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4.それは三週間の有給休暇で②

お読みくださり、ありがとうございます。


ドグに泣きつき、三週間の休暇をもらったヴィヴィアン。

さっそく宇宙空港へ向かいますが……。

2 エリーとシオン


 東方のシャンデール宇宙空港までは高速地下鉄を乗り継いでいく。最終都市でリムジンバスに乗り込み、そこからは広大な施設内までノンストップだった。

 バスを降りると、網膜と魔力パターンによる本人確認のゲートがある。警備のための厳めしいAIロボを横目で見ながら、何事もなく無事にそこを通り抜ける。


 その先の案内は、人工角膜をデバイスとするAR(拡張現実)だった。

 広い施設内で遠目に見えるのは小鬼族かお掃除ロボくらいで、エルフは一人も見当たらない。

 ここでも絶滅危惧種のエルフは数が少ないらしい。労働のほとんどは、機械と小鬼族によって担われているようだった。


「ここか……」


 さらに地下深く、ARの案内通りに進んだ先には、無機質な白い扉が行く手を阻んでいる。表示プレートには『エリュシオン』の名があった。

 なんとなくワクワクした気持ちで大きな扉の前に立つ。それから扉の中央に右手を掲げて、そっと魔力を流し込む。

 すでに管理者権限はヴィヴィアンに移っていたらしく、扉は何の抵抗もなくスッと消滅する。

 中に足を進めたヴィヴィアンは、内部の照明が灯ると同時に、思わず「うわあっ」と感嘆の声を上げていた。


 流線型の美しい船体が白い輝きを放っている。

 小型と聞いていたが、さすがに宇宙船らしく圧倒的な大きさである。広い格納庫の奥まであるが、ヴィヴィアンの立ち位置からは船首を見上げるばかりで、全貌がまるで把握できない。


「……これがエリュシオン。すごくキレイ。最低限の手入れしかしていないって聞いたけど、どこもかしこも見事にピッカピカだよ。すごい。ホント今すぐにも航行できそうじゃない。いや、航行はしないんだけど、さぁ……」


 本気で美しい船体に見とれていると、デバイスにエリュシオンからの歓迎のメッセージが流れてくる。

 それと同時に、目の前に小さな魔法陣が二つ浮かび上がる。その中から現れたのは、エルフのようにスラリとした一組の美しい男女だった。


「うわぁ。人工精霊か。ああ……。もしかしてドグが付けてくれた?」


 女性タイプの精霊がひかえ目にほほ笑む。白い肌に長い緑の髪がさらりと流れている。その瞳も深くやさしい緑色だった。


「はい。お初にお目にかかります。ヴィヴィアン・ジュリアロス・ベルコ様。お待ちしておりました。心より歓迎いたします。エリュシオンへ、ようこそ」


 男性タイプの精霊も上品なほほ笑みを浮かべている。浅黒い肌に紫紺の髪。瞳も紫紺の精霊は、土系統の精霊なのだろう。


「長旅、お疲れ様でした。ヴィヴィアン・ジュリアロス・ベルコ様。ようこそ、エリュシオンへ。早速こちらへ。ご案内いたします」


 思ってもみない歓迎を受けて、なんとなく面はゆい気持ちになる。しかし、ここで照れていても仕方がない。


「いやあ。なんというか、わざわざ悪いね。まあ、たったの三週間足らずだけど、よろしく頼むよ」


 ここへは単に、ふて寝をしに来ただけなので、なんとなく決まりが悪い。

 こんなにきれいなコンシェルジュを二人も付けてくるなんて、ドグの過保護っぷりがうかがい知れるというものである。

 とにもかくにも二人の案内に導かれ、ヴィヴィアンは船から降りてきたタラップにのって船内へと足を踏み入れた。


 船内は外見の瀟洒なたたずまいとピッタリと言うべきか、かなりラグジュアリーな内装だった。

 この極端な高級志向は、質素を旨とするドグミッチの好みとは思えない。

 先代か先々代の管理者か、もしかしたら千年前に栄華を誇っていたエルフの趣味なのかもしれない。


 広いホールには赤いフカフカの絨毯が敷き詰められ、片隅のスペースには艶のある重厚なテーブルと、美しい布張りがされた豪奢なソファのセット。数段高くなったステージには金縁の白いグランドピアノ。高い天井からは細かなガラスが散りばめられた、大型のシャンデリアが提げられている。

