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21.そうして物語は始まった②

お読みくださり、ありがとうございます。


三精霊を従えたヴィヴィアン。

条件を突きつけます。

そのふたつ目の条件とは……。

2 サン


「あー、それから、ふたつ目の条件なんだけど」


 ヴィヴィアンは改めて三精霊を見つめる。


「君たち三人にはエンドスカルの下についてもらう。ドクロ公爵なら、イイ感じでおまえたちを采配してくれるだろう。

 ただし、エンドスカルは精霊の言葉が分からない。よっておまえたち三人には、まず最初に、我々エルフの言葉を話せるようになってもらう」

『は、ははッ!』


 三精霊はもはや否応もなく、当然のように受け入れている。


「エンドスカルも、それでいいかな? たしか人工精霊の育成プログラムがあったはずだ。どこまで使えるか分からないけど、エリュシオンとも連係していろいろと試してくれ」

「わかりやした。お任せくだせえ。

 あたしが責任を持って、そこの三人の面倒をみやしょう。……残されたエルフ文明の総力を以って、骨の髄まで言葉をたたき込んでやりやす」


 座したままだが、エンドスカルの口調には真剣を突きつけるような凄みがある。

 ヴィヴィアンは「頼んだよ」と応えて、うんうんとうなずく。もくろみ通りに荷物を押しつけることができて、「よきかな、よきかな」とあらためてつぶやく。


 ホネだけど、なかなか立派な教育係になりそうな感じである。

 ある意味、ヴィヴィアンよりも、よっぽど恐い存在かもしれない……。


 そんなことを思っていると、反対のとなり側から、ちょい、ちょい、と袖の生地が引っぱられる。

 見ると大樹の精霊が『ボクも……』と告げて、大きな深緑の瞳で、上目遣いにヴィヴィアンを見上げてくる。思わず吸い込まれてしまいそうなほど、美しく愛らしい瞳だ。


「おまえもエルフの言葉を覚えたいのか?」


 コクコクとうなずいて見せる精霊に、「それは構わないが……」と少し考え、エンドスカルに目をやる。


「ここでうっかり許可して、聞きつけた参加希望者が無限に増えても困るよな。まぁ、何事にも例外というものはあるか。

 ……コイツだけはおまえの責任でもあるんだぞ、エンドスカル」

「へい。そいつは確かにご尤もでやんす。こちらの樹を斬っちまったのはあたしですからね。あたしがそちらの面倒もみさせていただきやしょう」

「そうか。よかったな。これからは、このエンドスカルがいろいろと面倒を見てくれるぞ」


 大きな瞳をぱちくりと瞬かせる大樹の精霊は、分かっているのかいないのか、ヴィヴィアンの影からそっとエンドスカルを見つめる。


「ついでに、おまえが名前を付けてやったらどうだ? 面倒を見るのに、名前がないのは不便だろう」

「……そいつは、どうでやんしょう」


 しかしエンドスカルは、にわかに渋い顔になる。


「あたしには、チョイトばかり荷が重いでやんす」

「ん? なぜだ」

「所詮あたしゃ、しがないAIでやんす。シリアル番号を振るってぇならともかく、そういったクリエイティヴな仕事は、カンベン願いやす」


 意外にも、マニュアル通りの回答だった。実は名付け行為というのは、相手がなんであれAIにとって禁止事項にあたるのだ。

 AIに課された、エルフとの線引きのひとつである。AIが所有を主張するのを防ぐため、とされている。とは言え、()()()()はすでにその線を越えている。


()()だろ、()()()()()()。そう深く悩むな。べつに長ったらしい、立派な名前でなくってもいいんだぞ。いや、そこの三精霊よりも立派な名付けは、かえってよくないだろうしな」

