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2.この恋はある日突然に②

続きをお楽しみくださり、ありがとうございます。


二人の会話を立ち聞きしてしまうヴィヴィアンです。

耳が良すぎるのも大変です。おもに一人ツッコミが……。


よろしくお願いいたします。

2 ジルルコ


「ねぇ、リュイノーマ。あなたよく面倒くさがらずにあの子に付き合えるわね。あんなにまとわりつかれたら、鬱陶しいだけでしょう。特に優秀なエルフでもないし、そこまでしてなにか構う理由でもあるの?」

「さて──。彼女はとても興味深いよ」

「興味深い? それは研究者の目線で、ってことよね。あなた小鬼族スターフィスの研究に携わってるし。ということは、やっぱりウワサは本当なのよね?」

「ウワサ?」

「だからゴブリンか小鬼族スターフィスのDNAを組み込まれているっていう、あれよ」


 サロンに向かうヴィヴィアンの足がピタリととまる。


(またか。またその話か。なんでそんなに同じ話を蒸し返すんだ)


 ヴィヴィアンはそのままどうするか迷った。このまま突っ込んでいって、また面と向かってゴブリン扱いされるのは、勘弁したいところだ。


「まさか。彼女は、あの鬼才ドグミッチ・メイケリル・カルバハル博士の傑作だよ。当然優秀だよ。精霊使いにして多才な魔術師だし、植物への造詣も深い。それにあの貴重なことで名高い『桃色の神聖樹の実』も、持ってきてくれる。それだけ精霊と波長の合うエルフなんだ。なかなか興味深いね。それに君は知っているかい? 彼女の種族名」

「そういえば聞いたことがないわね。見た目だとサン・エルフか、プライム・エルフ……かしら?」


 ジルルコは戸惑いながらも答える。

 どちらも褐色の肌を持ち、肉体的・魔力的に優れた、どちらかといえば好戦的な種族である。肌の色も性格的にも、確かにヴィヴィアンの持つ特長と似ている。


「まぁ、そう思うだろうね」

「あら、違うの? もしかしてあなたと同じシルキー・エルフの突然変異? まさか新種? ゴブリン・エルフ! とか……ではないわよね? 全くの新種なら学会に発表されるはずだもの。試作かしら。にしても……。うーん。分からないわ。彼女の種族は、一体、何にあたるのよ」


(ゴブリン・エルフ……って、何なのだろう。やっぱり顔を出して、一発殴っといたほうが良いのではないだろうか? 実際には殴らない。殴らないけどね。見た目だけは一応カワイイから)


 ヴィヴィアンはドキマギする心臓を必死に押さえつける。

 それにしてもリュイノーマは、ヴィヴィアンの種族名をここで口にするのだろうか。

 ジルルコに教えてしまうのか。


「彼女は唯一無二の──」


 そこまで言って口をつぐんだ様子のリュイノーマ。ヴィヴィアンはホッと息を吐く。

 別に隠したいわけではないが、個人的なあれこれを話題にされるのは、やはり気分の良いものではない。


「あら、ここまでもったい付けて秘密なの? でもそこにヒントがあるってことね。まぁ、私には別にどうでも良いことだけど。やっぱり研究者として、彼女を観察しているだけなのかぁ。つまらないわ。もしかしたらもしかして、特別な関係ではないかと思ったのに……」


 だが、ジルルコがそう告げるので、ヴィヴィアンの心臓はまたビクンと跳ねる。


「特別な関係、とは……?」

「だから、あれよ。いわゆる恋愛関係というヤツよ」

「……恋愛、関係?」

「そうよ。彼女は見るからに、あなたに対して過度な好意? を持っているようだし、あなたもそれを受け入れて見える。そういう関係なのかと思ったけど?」


 知らず、聞いているヴィヴィアンの頬が、カアッと熱くなってくる。その場に固まって動けない。

 まさかジルルコが、そんな風に見ていたなんて、ヴィヴィアンは思ってもいなかったのだ。


(わたしの淡い恋心がバレてる~! ジルルコに見透かされている!!!)


