19.あの歌声を響かせるのは②
お読みくださり、ありがとうございます。
ステージへと進み出るヴィヴィアン。
そこで待っているのは歓声か、怒号か。
それとも……。
2 歌姫
ヴィヴィアンには、エリュシオンのような尊大さも、エンドスカルのようなカリスマ性もない。敵意しかない大勢の観衆の前に出て、いきなり何かをやり遂げるような自信もない。
ごく普通の……、というより、逆に少しはみ出し者のエルフである。
ジルルコからは「普通じゃない」とはっきり言われるほどだから、周囲から見たら本当にダメなヤツなのかもしれない。
それでもできることはあった。
ヴィヴィアンにとって、やはり精霊はよき隣人。友達であるべきなのだ。
エルフにも精霊にも、どこにでも分からず屋の石頭はいる。全てと仲良くなれるとは思わない。
それでも誤解を残したまま決裂してしまえば、きっといつか後悔が生じる。
だからまずは、わだかまりを解くために。
仲直りの気持ちを伝えるために──。
(できる。やれるはずだ。今も昔もただ一人きりの、わたしは……唯一無二のEX・エルフなんだから)
ヴィヴィアンはゆっくりと大きく息を吸い込み、そっと口を開く。
そうしてその場には、落ちつきのある伸びやかな歌声が、ふいに朗々と響き渡ったのだった。
雪解けのしずくをひとつ ぽつんと落として
あなたの頬にはじけた 水はささやく
ほら、目を覚まして 時は満ちている
生きているなら 与えられた光を灯して
こおりつく時を越えて 今こそ動き出そう
ゆったりと響く声はやわらかく言霊を乗せて、サアッと吹き抜ける風のように森へと広がってゆく。
春の目覚めを歌った即興歌だった。
最初はポカァンとしていた精霊たちも、スッとしみこんでくるような優しい言霊に触れて、どこから聞こえてくるのかとソワソワし始める。
しずくは集いせせらぎ 流れあふれる
聞こえる水の歌声は いのちめく鼓動
見て、そとの世界は 光にあふれている
希望があるなら おそれを強さに変えて
あたたかな息吹にふれて 今こそ歩き出そう
そう歌いながら、ヴィヴィアンはゆっくりと舞台の中央へと進み出る。
かつて南海のセイレーンに見込まれて、直々に叩き込まれた歌声である。なので歌にだけは、ちょっとばかり自信がある。
不思議そうなまなざしが集中する。つかみは、これでOK!
そこは当然のような顔をして、ヴィヴィアンはにこやかに受け流す。
もちろん今だけは、プラントモードは封印である。間違っても「ゴブリン」などとは呼ばせない。
褐色の肌に黒色の瞳、長い灰黒色の髪。ついでに衣装も黒い狩人服──。
モノクロトーンの暗い色彩は、精霊が好むような輝くキラキラとはほど遠い。ヴィヴィアンの見た目は、どこまでも地味で陰気で、華やぎに欠けるものなのだろう。
それでも、かつての精霊たちは、そんなヴィヴィアンを心から慕ってくれていた。
誠実に向き合って、お互いを尊重していた。その記憶がある限り、これ以上、ムダに臆するつもりはなかった。
途中からエンドスカルのエスコートを受け、ヴィヴィアンは正面まで進むと軽くお辞儀をする。
それから、その場にたっぷりある魔素を利用して、再び周囲の空気を凍らせる。
グンと下がった気温に精霊たちがいっせいに身震いした瞬間、ヴィヴィアンはダイヤモンドダストという光のシャワーを浴びていた。
そのキラキラの粒子をまといながら、舞台上のヴィヴィアンはゆっくりと周囲を見渡す。本当にたくさんの視線が集まっているのが分かる。
三精霊もポカンと口をあけて、こちらを見上げている。
もしかして、誰だか分かっていないのだろうか?
