアンはもちろん何もかもが、ぷかぷかと浮いているはずだ。たぶん。

 いや、しかしまさか……。ここはすでに未知の惑星という可能性も……。

 どんどんと悪い方に考えが飛躍していくのを感じ、ヴィヴィアンはぷるぷると頭を振る。


 とにもかくにも、今は体力の回復が一番だった。

 しかしどうやら寝ていても、状況は改善されそうにない。精霊はいないし、呼びかけてもエリュシオンは反応しない。ここは動けるうちに、自分でどうにかする必要がある。

 ヴィヴィアンは布をしっかりと体に巻き付け、とにかく何か食べるモノはないかと、フラフラと船内への探索へと向かった。




 隣の医務室で検査着を見つけたのでさっそく着替える。

 医療品の棚からは精製水と、経口用の栄養ドリンクを発見。さっそく栄養ドリンクを開封して試飲するが、これが激マズ。ひとくちで吐き出してしまう。もしかしたら成分が変質しているのかもしれない。

 どうしようかと迷ったが、ここでお腹を壊しては大変である。精製水でお口直しをして、栄養ドリンクは封印。ちなみにこの精製水もおいしくはない。


 他に使えそうなモノを確認して、医務室を後にする。

 医務室からラウンジへの通路は覚えているが、エレベーターは動かない。閉じこめられても大変なので、階段を使用することにする。

 ゆっくりと時間をかけて慎重に階段を上っていき、力を込めて扉を押し開くと、そこはやはり、かつて見た温室庭園ではなかった。


 どこまでも続いていたまぶしいほどの青い空は、今は真っ黒で何も映し出してはいない。足元の非常灯の微かな明かりで見たところ、多くの植物たちが枯れ果てた状態で放置されている。


 ひょっとして木の実や果実が手に入らないかと思ったが、この様子では望みうすのようである。日の光の射さない世界では、多くの植物は育つことができない。

 これでは大広間の植物たちも、もう生きてはいないだろう。

 あとは食料庫を探し出すしかない。とは思うが、航行する予定もないのに、どれくらいの食料が備蓄されているのかは不明である。元からカラッポである可能性もある。


 ヴィヴィアンは暗澹たる気持ちで、ラウンジに立ちつくす。

 ここにある枯れ果てた植物たちが、遠くない自分の姿と重なってくる。


 何が起こったのか、まるで分からないままだった。この危機的状況を打破する方法がわからない。

 助けは来ない。頼りになる精霊はいない。エリュシオンも応える力はない。

 生きた風も水も土も光も何もない。この船にはもう虫一匹、生き物の気配すらない。

 静けさだけがここにあった。あとは暗闇だけが、何もいない空間を満たしている。


 体力も限界が近い。魔力も回復しない。気持ちも一気に下降ラインを進んでいる。

 もうダメなのかもしれない。

 ここはまるで行き先のない袋小路のようだった。

 この寒々しい光景は、思った以上に心にこたえる。


 それでも、と思う。それでもまだ、やれることはあるはずだと、考える。最後の瞬間まで足掻いてから、絶望したって遅くはないのだ。


 ふと空気が動いたような気がして顔を上げる。

 見上げた先には、背の高い樹木があるようだった。なんとなく気になってそちらに向かって歩いて行く。


 枯れ果てた草を踏み分け、木々の小枝を押しのけながら庭園の中央まで進むと、急に視界が開ける。

 少しだけ盛り上がった丘の上に生えていたのは、年季の入った一本の見事なクスノキだった。

 残念ながらほとんど葉を落としているが、それでもなお立派な枝振りを天に掲げている。


「あんなにデカイ樹、ここにあったっけ?」


 その威容を見上げながら近づくと、ごつごつとした太い幹の根元に、大きな洞があることに気がつく。

 医務室から持って来た懐中電灯で照らすと、エルフ二、三人は入れそうなくらいの広さがある。

 だが入り口には、魔術的な何かが働いている気配があった。

 注意深く観察してから、そっと手を近づけていくと、触れるか触れないかといったところで、パチンとはじけるような感触があった。何かの封印が解けたようだ。


「……これは、時間停止。保存の魔法か」


 保存の魔法は精霊にしか使えない。しかもこれは上位精霊のみが使える特殊な魔法だ。解除者が限定されている。解除者はこの場合──、ヴィヴィアンだろう。

 何のために……、と思いながら再び中を照らすと、そこには思いがけない物があった。


「これって、まさか……『桃色の神聖樹の実』? なんで、こんなところに……」


 とっさに疑問に思って首を傾げたが、ふと思い出す。

 そういえばあの日、神聖樹からこの実を受けとったものの、結局リュイノーマには渡せなくて、何となくここまで持ってきていたのだ。

 あとで食べようと思って、すっかり忘れていた。

 たぶんエリーがその存在に気づいて、持っていてくれたのだろう。保存魔法をかけて。大切に、大切に……。


 洞に入って、置かれている『桃色の神聖樹の実』をそっと手に取る。

 まるで取れたてのような張りとみずみずしさが、手のひらに伝わってくる。両手でそれを抱えながら洞を出ると、感慨深い思いを抱きながら大樹を見上げる。


「ずっと、護ってくれていたんだ。ありがとう、エリー。本当に、ありがとう……」


 そう声に出すと、緑色の優しい瞳をもつ精霊が、満足そうに笑っている姿が見えたような気がした。


 ヴィヴィアンはその場にペタンと座り込むと、その柔らかな果肉にかぶり付く。

 優しい甘みとかぐわしい香りは、ひとつで十年は寿命が延びると言われる霊果だけのことはある。

 だけどそれだけじゃなかった。精霊の優しさと思いやり、慈愛にあふれた真心が、落ち込んでいたヴィヴィアンの心にしんしんとしみてくる。


「おいしい。すっごく、おいしいよ」


 ぽたぽたと涙が溢れるが、せっかくの水分が流れ出してはもったいない。

 鼻水をすすってグッと泣くのを我慢する。


 それでもなぜか『桃色の神聖樹の実』は、ほんの少しだけ塩辛い味がしていた。





ご読了、ありがとうございました。


いきなり悪夢から始まったヴィヴィアン。

廃宇宙船?の暗がりを進むって、おお怖~~~。


次回、『3.ここはまるで袋小路のような』後半。

エリュシオン、ついに登場!?

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