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20.そうして物語は始まった①

お読みくださり、ありがとうございます。


エルフたる力量を見せつけたヴィヴィアン。

森のおさたる三精霊と向き合いますが……。

1 〈がん〉〈もく〉〈すい〉


『偉大なる女神ジュリアロス様! 大変、申し訳ございませんでしたぁ!!!』


 大仰に地に額ずいて平伏し叫ぶ三精霊を筆頭に、周囲の精霊たちも静まりかえる。そうして同じように、かしづきひざまずき、または頭を垂れるなどして謝意と敬意を表してくる。

 ヴィヴィアンはそれらを見渡して、鷹揚にうなずく。


「ようやく理解してくれたようだな。わかってくれて、よかった。本当によかったよ。だがそのままじゃ話ができないだろう。とにかく面を上げてくれ」

『ははッ!』


 顔を上げたものの、未だ、おびえかしこまっている三精霊に、ヴィヴィアンはやや厳しい口調のまま告げる。


「だけど一点、訂正しておく。わたしは女神じゃない。ただのエルフだ。おまえたちを誤解させたように、何でもかんでも可能なわけじゃない。わたしに過度な期待はしないでくれ」


 要は、余計な面倒事を持ちこんでくれるな、という意味である。

 しかし岩の精霊はガンコに、その短い首を横に振ってくる。


『……しかしあなた様は、ずっとこの神殿で眠りについておられたジュリアロス様で、お間違えないのですよね。伝承では女神様とあるのですが、エルフとは女神様のことなのでは?

 しかも、このように立派な騎士様を従えておられる方が、ただ者であるはずがございません』


 背後に立つエンドスカルをチラ見しながら、納得いかないといった様子のアルセイスに、「その伝承なんだが……」とヴィヴィアンもしばし考える。

 とにかく話が長くなりそうなので、精霊たちをいったん解散させるように告げる。

 こんなに大勢に取り巻かれていたら、気が散って仕方がない。


 その間に、大樹の精霊の了解を得て、巨大な切り株の内側をくりぬいて丸いベンチにし、中心に余った材木を寄せ集めて丸テーブルを作る。あっという間に、野外円卓の出来上がりである。

 向かいは三精霊が席に着き、ヴィヴィアンの隣にはエンドスカルと、なぜか大樹の精霊がピッタリとくっついて座っている。

 

「あー。まずはもう一度、確認のために自己紹介から始めようか。わたしはヴィヴィアン・ジュリアロス・ベルコ。この神殿の地下深くでちょっと長く眠りすぎて、現在の世界の様子が全くわかっていないエルフだ。

 で、隣の虹色のホネがエンドスカル。またの名をドクロ公爵という。それから、こっちの大樹の精霊は……。エーッと、名前あるのか?」


 素体を持ったばかりの精霊は、若草色の頭をプルプルと横に振っている。「だろうな」とつぶやいて、ヴィヴィアンはその頭をポンポンとなでてやる。

 それから視線を三精霊に向け、「それで、おまえたちに名前は?」とたずねる。

 見た目は中位の精霊だが、これだけの森を維持しているとなると、ギリギリ上位に入るのだろう。

 名前を持っているに違いないのだが……。


『わしはこの森の(おさ)を仰せつかいし岩の精霊〈がん〉と申します。』

「……は?〈がん〉? それがおまえの名前ってことか」


 岩の精霊〈がん〉は厳めしい顔つきのまま首肯する。


『あたいは〈もく〉。木の精霊だ……です』

『わたしは〈すい〉。水の精霊、です』

「…………」


 ヴィヴィアンの顔が無になる。名は(たい)を表すというが、これはちょっと、あまりにもド直球ではないだろうか。

 まあ、それはともかく、名付け親は存在するということだ。それが誰なのか、今どうしているのかは気になるところだが、とりあえずそれは横に置いておく。


「で、さっきの話の続きだが、伝承だとここに眠るのは女神様だったんだな。それはどういう女神様なんだ? なんで眠りについたことになっている?」


(まさか『その女神のことを「ありえない」……と、大好きな人が言ってたのを聞いてしまい、そのショックでふて寝した』とかじゃないよね)