ヴィヴィアンはここぞとばかりに大きく腕を広げると、精密な魔力コントロールで空へ向かって大きな水の花を打ち上げる。
『おおっ』と、どよめきがあがった途端、上空で拡散した水の花は、真っ白な雪の花となって静かに地上へと降り注ぐ。
次から次へと打ち放たれる巨大な水の花と、ふわふわと降り続ける雪の花。その圧巻の美しさと身震いするような魔力量に、だれもが声もなくその光景に見とれている。
その空に小さな虹が掛かったかと思うと、今度は薄い氷でできたキラキラの小花が周囲に飛びはじめる。それにつられた妖精たちが寄ってきて、逃げる氷の花と追いかけっこをし始める。
水と氷と光を駆使して、精霊たちの大好きな幻想的キラキラを、これでもかと盛大に振りまいて、周囲の魔素を光へと昇華していく。
これだけやれば、さすがにゴブリン疑惑は晴れるだろう。
彼らが憎んでいるゴブリン・キングとやらも、これほど繊細かつ大胆な魔術は使えまい。
それから余興のシメとばかりに、タンッと円形テラスから飛び降りる。
あとはコイツの後始末……。もといお詫びとばかりにその先へと進み、エンドスカルが切り倒した倒木に手を掛ける。
巨木の断面の直径はヴィヴィアンの身長より長く、樹齢は三百年を超えるだろうか。根付いたときからずっと神殿と共に、ここにあり続けた木なのだろう。
「私の手の者が、いきなり伐ってしまって、悪かったな。このまま森の魔素に還るか? それとも今しばらく、この木にとどまり続けるか? もし望むなら、お詫びに動きやすい器を用意しよう」
倒木の上に腰掛ける小柄な精霊は、コテンと首を傾げる。
自らの宿り木が切り倒されたというのに、悲嘆にくれる様子もなく、ヴィヴィアンの言霊を理解している様子もない。
「わたしとともに来るか?」
そう言い直すと、小柄な精霊はわかりにくい表情のまま、今度はコクコクとうなずく。
「よし。じゃあ、素体にその木を少し使わせてくれないか。ちょっと時間がかかるから、その間こっちで待っててくれ」
言われたとおり、自身の切り株の上に精霊が移動するのを待って、ヴィヴィアンは倒れた大木から大まかな部品を切り取ってゆく。それらにじんわり乾燥魔法を掛けながら、歪みや強度を確認し、頭の中に設計図を広げる。
それからは地下生活で培った超精密加工技術を駆使して、細かな作業をいくつも同時に押し進めていく。
周囲に集まる精霊たちが呆気にとられて眺めている間にも、みるみるうちに細かな部品が作り出されては組み込まれ、あっというまに一体の木の人形が出来上がる。
「どうだ? なかなか美しい素体が出来上がったんじゃないか?」
「見事なもんでございやすね。いやはや、お見それいたしやした」
「まあ、これも辛酸をなめつくした、あの地獄での特訓の成果だな。防腐と耐久・強度、それから自己修復も加えたから、それなりに長く使えるだろう。あとは使い心地だな。
いきなり歩き回るのは難しいだろうが、元は自分の体なんだ。馴染まないってことはないだろう」
切り株の上に横たえられた木の素体は、ヴィヴィアンよりかなり小柄な背格好だが、性別は特に意識していない。とにかくこれで宿り木だった大樹が枯れても、この木の精霊の拠り所としての器は存在し続けることになる。
精霊はコクンとうなずくと、真新しい木の素体に手を置いて、すっとその中に入り込む。
それからすぐに、素体の見た目に変化が現れる。
ノッペリとした顔には凹凸がつき、柔らかな肉付けがされた肌はやや褐色を帯び、萌え立つような若草色の頭髪が生えている。瞳の色も濃い緑色で、アクセントのような赤い唇が可愛らしい。
まるでサン・エルフの子どものようだ。
精霊はエンドスカルの手を借りながら、ぎこちなく身を起こして切り株に座り、自分の手足を確認している。
「気に入ってくれたらいいが、しばらくは動かす練習が必要だろうな。同時に細かい調整もやっていこう。上手く動かせるようになったら、その足でどこへだって行けるようになるぞ」
そう告げると、素体を得た精霊はいきなり立ち上って、倒れ込むようにしてヴィヴィアンに飛びついてくる。あわてて抱きとめたヴィヴィアンは、その小さな重みを受けとめるが、少しばかり戸惑う。
誰かとの身体的接触の経験があまりないせいもあるが……、またしても見た目スッポンポンだからである。
子どものような外見だし、性別は特にないからまだギリギリセーフだが、これが成人男性だったら事件である。
『ありがとう。すごくいい感じ。気に入った……』
「そうか。それはよかった」
内心のドギマギするような動揺は押さえ込み、とりあえず頭をなでてやると、そのぎこちない表情もかすかに笑ったように見える。
「さてと……。余興と後始末はこのくらいにして、とっとと話を付けようじゃないか、精霊の長たちよ」
ヴィヴィアンはそう告げると、改めて周囲を取り囲む精霊たちを見渡す。
それからその代表者、三精霊と向き合ったのであった。
お読みくださり、ありがとうございました。
火力でなく、歌力でことを収めたヴィヴィアン。
なにげに多才です。
これでエンドスカルと共演したら、まさに狂宴?!
次回、「10.そうして物語は始まった」。
ついに最終章、突入!
まずは、三精霊の断罪!
ついに「ざまぁ」……?