 あちこちに良い香りを放つ植物が置かれ、船内なのに小川に見立てた水が流れているあたりは、ややエルフらしい趣といえるか。その全ては王侯貴族の邸宅みたいな、とんでもなくカネが掛かった代物である。


 こんなものをホイホイと何百隻、何千隻と造っていれば、そりゃあ破産もするだろう。

 エルフの歴史はさわりくらいしか知らないが、こういったものを見ていると栄枯盛衰。奢れる者は久しからず、といった感じがしてくる。

 きらびやかな栄華のかげに退廃的なけだるさが感じられて、それはどこか、もの悲しく見えてくる。


「こちらへどうぞ」


 その豪華な大広間を横切った先には、エレベーターがあった。先に乗り込んだ緑の精霊に続いて、ヴィヴィアンも乗り込む。

 振り返ると、紫紺の精霊は二人が乗り込むのを見届け、軽く頭を下げた。


「私はラウンジにてお待ちしております。お疲れとは思いますが、ヴィヴィアン様にはまずメディカルチェックを受けていただきます」

「メ、メディカルチェック? あぁ……。うん。まぁ、よろしく、頼むよ」

「はい。ここからは、私がご案内させていただきます」


 中階層にあった大広間に紫紺の精霊を残し、エレベーターはさらに下の階へと移動する。

 そこには夜空を思わせるような回廊が続いていた。到着した医務室の様子は現代とあまり変わりない。


 身体計測から始まって、血液採取や全身スキャンなど一連の健康診断が自動で行なわれる。

 出発前にドグからも、しっかりと健診を受けるように釘を刺されていたが、精霊という見張りがいてはサボることもできない。


「お疲れ様でした。これにて検査は終了です。異常はありませんでしたので、最終準備を行わせていただきます。少しお時間がありますので、ラウンジにてご休憩ください。ご案内いたします」

