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18/21

18.あの歌声を響かせるのは①

お読みくださり、ありがとうございます。


エンドスカルと少し打ち解けたヴィヴィアン。

しかし神殿に大量の精霊が押し寄せたと報告が。

二人は緊張感をもって地上へ向かいますが……。

1 剣豪


 どこで精霊とぶつかるかと警戒したが、地下通路には入ってきていないらしい。

 やがてたどりついた、神殿への出入り口に当たる床石を、エンドスカルはそっとずらして部屋の様子をうかがう。そして「大丈夫のようでやんす」と小声でささやき、すばやく先に外へ出る。

 そのなめらかな動きに感心しながら、ヴィヴィアンもその部屋に這うようにして出る。


 神殿の奥の崩れかけたその小部屋には、小さな明かり取りがある。差し込んでくる一筋の朝日が、明るく壁を照らしている。

 今日も森はいい天気のようである。

 しかしいつもの静謐な空気とは違い、通路を進むにつれて、ビリ付くようなざわめきが感じられた。


「あたしが話を聞いてきやす。お嬢はここで待機を」

「そうだな。先にわたしが出てもヤツらを刺激するだけだからな。だけど、ちょっと待て」


 ヴィヴィアンは広間の床に落ちている太い枝に目を留める。嵐の際にでも飛び込んできたのだろうか。

 枯れた枝葉を風刃でカットし適当な長さにする。それから「よいしょ」と持ち上げて目の前に掲げ、表面を削って滑らかにする。

 魔力制御は回路を描けるほどの精密さを誇るヴィヴィアンである。あっという間にひと振りの木刀ができあがる。


「どうかな? 少し重いか? まあ、気休め程度だが何もないよりマシだろう。護身用に持っていけ」


 エンドスカルに魔術は使えない。なのに、まったくの丸腰のまま大勢の前に出すのもはばかられ、とっさに思いついた行動だった。


「こいつは赤樫でやんすね。見事なもので。ありがたくちょうだいいたしやす」


 受けとったエンドスカルが軽く振ると、「ヴオォォンッ」と空気どころか空間すら切れそうな音がする。


(エッ? 何、今の? 特技とはあったが……。まさかこれは、達人なんかのレベルじゃないのか?)


 剣のことなど何も知らないヴィヴィアンだが、それでもなんとなく、タダ者ではない気配が木刀を握ったエンドスカルから漂っている気がした。


「では、行って参りやす」

「ああ、うん。まぁ。ケガだけはしないように。気をつけて行ってくれ」


 その背を見送って、角膜デバイスをスパイアイのモニタリングに切り替えると、神殿前にはたくさんの精霊や妖精が集まっていた。正面の木の枝に潜むスパイアイの視界で見ると、その規模たるや昨夜の比ではないようだった。

 見ているだけで酔いそうなほど、強く濃い魔素が場にあふれている。

 濃い魔素は陽炎のようにゆらめき、並みのエルフなら目を回して気絶しかねない。

 ただしエンドスカルは魔素に対しては不感症だし、ヴィヴィアンは並みのエルフじゃない。


 やがて神殿の奥から、光り輝くエンドスカルがゆっくりと姿を現した。

 周囲から興奮したような熱気が湧き上がる。さらにエンドスカルが建物の影から進み出て、日の光が当たる円形テラスに進み出ると、どよめきは最高潮に達した。

 清々しい朝日を受けてキラキラとまぶしいホネ男に、精霊たちは興奮して舞い飛び、妖精はピョンピョン飛び跳ね、そのへんを転げまわっている。


 これはもうどう見ても、熱狂的ファンが集うコンサート会場である。まさに『エンドスカル・オン・ザ・ステージ』!

 うねる熱気はとどまることを知らず、今や怒濤となって襲いかからんばかりの勢いである。

 何か決まりがあるのか、今は一線が保たれているが、どんなきっかけでいつ崩れるとも知れない。集まった精霊たちはギラギラと目を輝かせ、食いつくようにエンドスカルを見つめている。


(もしかして、ヤバイんじゃないか……)


 モニタリングを続けながら、ヴィヴィアンはいつでも飛び出せるよう、エンドスカルのすぐ背後の建物の影まで身を進める。


 そんな群衆を冷静に見回すと、エンドスカルはファン・サービス、と手を振る代わりに、手にしていた木刀を鋭く振り下ろした。


 ヴオオオォォンッ!!