 その真実は、他にはドグミッチ・メイケリル・カルバハルが知るのみである。

 あのドグが、そんなことを誰かにペラペラとしゃべるとも思えない。

 一体、どういうことになっているのか、大変気になるところである。


『伝わる話では、ジュリアロス様は女神の中でも突出した力のある偉大なる御方で、滅びた後の世を新たに導くために、あの神殿で時を越えられている、と』

「滅びた……というのは、恐らくエルフ社会のことだよな。その世界が滅びたのはどれくらい前のことなんだ?」

『正確なところは分かりませんが、三千年以上は昔のことかと』

「なるほど……。それで、その世界が滅んだ理由は?」

『それも定かではありません。ですが、何かしら世界を二分するような大いなる争いが起こり、稀少な神々は後継を残さず消滅してゆくことになったとか』

「フム……」


 ヴィヴィアンはコールドスリープ前の記憶をたぐり寄せ、世界を二分する争いになりそうな事柄に思いを馳せる。

 当時から政治派閥や地域のいざこざは当然あったし、怪しげな宗教団体や研究施設もあった。

 ヴィヴィアンが眠りについた後も、おそらくいろいろあっただろうし、何が世界を二分したのかはすぐには思いつかない。


 けれど後継を残さず消滅というのは、まぁ、なんとなく想像ができる。

 当時もエルフが自らを絶滅危惧種と揶揄していたほどである。自然消滅しかかっていたのを、その争いがさらに加速させたろうことも想像できる。


「その言い伝えだと、どうやらエルフは神々という事になるな。しかしエルフを神と呼ばせるなんてな。これもエルフ至上主義の、教育の成果か──」


 小鬼族(スターフィス)の生存本能を利用して、エルフを敬うプログラムをしっかり組み込んである、という話を思い出しながら、ヴィヴィアンはつぶやく。

 まさか精霊にまで、それが伝播しているとは思わなかったが……。


「だけど残念ながら、わたしは、別に「後の世を新たに導く」ために眠っていたわけじゃない。ほんのちょっとの間だけ、のつもりだったんだ」


 そう。あくまでも三週間のはずだった。

 だが、そんな伝承があるという事は、単なる事故ではなく、誰かがそうなるようにコールドスリープの装置をいじった可能性が高い。

 少なくともここに眠り続けていることを知って、伝承とした者がいるはずなのだ。わざわざジュリアロスの名を残したのだから。


(やっぱりドグミッチ──、あんたなのか)


 ヴィヴィアンの脳裏には、飄々としてつかみ所のない小柄な老人の姿が思い浮かぶ。

 思慮深く温厚なドグミッチは、いつも暖かく優しくヴィヴィアンを導いてきてくれた。


 彼がヴィヴィアンに害をなすようなことを行ったとは思わない。

 だが、彼が何をヴィヴィアンに託し、こんなふうに時の彼方に飛ばしたのか、それがまるで分からない。


(……後の世を新たに導く?)


 だが、ここにはエルフの姿も見当たらない。滅んだと言われるのに、何をどう導くというのか。

 まだまだ何もかもが、分からないことだらけだった。考えることがいろいろありすぎて、整理が追いつかない。




 ヴィヴィアンはため息をついて過去への思索を振り払うと、目の前の精霊たちに目を向ける。

 とりあえず、彼らとの関係をはっきりさせないといけない。


 この流れからすると、ヴィヴィアンが彼らの上に立って森を仕切ることになるのだろう。

 本音を言うと、そうしてあれこれ細かいことを言われても、なんだか面倒クサイだけである。

 だが、うまい具合にちょうど、そういった仕事を押しつけてもよさそうな相手がここにいた。


 ちらりと虹色のホネ男に目をやり、ヴィヴィアンはひとり「よきかな、よきかな」とつぶやいてみる。


「おっほん。えー、まぁ、いいだろう。

 こうして目覚めてお前たちと出会ったのも何かの縁だ。この森をひっくり返して壊すようなことは、当分しないでおこう。できることがあるなら、おまえたちの力にもなってやる」


 うつむき加減だった顔をパッと上げて、ウルウルと瞳を揺らしはじめる三精霊。

 これで許されたとでも、思っているのだろうか……。


「ただし、そのためには、いくつか条件をのんでもらう必要がある」

『……条件、と申されますと?』


 恐る恐るたずねる〈がん〉に、ヴィヴィアンはにっこりと笑いかける。


「ひとつは、わたしやエンドスカルを束縛したり、傷つけようとしないことだ。

 わたしは行きたいところへ行くし、やりたいことをやる。口出しするのは別に構わないが、いきなり力尽くでどうこうするのは、二度とやめてくれ」


 三精霊に、これまでの問題行動の一端を突きつける。


 彼らの行動をかえりみるに、話も聞かずに無理矢理に事を通そうとする傾向があった。

 ずっとプラントモードで行動していたヴィヴィアンにも、アレと誤解される原因があったのだろうが、それにしても人の話を聞かなすぎである。


 そのことを指摘すると、岩の精霊の〈がん〉を筆頭に〈もく〉と〈すい〉も、改めて低頭してうなだれる。


『ははッ! つつしんで肝に銘じまする。その節につきましては、大変ご無礼をつかまつりました。平に、平にご容赦を!!!』

「うん。ほんとうに夕べは、ぜんぜん話にならなくて大変だったよね。エンドスカルが出てこなかったら、もう少しで森を灰にするところだったよ」


 ヴィヴィアンは冷淡な口調で告げると、おもむろに右手を差し出して、慎重に制御しながらボワリッと炎を吹き出して見せる。

 炎は生き物のように高く上空に昇り、グルリととぐろをまいた大蛇のように鎌首をもたげる。


『ひえっ!!!』

『ひゃえぇぇ!!!』

『ひょええっっ!!!』


 高見からこちらを睥睨するその炎の威容に、三精霊が腰を抜かさんばかりに驚いている。それから互いに身を寄せ合ってガクガク、ブルブルしているから、少しは力量差も分かってもらえたようだ。

 ヴィヴィアンがパタンと返した手のひらを握りしめると、最初から何もなかったかのように炎の大蛇は消えてしまう。


「分かってくれたかな? 二度とわたしたちを害そうとしない、と約束してくれるのなら、それでいい。これ以上は不問としよう」

『我ら一同、誠心誠意をもってあなた様にお仕えいたしまする。身命(しんみょう)()してお約束いたします。もう二度とあのようなマネはいたしませぬ。ご寛恕(かんじょ)をたまわり、ありがたき幸せにございまする!』


 ヴィヴィアンは「理解が早くて助かるよ」と、にこやかに告げる。

 それから「うんうん」と頷き、隣のエンドスカルを見ると、なぜかチョット引いている。


『さすが我がマスター。容赦のない追い込みだな』


 イヤーカフから、どこぞのAIが突っ込んでくるが、ヴィヴィアンは素知らぬ顔でそれを聞き流した。





お読みくださり、ありがとうございました。


三精霊を完全掌握。

ここで始めて名前が出た!

もう、最終章なんだけど……。


次回、「10.そうして物語は始まった②」。

ふたつ目の条件は、エンドスカルの……。

そしてついに、プロローグの終結──。

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