「はぁ。ありがとう。体をいじられるのは、どうも苦手でね。無事にすんでよかったよ」

「さようでございますね」


 やさしくほほ笑む緑の精霊に、ヴィヴィアンは思わず和んでしまう。

 見た目もとてもキレイで癒やされるが、加えて人当たりがよく、なんとも物腰がやわらかだ。

 検査着の上に羽織る薄いガウンのようなものに袖を通しつつ、「若いのに落ちついているなぁ」なんて思っていると、「こちらです」と再びエレベーターへと案内される。


「それから、コールドスリープ前のお食事は推奨されませんので、ラウンジでは日光浴をおすすめしております」

「なるほど。じゃあ、プラントモードで光合成させてもらおうかな。それと水を一杯もらえる?」

「かしこまりました。ラウンジにてご用意させていただきます」


 体中の細胞に意識を向けてうっすらと魔力を流すと、ヴィヴィアンの褐色の肌がしだいに薄緑色を帯びてくる。

 再び乗り込んだエレベーターが最上階にたどり着く頃には、灰黒色の髪も深い緑色がかっている。全身が緑っぽくなったヴィヴィアンは、ふと隣に立つ緑の精霊を見つめる。


 今のヴィヴィアンは、彼女と同族であると言っても、あまり違和感がない。緑色の肌といってもまだまだエルフっぽいので、ゴブリンには似ていない。

 あの濃い緑色のゴブリンではなく、あくまでもこの美しい緑の精霊に似た色だ。


 大事なことなので繰り返すが、決して、絶対に、断じて、ゴブリンには似ていない……はずである。


「うわぁ。本当に日の光じゃないか。ここは地下なのに、まぶしいくらいの太陽だね」


 気を取り直して足を踏み出すと、最上階のラウンジはサンサンと光が降り注ぐ、心地よさげな温室に似た庭園だった。

 もちろん人工照明であり、映像で作り出された景色なのだが、生い茂る木々の向こうには、本物と錯覚するくらい輝く青空が広がっている。


 白い雲と、澄み渡る青空──。こんなふうに澄んだ空の色は、どうしたってあのリュイノーマの瞳を思い出させる。

 だが今はまだ、それについては考えるべきではない。

 ダメダメと、左右に首を振って、その面影を無理矢理に振り払う。


 それから浅黒い肌を持つ、美しい紫紺の精霊がたたずむカウチソファへと向かう。

 そばにあるサイドテーブルには水差しが用意してあり、ヴィヴィアンが腰を下ろすと、紫紺の精霊がコップに注いで手渡してくれる。

 お礼を言って受けとり、口に含んだ冷たい水は、心地よくノドを通り抜けてゆく。

 ぷはぁ、と言いたくなるくらい美味しくて、まさに生き返ったような心地だ。


「ああ、やっとひと息つけたよ。そういえば、まだ二人の名前を聞いていなかったね。私は知っての通り、ヴィヴィアン・ジュリアロス・ベルコという。ヴィヴィアンでいいよ。それで、君たちの名前も聞いていいかな? まさか名無しってわけじゃないだろう?」


 別に『緑の精霊』と『紫紺の精霊』でも彼らは気にしないのだろう。

 けれど三週間ほど眠りっぱなしの間も、ずっと世話になるのだから知っておいてもいいはずだった。

 だが精霊たちはお互いに、困ったように顔を見合わせている。


「えっ、何? まさか……」

「はい。私たちにはまだ、名前はございません。私たちはヴィヴィアン様の到着の少し前に覚醒したばかりですので」

「ですから、図々しいこととは承知致しておりますが、もしEX(エクストラ)・エルフであるヴィヴィアン様にお名前を頂けるなら、これ以上の至福はございません」


 その言葉を聞いて、ヴィヴィアンは思わず目を見張る。


「え、え~~~っ! ウソでしょう? 一体ドグは、なにを考えてるんだ? なんでそんなに大切なこと、ちゃんと済ませておかないんだよ」


 一瞬ではあるが、思わずドグミッチの正気を疑ったほどである。

 たとえ人工的に生み出された精霊とはいえ、本質的には自然発生する精霊と何も変わらない。

 最初はそばにいるエルフを親と思っていても、名付けがなければ、やがて自由に動き回り、自然の中へと還ってしまう。

 ところがエルフに接して変に知恵を付けてしまった人工精霊は、自由を得た後に、エルフや他の精霊に対して問題行動を起こすことがある。大きくタガを外せば、いわゆる悪霊と化してしまうのだ。