 その恋心についての確認が、今まさに現在進行形で、リュイノーマに突きつけられている。

 リュイノーマは一体、何と答えるのか。


 ヴィヴィアンはパニックになっていた。

 これでパニックにならずに、なんとする。

 とてもじゃないがいたたまれない。うれしいような気もするけど。

 心臓がバクバクと拍動を打ち、「ヤメテ~!」っと、叫び出したいところだ。

 実際はハクハクと口を動かすだけで、声も出ない。一人、百面相を演じながら青息吐息である。


 そしてリュイノーマは、ゆっくりと落ちついた声を放った。


「それはありえない」


 ヴィヴィアンは目を見開き、思わずコクンと息を呑む。

 重苦しい塊が、ノドの奥につっかえる。なんだかそのまま、うまく呼吸ができない。


「少なくとも僕のほうには、その気はない」


 胸の辺りがギュッと縮んだように痛む。

『ソレハアリエナイ……。僕ノホウニハ、ソノ気ハナイ……』と、脳内で繰り返される台詞。

 それはひとつひとつがダメージとなって、心の臓にグサグサと撃ち込まれていく。

 血の気が引いてきて、クラリとめまいがする。全身が真っ白に燃え尽きて灰になっていくかのようだ。

 それでも二人の会話は続いていく。


「あら、そう。エルフ同士の恋愛は、やはり伝説的おとぎ話なのね」

「だから我々は絶滅危惧種とよばれている。お偉い方々は、今も種の保存にやっきになっているけどね。たとえばキミは、それに身を呈して協力する意志はあるかい?」

「まさか!」


 とんでもないと言った感じで、ジルルコが口をとがらせる顔までもが想像できるようだった。


「自分の胎内で他人を育てるなんて、想像するだけで気持ち悪いわ。絶対にゴメンね。二度とそんな話をしないでちょうだい。そんな屈辱を強要するなら、エルフなど滅びればいいのよ。大体それを見すえて、代理母たる小鬼族スターフィスを飼育しているのでしょう?」


「その通り。小鬼族スターフィスはエルフの代わりにエルフを生むだけじゃない。しつけ通りに勤勉に働く、優秀な労働者だ。小鬼族なくして、すでに我々の社会は成り立たない。そして、たとえ最後のエルフとなっても、その生活基盤が揺るがないように、小鬼族は常に改良を求められているのさ」


「そうね。あなたの研究は非常に意義がある。期待しているわ。だけど考えるに、あんな下等生物たちが、本当によく統制を取れるものね」

「確かに難しいところだよ。しかし最低限、彼らの生存本能を利用して、我々を敬うプログラムはしっかり組み込んであるからね。自分たちよりはるかに強者たるエルフには逆らわない。それよりもヤツらは放っておくと勝手に増えていく。増えすぎるんだ。自然繁殖の制御のほうが難しいよ」

「動物の本能というヤツね。エルフの身では到底、理解できない衝動だけれど……。だとしたら、もしかしてあのウワサって、やっぱり本当じゃないの?」


「ウワサって、またかい?」

「やっぱりヴィヴィアンには、ゴブリンのDNAが組み込まれているのよ」


 名を呼ばれて、ハッと我に返ったヴィヴィアンは、また繰り返されるうんざりする台詞に、もうどうでも良くなってきていた。


「あのお花畑な思考は、意図的につくられた恋愛脳とかいうもので……。リュイノーマ。もしかしてあなた、ターゲットにされているんじゃないの?」


「「は?」」


 リュイノーマの声とヴィヴィアンの心の声が重なる。


「種の保存のために……」

「「…………」」

「あなたは自分が貞操の危機にあることを、チョット自覚した方が良いと思うわ」


 そのとんでも発言に、ヴィヴィアンはすぐには理解が追いつかなかった。


(なんなのだ? まるで人のことを、発情したメス・ゴブリン、みたいな発言……)


「いや……。いや、いや。確かにヴィヴィアンは野生児っぽいと言うか、小鬼族スターフィスっぽいところはあるが……。まさか、そんな。おいおい。それはチョット……。勘弁してくれ」


 いたたまれなさそうなリュイノーマだが、それ以上にいたたまれないヴィヴィアンである。


(これはあまりにも、あんまりではないか? とてもじゃないがヒドイ。ヒドすぎる!)


 もう、とても二人の前に顔を出せる気分ではなくなっていた。

 再びくるりときびすを返すと、早足でその場から遠ざかっていく。

 切なさと悲しさと……言い知れぬ怒りが押し寄せてきて、ヴィヴィアンは自分がどうにかなってしまいそうなほど、荒れ狂っていた。


 そうしてその気持ちのまま、ドグの研究室へと荒々しく押しかけ、冒頭の話へといたるのである。





少し小難しい会話が多いですが、がんばって世界観を凝縮してみました。

生命への倫理はどうなのか、かなりあやしい世界です。


次回「2.それは三週間の有給休暇で」前半。

ドグおじいちゃん、がんばって!

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