3.それは三週間の有給休暇で①
お読みくださり、ありがとうございます。
失恋は自分を否定されたようでつらい。
立ち直る方法は人それぞれ。ヴィヴィアンの場合は……。
では、続きをどうぞ。
1 ドグミッチ
「なるほど。それはまた、ずいぶんな災難だったね」
新しく入れ直されたお茶をすすり、ドグミッチは遠い目をしながらそう慰める。
ドグとしてはいろいろと思うところがあるのだが──。
まずは目の前の、まだ若い多感なエルフの心のケアが優先される。あまりこじらせて、後を引くようなことにはなって欲しくない。
小鬼族から渡されたタオルを一枚、ぐしょぐしょに濡らしたヴィヴィアンも、語り終えると少しは落ちついてきたらしい。
目元は晴れ上がって、端整な顔立ちは見る影もないが、新しいタオルを自分から要求するくらいには余裕が生じていた。
「……ドグ。東方のシャンデール宇宙空港にある、エリュシオンの管理者権限を貸して」
「ほ?」
「ついでに有給休暇、300年」
ドグはそのしわしわの顔にも、さして表情を出さないまま、じっとヴィヴィアンを見つめる。
確かに職場の上司であるドグミッチに、有給休暇を申請するのは間違っていない。しかしその内容は、聞いたこともないような突拍子のないものである。
その突拍子もない申し出と、これまでの話との接点を「ふむ」と考えてみる。
「……宇宙まで傷心旅行かの? しかし300年は、ちと長いの。帰還の頃には、わしはもちろん、リュイノーマも神の庭に召されておるかもしれん。わし、こう見えて223歳ぞ」
「ドグなら600年は生きられる。いや、『桃色の神聖樹の実』を食べてるんだから、1000年くらいは余裕で生きるかもしれない」
「ヴィーがいなくなったら、それも滅多なことでは食べられんがな。まぁ、そうでなくてもエルフの平均寿命は300年。ご長寿様でも400年を超えた方はない。知っておるだろうに」
「じゃあ、3年」
300年から3年とはこれまた、いきなりの短縮である。
最初の300年がハッタリだとしても、あまりにも飛躍しすぎている。
「今のエリュシオンは最低限の手入れしかしておらん。3年で往復するとなると、行けるのは第三惑星までだ。通常の宇宙航行はできるはずだが、オーバーホールをやらんとワープ航法は使えん。モノはいいが、今となってはずいぶんな年代物だからの」
「それで十分だよ」
ヴィヴィアンは本心からそう思っているようである。
ドグミッチは腕組みをして、またまた「ふむ」と考え込む。
エルフたちが最も栄えていた時代──。数千年ほど前は、宇宙への大航海時代があり、数多くのエルフが新天地を求めて宇宙へと旅立ったという。
しかしそれも予算の都合などから、あまり長続きはしなかった。そしてその頃をピークに、エルフはしだいに数を減らし始め、いまでは絶滅危惧種と成り果てている。
宇宙に旅立っていったエルフがどうなったかは、知るよしもない。今となっては大昔の神話だ。
ただしその技術は今もなお継承され、各地には宇宙航空関連の設備もなんとか残されている。大々的な宇宙旅行こそないが、観測衛星の保守などのために細々と活用されている。
エリュシオンは千年ほど前、その大航海時代の終焉の頃に作られた小型の宇宙船だった。
東方のシャンデール宇宙空港に格納されているが、最後に航行したのは二百年も前である。ドグミッチがまだ若い頃の話だ。
巡りめぐってその所有者はドグミッチ個人となっているが、彼自身が動かしたことはなかった。
ドグミッチはあらためて、泣きはらして鼻の頭まで真っ赤なヴィヴィアンを見つめる。
「有給休暇は一年で更新。最長でも三か月だ。特に理由もなしに三年も休んだら、そのポストはなくなると思え」
「ええっ! じゃ、じゃあ、しょーがないから、三か月で」
「ふむ。だがしかし、衛星までなら……。三か月といわず、一週間ほどで往復は可能だぞ?」
「いや、別に……飛ぶつもりはないから」
「ほ?」
「だから別に、宇宙旅行をしようってんじゃないんだよ」
今度こそドグミッチの目が点になる。
「宇宙船を借りたいと言いながら宇宙に飛ばないとは、どういう了見だ? むむむっ! まさか……」
ドグミッチの視線がうろんなモノに変わる。