 それを防ぐためにも、人工精霊にはきちんと名付けをして、必ず縛りを付けないといけない。


「わたしに、この精霊たちを任せるって、そういうことなのか?」

「はい、是非とも。私たちの名付けを行ってください」

「どうか何とぞ、よろしくお願いいたします」


「ええ~、っと……、あ……、ん……」


 二人とも、いつの間にか地に膝を付いて、ヴィヴィアンにすがるようなまなざしを送ってくる。

 彼らも悪霊となるのはイヤなのだろう。ヴィヴィアンだってそれは忍びない。

 名無し、と気づいてよかったし、気づいたからには早めに名付けた方がいいのだが……。


 名付けの責任は重大である。名付けた者は、その精霊の親も同然なのだ。ちゃんと躾けなければいけないし、いろいろと目を配ってやらないといけない。

 とはいえ、彼らは見た目からして上位精霊のようだし、すでに色々なことを理解しているらしい。

 ここまでのヴィヴィアンへの接し方からして、改めて躾けることもそうはないのだろう。


「やっぱりこれも、ドグの過保護なのか……?」


 もはやそれ以外の何ものでもない、としか思えない。

 だが、たったの三週間ほどしかここに居ないのに、勝手に名付けをしてしまっていいものかと不安に思うのもある。

 ドグミッチはどこまで見越しているのやら……。


 幸いにして、ヴィヴィアンは精霊との親和性が高い。それは精霊に好かれやすいと言うことである。

 その影響か、この二人もヴィヴィアンを親としても、すでに文句はなさそうである。


「分かったよ。二人には、私から名前を授けることにする」

「「はいっ! ありがとうございます!」」


 これまでで最大の期待が込められるまなざしに、チョットだけプレッシャーがかかる。


「えっと、じゃあまず、緑の髪のキミから……。う~ん。そうだなぁ」


 ヴィヴィアンはたおやかで優しげな、緑の精霊を見つめながら考える。

 樹木の精霊のようだから、どこかに命運をともにする宿り樹があるんだろうけど……。もしかしてそれは。このエリュシオンの船内にあるのかもしれない。

 船内に樹はたくさん生えていそうだし、それらの手入れをするにも樹木の精霊の力は必要だろう。

 それに樹木の精霊は、あまり自分と命運をともにする樹から離れられないし。


(エリュシオンか。エリュシオンの精霊……。エリュシオン……エリ……)


「よし、決めた。キミの名は今日から『エリー』だ」

「はいッ! ありがとうございます! 『エリー』ですね。エリー……」


 うれしそうに新しい名をつぶやく精霊は、ほんのりと輝いて見える。

 どうやら気に入って、名前を受け入れてくれたようである。


「で、紫紺の髪をもつキミのほうは……」


 土の精霊は小柄な印象だが、彼はスラリと背が高く、エルフに似た体型をしている。おそらく他の因子を多分に含んでいる気がする。闇系かな? きらめく紫紺の瞳は、吸い込まれそうなほど妖しく深い。

 これはエリュシオンそのものだと、ヴィヴィアンは直感する。


 船体は輝くような白だが、実際に内包しているものは退廃的な闇──。最初からそうだったのか、時とともに変化したのかは分からない。

 だが恐らく彼こそが、この船の守護者であり、その核に最も近い存在。

 ならば、その名はもう決まっている。


「キミは、『シオン』だ」


 そう告げると、シオンは目元をほころばせて控え目にほほ笑む。


「『シオン』。この名、確かに承りました」


 噛みしめるように告げる彼も、ほんのりと輝き始める。同じくこの名を気に入ってくれたようだ。

 結果、二人の精霊の名付け親となってしまったのだが、なんでこんなことになったのだろう。

 ヴィヴィアンとしては、ちょっと『ふて寝』をしに来ただけなのだが。


「まあ、いいか。それじゃあ、エリー、シオン。とりあえずは三週間、よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願い致しますね」

「ご安心ください。必ず最後まで、お守り申し上げます」


 二人がそう言って少し下がったのを見て、サイドテーブルにあったアイマスクを手に取る。そうして視界がふさがれると、誰かを思い出させるあの澄んだ青い空を、これ以上見つめなくともすむ。

 カウチソファの上に足を投げ出して、ころんと仰向けに転がる。


 日差しが暖かくて、体中がゆっくりと光のエネルギーを取り込んでいっているのが感じられる。

 なんだかこのまま眠ってしまいそうな感じだった。

 いろいろあってずっと緊張していたし、思った以上に疲れていたのかもしれない。


 いや。わずかだが、体の中に異変が感じられた。さっき飲んだ水。あれに睡眠導入剤が含まれていたらしい。

 もしかしたら、このままコールドスリープに入るのだろうか。

 ふと、不安がよぎったが、精霊が名付け親を裏切るとも思えない。


(いや。水を飲んだのは、名付ける前だっけ? あれ? これって……、ほん、とうに……だい、じょう……ぶ……???)


 疑問符がたくさん浮かんできたが、ヴィヴィアンの思考はどんどん拡散していく。


(でも、暖かいし、気持ちいいし……、まっ、いいか…………。うん。もう……。こうなりゃ……、……なるように……なる、だわ………………)


 最後に、白銀の髪をゆらしてほほ笑む、水色の澄んだ瞳を見たような気がしたが……。

 ヴィヴィアンの記憶は、そこからプッツリと途絶えたのだった。





お読みくださり、ありがとうございました。


宇宙船って、なんだかワクワク。

かしこまる、美しくカッコイイ精霊にもドキドキ。

そしてコールドスリープ……………………………………。


次回、「3.ここはまるで袋小路のような」前編。

ヴィヴィアン、暗黒時代に突入! 最大の危機ピンチ

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