 何か衝撃が走ったようだが、何があったともしれない。

 ざわめきが一瞬途絶え、エンドスカルが振り下ろした木刀の切っ先が、コツンと足元の床石に当たる。

 それを合図に、すこし離れて立っていた巨木の一本が、ふいにズリズリと動き始め、見事な幹の断面を見せながらゆっくりと倒れてくる。


 メキメキッ! ズッダーン!!!


 その場は一気に緊張した空気に変わる。エンドスカルが木刀のひと振りで大木を切断したのだ。

 もちろん、刃の届く距離ではない。届いたとしても木刀だ。

 その斬撃は数十メートルの距離を飛び越え、まさに大木のあった空間を叩き斬ったようだ。


「静粛に願いやす!」


 そこへエンドスカルの声が朗々と響く。一瞬にして群衆の目がエンドスカルに引き戻される。


「ここはヴィヴィアン・ジュリアス・ベルコ様のおられる神殿でやんす。いきなり大勢で押しかけて騒がれちゃあ、そいつは迷惑ってもんだ。お嬢はたいそうなご心痛であらせられる。これはいかように釈明なさるつもりで? 返答と次第によっちゃあ、あたしも黙っちゃぁいませんぜ」


 マジメである。マジメにまっとうに精霊たちと向き合っている。ヴィヴィアンはご心痛というより面倒なだけだが、そのマジメな仕事ぶりに驚いてしまう。

 いやいや。つい茶化してしまったが、威風堂々と立つエンドスカルの姿は、圧倒的な気迫に満ちている。

 一歩も引かぬ構えで円形テラスに立ちはだかり、不用意に近づくものは問答無用で切り棄てかねない殺気がにじみ出ている

 神々しいばかりの輝きを放つホネは、今やそれ自体が抜き身の刃のような鋭さを持っていた。


(……こわい。でもカッコイイ……)