「滅相もありやせん。たしかにあたしはエンドスカルと名乗っておりやすが、そいつは役名みたいなもんでして……。どうかご勘弁を」

「役名だって立派な名前だろ」


 名付けから逃げることを、ヴィヴィアンは許すつもりはない。エルフ社会はもう存在しないのだ。誰からもとやかく言われることはない。

 それに、機械知性や人造生体に魂はないというが、果たして本当にそうなのか。少なくともヴィヴィアンは、それに近いものをエンドスカルから感じていた。

 エリュシオンもそうだが、効率や成果といった理論的思考からはかけ離れた、ムダとも呼ばれる感情の波をとてもうまく使いこなしている。

 それもプログラムだと言うが、生き物にだってプログラムは組み込まれている。

 そこにどれほどの違いを求めるというのか。


「どう見ても、おまえはエンドスカルだ。骨の髄からな。それ以外の何ものでもない」

「お嬢……」

「そうしてこの子の名付けは必要だ。そこの三精霊にも新たな名を付けてほしいくらいだが、まあそれは追々だな。

 ここを仕切るとなったら、場合によっては他の精霊にも名付けが必要になる。その最初のひとりを、この子にしてもらいたいんだ」


(そうして、わたしはできるだけラクして過ごすのだよ)


 本音の部分は押し隠して、ヴィヴィアンはエンドスカルを見つめる。

 もっとも精霊に名付ける場合、少なくとも精霊との間に信頼関係がなければムシされて終わる。それ以前の問題として、言霊が使えなければ、名付けだと気付いてすらもらえない。

 禁止事項になくとも、AIに精霊の名付けは、非常にむずかしいものがある。


「あたしにできるとも思えませんが」

「わたしがサポートする。できるに決まっているだろう」


 ヴィヴィアンが当然のように言い切ると、ようやく観念した様子で「参りやした」と頭を垂れる。

 その姿を見ると、ヴィヴィアンはニッコリと笑って、背後の精霊を振り返る。


「よかったな。このエンドスカルが、おまえに名前を付けてくれるぞ」


 大樹の精霊はうれしそうにコクコクとうなずいて、期待を込めた瞳をエンドスカルにむける。


「どうだ。時間を掛けて決めてもいいが、こういうのは直感の方がしっくりすることが多いぞ」

「そうでやんすね。では……〈サン〉というのは、いかがでやんしょう」

「ほう。いいんじゃないか。どうだ〈サン〉」


『〈サン〉……。ボクの名前』


 そうつぶやいた大樹の精霊の体が、やわらかい光につつまれる。

『おおっ』『うわっ』『すっげぇー』と目を見張る三精霊。

 ほわりと発光したかと思うと、大樹の精霊は少しだけ背が伸びて大人びた姿に変わる。と言っても、まだまだ子どもっぽいが、ずいぶんと成長したようである。


『ありがとうございます。エンドスカル様。ジュリアロス様』


「サン、その名は光に恵まれた者、という意味が込められておりやす。その名に恥じぬよう、堂々とお天道様の下を歩めるよう、励むでやんす」

「──光に恵まれた者、か。いい名前だ。よかったなサン。エンドスカルの気持ちを裏切るなよ」

『はいっ!』


 元気よく返事をするサンは、とても誇らしげに胸を張る。それをどこか羨ましげに眺める三精霊。


「おまえたちもよい働きをすれば、いずれ改めて名を授かることもあるだろう。エンドスカルのもとで、しっかりと励めよ。ああ、それから……」


 ヴィヴィアンはふと思い出して、三精霊に向き直る。


「おまえたち、ちゃんとエンドスカルにコートを返しておけ」

『あいや……。ええっと、それは……』

『……そんなもったいない』

『いいじゃん。へるもんじゃなし……』


 なぜか目を泳がせる〈がん〉を筆頭に、〈すい〉と〈もく〉も明らかに不満顔になる。


(そんなにハダカのエンドスカルを見ていたいのか? 拝んでいたいのか? おまえら揃いもそろってヘンタイ精霊か?)