「報復攻撃は感心せんな、ヴィー……。エリュシオンの主砲、プラズマ砲を食らえば、いくら出力を絞っても、この研究所くらいは一瞬で消滅してしまう。おまえは見境のない殺戮を行うつもりか?」
「いやいや。何を言ってるの。さすがに、ジルルコひとりに宇宙船のプラズマ砲はないでしょ。やるなら片手の火炎魔法で充分だし……。ていうか、報復なんてしないから」
「ウソじゃ」
「ウソじゃないってば。まあ、確かにジルルコは遠慮がないというか、人の気持ちを気づかうところがないから、いちいちカチンとくるけど。あれでも悪気はないからね」
「では、リュイノーマか……」
ヴィヴィアンの視線がふとそらされる。
揺れる瞳からして、まだ動揺は収まっていないらしい。
「リュイノーマに対して報復攻撃を……」
「いや、だから報復はしないってば! ちょっと頭を冷やしたいんだよ!」
ヴィヴィアンはそう答えたが、ドグミッチの疑うような視線は変わらない。
「……エリュシオンの管理者権限を得て、宇宙へと傷心旅行するでもなく、報復のプラズマ砲をブチかますでもなく、一体どうやって頭を冷やすつもりだ?」
ドグミッチの疑問はもっともである。
べつに隠し立てするつもりはないのだが、自分でも少し子どもっぽいかと思い、ヴィヴィアンはすねたように口を尖らせる。
「だから最初から、そんなたいそうな事をするつもりはないっていうか……。チョット、ふて寝でもしようかと思っただけで……」
「ほ?」
「だから、ふて寝! しばらく眠り続けていたら、頭も冷えると思ってさ。だけどきっと、数日くらいじゃ足りないから、数年とか……。そんなことを考えてたら、ふとドグのエリュシオンを思い出してさ。そこだったら、コールドスリープができたな~、って」
「ほほ……? コールドスリープとは、また……。なる、ほど?」
肩の力を抜いたドグミッチは、どさっとイスの背もたれに体重を預ける。
いつの間にか、前のめりになってヴィヴィアンに詰め寄っていたらしい。
「ほふっ」とため息を吐いて、再び入れ直されたぬるめのマグカップを手にしながら考える。
確かに嫌なことがあったときは、思考をリセットするための『ふて寝』も良いだろう。
実際の深刻さは分からないが、自暴自棄になるでもなく、思ったよりもヴィヴィアンは冷静なようである。
コールドスリープは惑星間移動のための冷凍睡眠装置だが、一方通行のタイムワープとして使えないこともない。
何も考えずに、グッスリ眠る──。
それがヴィヴィアンなりに思いついた、気持ちの整理法なのだろう。
「──三週間だ」
「えっ?」
「三週間のエリュシオンの限定付き管理者権限と有給休暇を与える」
その言葉に、ヴィヴィアンは顔を上げて、ぱっと瞳を輝かせる。
「いいのっ! やったぁ! ありがとう、ドグ! 大好きだよ!」
「おわっ。おっ、ふっ!」
デスク越しに飛びつかれて、ドグはまたしてもお茶をこぼしそうになる。アタフタしているうちに、首にまで手を回して抱きつかれ、まるで小さな子どもがするように頬ずりされる。
「やれやれ。これでは、まだまだ子どもだな。一体、いつになったら親離れするのやら……」
「ん~……。一生、ムリかも。もう、わたしにはきっと、ドグだけだよ……」
そんな誰よりもかわいい娘のために、ドグミッチはその大きくなった体を受けとめる。それから長く伸びた艶やかな灰黒色の髪を、そっとなでてやる。
本当に月日の経つのは早いものである。この間まで足元をチョロチョロしていた小娘が、いつの間にか一人前になって、恋心まで知るようになった。光陰矢のごとしとは、よく言ったものである。
天才と言わしめたドグミッチ・メイケリル・カルバハルも、エルフとしてはすでに老境に差し掛かっている。いつ神の庭に召されてもおかしくはない。
(そろそろ……、なのかも知れんな)
──そのシワにうもれた瞳に、ひっそりとある決意が秘められていることを、ヴィヴィアンは知るよしもなかった。
お読みくださり、ありがとうございました。
ようやく「ふて寝」が出ました。
だけど冷凍睡眠装置……。ちょっとコワイ。
では、次回「2.それは三週間の有給休暇で」後編。
そうだ。宇宙空港へ行こう!