 ヴィヴィアンはゴクリとつばを飲み込み、知らず自身の体をかき抱く。

 正直、これだけの気迫を正面からぶつけられたら、ヴィヴィアンとて萎縮せずにいられない。

 人造生体(アバタノイド)もAIも、所詮、創られた疑似生命にすぎない。だが、この場の熱気を押さえ込む威圧は、剣の技量も含め、まったくもって神がかってみえる。

 想像をはるかに上回る強烈な存在感に、ヴィヴィアンは言いようのない恐れを感じていた。


 そのエンドスカルの前に、しずしずと進み出る者があった。

 ずんぐりとした手足の短い小柄な精霊。森を守るアルセイス──、と思われた岩の精霊である。

 昨夜と同じく、背後にはナーイアスとドリュアスと思われた、水と木の精霊を引き連れている。

 サアーッと潮が引くように精霊たちが道を開く。前面に出てきた三精霊は、どことなく顔色が悪いようである。動きがぎこちないのは、気のせいではないだろう。

 意を決したように(おもて)を上げ、アルセイスが口を開く。


『……ガガクゲッ……ガゲッ、グダガケッ、ゴコガゲックッ……ガゲクッカッ!!』


 スパイアイの拾う音は、機械的に処理されるだけで、言霊までは解析されない。

 よってイヤーカフから届く音の連なりは、エルフ世界で使われる言語ではない。それは音声ともちがう。岩と岩をこすり合わせた、カエルの鳴き声のような音だった。


 必死に何かを訴えるアルセイスを、エンドスカルはやや顎を上げた姿勢のまま、黙って見下ろしている。

 アルセイスはさらに大量の冷や汗をかきながら、『ガガッ、ゲッコゲコ』と訴えている。

 ヴィヴィアンは状況を確認しようと、イヤーカフの音量を下げて、その肉声に耳を澄ませる。

 話の途中からになるが、その内容には思わず脱力し、ため息をつきたくなってくる。


 それにしても……。ふと、ずっと黙りこくって『ガコガッ、ゲコッ』を神妙に聞いているエンドスカルの様子が気になってくる。

 床に突き立てた木刀を支えに仁王立ちしたまま、さっきからまったく微動だにしないのだ。


「おい……。エンドスカル。どうかしたか?」

『……解析中、でやんす。エリュシオンのデータサーバーから、該当する言語を照会中……』

「あー。もしかして、バグリかけてる? あー、んー……とね。ええっと。それはたぶん、ムリだな」

『…………』


 エンドスカルは仁王立ちのまま、そっと絶句している。

 しかし精霊の発する音に、意味はほとんどないのだ。精霊は音の波長とは全く違う、感情の波長とでも呼ぶべき言霊を使ってしゃべっている。

 それを受信するフィルターがないと、精霊の言葉を理解するのは難しい。

 人工精霊のように、こちらの言葉を覚えさせれば、普通の会話もできるようになるのだが……。


『ムリでやしたか。ここはキッチリ落とし前をつけさせる、つもりでやんしたが……。あい、すいやせん』

「いや。構わないよ。しかしそれでよく、夕べは精霊の宴会に参加できたね。言葉が通じてなかった、ってことだろ?」


 とても仲良くなったようだから、てっきり何だかの方法で言霊が使えるのかと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。


『それは……酔っ払いでござるゆえ』

「……なるほど。つまり、てきとーに調子を合わせていたんだな」


 昨夜は酒の力もあり、おおかた雰囲気だけで、なんとなく場をしのげたのだろう。

 こっそりとイヤーカフでやり取りしながら、ヴィヴィアンはとりあえず納得する。

 それから、建物の影からそっと顔を出し、まだ『ガギガギ』喋り続けるアルセイスに目をやる。


「ヤツらはおまえを、新たな精霊の守護神にスカウトしているようだぞ。それからゴブリン・キングを倒して欲しいそうだ。そうしたら神として、みんなで敬ってくれるって。どうする? 熱心にお願いしているぞ」

『……ってぇこたぁ、あたしの口上も伝わっちゃぁいないようですね。そいつは、どう話をつけやしょうか。しかもゴブリン・キングってのは、なんでやんす?』


 ヴィヴィアンは乾いた口調で「そういえば、伝えてなかったっけ?」と言いつつ、必要ないなら絶対に言わないままだった、その禁句について告白する。


「わたしのこと──。だ、そうだよ」


 淡々と告げたつもりだったが、冷静になろうとして逆に力が入りすぎたらしい。

 エンドスカルが立つ辺りまでうっかり冷気が漏れ出し、床石がビシバシと凍り付く。さらにひんやりと空気を凍らせ、ダイヤモンドダストまできらめく。

 魔素が濃いこともあり、つい思わずいつも以上に大きく魔力を働かせてしまったようだ。

 周囲の寒気を敏感に感じ取ったエンドスカルは、ヴィヴィアンの心の動きをどう読み取ったのか。

 ビクリと身を震わせ、その木刀を握る拳にギリリッと力が加わる。


「いっそのこと──、全部、叩き斬ってやりやしょうか」


 エンドスカルが発した低く唸るような肉声に、精霊たちはギョッと体をすくませる。

 キラキラのダイヤモンドダストを背負って輝くエンドスカルは、神々しさの上に剣呑さをまとわせて、正面の三精霊たちを鋭い視線で睥睨する。

 いや眼球はないので視線もないのだが、眼窩の奥にはほの暗い鬼火のような光が灯り、まるで死を招く使者のような底知れぬ恐ろしさがある。

 震え上がっておたがいに抱き合う三精霊を見ながら、ヴィヴィアンは深呼吸をくり返して心を落ち着ける。


「待て、エンドスカル」


 ヴィヴィアンは決意を胸に抱いて、エンドスカルに告げる。


「わたしはエルフだ。誰がなんと言おうと、正真正銘のエルフなんだからね。解ける誤解なら、解けるように頑張ってみるよ。だからそのまま、そこで見ていて。たまにはちょっとばかり、本気で頑張ってみるからさぁ」

『……お嬢。何を……』


 ヴィヴィアンは一人静かに微笑みながら、建物の壁から身を離す。

 そして一歩一歩、確かな足取りで、エンドスカルの立つ舞台に向けて歩き出した。




お読みくださり、ありがとうございました。


言葉の壁を越える酔っ払い。

エンドスカルの適応力、ハンパねぇ~。


次回、「9.あの歌声を響かせるのは②」。

面目一新、本領発揮!

エルフの本気、しかと見よ!?

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