 ヴィヴィアンはニッコリ笑顔を作って、小首を傾げる。


「あれがないと、まぶしくて仕方がないだろう。エンドスカルだってカゼをひく。それとも何か。返せない理由でもあるのか?」

『いっ、いいえ。滅相もない。すぐさま、お返しいたします』

「うんうん。そうか。よかったな、エンドスカル。コートは返してくれるそうだぞ」


「……そいつはありがたい。お嬢、お手数をお掛けしやした」


 そんなやり取りに気づいているのかいないのか、なぜかガッカリした様子の三精霊に、サンだけがキョトンとかわいらしく小首を傾げていた。




3 それから


 そうしてジュリアスの森にて、ヴィヴィアンたちと精霊たちの新しい生活が始まった。

 崩れかけていた神殿はキレイに修繕され、さらにヴィヴィアンとエンドスカルのための住まいとして、居心地良く改築されていく。

 できたばかりの野外円卓では三精霊とサンがエルフの言語を学び、エンドスカルとのやり取りも次第にスムーズになってきている。


 地下ではエリュシオンと一緒に船内の機能回復に努め、ロボットたちを使い古代遺跡となったシャンデール宇宙空港の探索を進めていく。そこでエルフ文明の遺物を発掘して使えそうな物は回収し、ついでに三千年前にエルフが滅びた原因を探っていく。


 だが指針は過去へではなく、未来へと向かっている。


 秘密基地として地下施設の整備拡充をひそかに進めながら、森の外へとエネルギー探索に出ることを最優先事項としている。

 エリュシオン言わく、とにかく『腹が減ってはVTR(録画映像)も見れぬ……』であるらしい。


 それからヴィヴィアンはまた、様々な精霊たちに案内されて森の中を見て歩く。

 そしてチンチャードワーフからまたイチゴをもらったり、オオアクマスズメバチに紹介されたオオハナミツバチから美味しいハチミツをもらったり、約束通りオオヒョウナマズのヌシのもとへ遊びに行ったりしていた。


 ヴィヴィアンが霹靂でダウンさせたドングリ・マシンガンのAIロボも、結局はハコだけの存在だった。

 表面をまたキレイに整えて、精霊たちのオモチャ……。いや、外部から侵入してきた者への威嚇要員。森の守護神として、再び今まで通りに働いている。




 そしてきれいに晴れ渡ったある日、芽吹いて育った苗の中から一番元気のあるものを一つ選んで、よく日の当たる小高い丘の上にヴィヴィアンは立っていた。

 そこは見晴らしも良く、神殿にも近い。風が気持ちよく通り過ぎてゆく。

 ここに大樹が育てば、きっとここちよい葉擦れの音を響かせてくれるだろう。


「エリー。君のおかげで毎日を楽しく過ごしているよ。ここで何ができるか分からないけど、せいいっぱい生きていくよ。また見守っていてくれ」


 今はまだ頼りなく風に揺れる苗だが、あっという間に大きくなって、ここから森を、ヴィヴィアンを見つめてくれるだろう。

 約束通り小さなクスノキを植えて、ヴィヴィアンは改めて感謝の気持ちを示した。

 そして3579年の過去と決別し、この世界で生きてゆく決心を告げたのだった。




 そんなこんなで忙しくも賑やかな日々を過ごし、いつの間にか季節は夏になっていた。

 そしてまた新たな出会いが、ヴィヴィアンに訪れる




 ある嵐の夜のことだった──。その夜は、ことさら風が強く吹き付け、ひどい雨が降り続いていた。

 そんな中、見回りに出ていたエンドスカルが、ずぶ濡れになって慌てて帰ってくる。

 その腕には小鬼族(スターフィス)に似た、見たこともない小さな生き物を抱えて……。


『……ニンゲンの子どもだ』


 ささやくように告げるサンの言葉に、ヴィヴィアンは眉をひそめる。


「ニンゲン?」


 それは、これまでに見たことも、聞いたこともない生き物の名前だった。

 だが、この幼い〈ニンゲン〉との出会いが、ヴィヴィアンの想像を超える世界へと導き、そこから新たな物語への扉を開くのだった。





ご読了、ありがとうございました。


以上、「3579年のふて寝エルフがたったひとりで目覚めたら」でした。

最後までお付き合いくださり、心より感謝します。


ここから、また新たな物語が始まりますが……。


またしばらく、ひとり書き溜めるので、続きの新展開upまでは気長にお待ちください。


では、またお会いしましょう。See You!

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