17.その者、虹色の骨にて②
お読みくださり、ありがとうございます。
怒濤の一夜を過ごしたヴィヴィアン。
翌朝、朝食づくりに精を出していると、
そこへ現れたのは……。
今回も、よろしくお願いいたします。
2 豆と野草のスープ
翌朝、ヴィヴィアンは厨房で豆と野草のスープを作っていた。
ここ数日の森での採取の成果が加わり、以前よりも食糧事情が良くなっている。
春先の新芽は柔らかく、森にはいろいろな若草が萌えている。新鮮な野菜が食べられるというのは、大きな変化だった。
けれど3579年前のエルフたちが知ったら、非衛生的だといっせいに眉をひそめるにちがいない。珍獣でも見るような目つきでこちらを見るジルルコの姿が、すぐにでも思い浮かぶ。
リュイノーマは……。
ヴィヴィアンは首を振って、その姿を頭の中から振り払う。けれど空色の目を細めて柔らかく笑いながら、「いっしょに食べよう」と優しく告げてくれる姿を想像してしまう。
向かい合って席に座って野草の味をあれこれ議論して、「おいしいね」とお互いに微笑みあう。途中からドグミッチが「わしにも食わせろ」と割って入ってきて、当然のように三人で一緒の食卓につくのだ。
たあいない光景が目に浮かんでしまって、ヴィヴィアンはそっと息をつく。ちょっとした感傷だ──。
気を取り直して、仕上がったスープの味を調え、自分の深皿にそっと玉杓子で注ぐ。
トッピングに刻んだイチゴの若葉を添えると、具だくさんで栄養たっぷり。なかなか美味しそうな出来上がりだ。
簡単に厨房を片付けると、「よしっ」と満足して、すぐ脇の食卓へと運ぶ。そこも厨房の中だが、一人だけだから情緒は求めないし、食器の上げ下げもラクでいい。
「なんだかうまそうな、においでござんすね。あたしにも一杯、そいつをご相伴にあずかれやせんかね」
しぶい声音に振り返ると、そこには朝っぱらからキラキラした虹色のホネ男が、なんだかモノ欲しそうな雰囲気で立っている。
昨夜の衝撃的な出会いは記憶に新しいが、コイツも無事に帰還していたらしい。しかし、こうして真っ向から顔を合わせるのはこれが初めてだ。
「ん? いきなりだな、新顔。挨拶のひとつもないのか?」
「こりゃ、失礼いたしやした。あたしゃエンドスカルともうしやす。またの名をドクロ公爵と言いまして、ケチなゴロツキでござんす。夕べは悪友エリュシオンに叩き起こされやして、お嬢の危機にはせ参じた次第でございやす。何事もなく無事にご帰還されたようで、何よりでござんす」
昨夜と同じような名乗りを口にするエンドスカル。やはりアレは単なる追加支援だったのか。
精霊たちを引きつける方法があまりにも斬新すぎて、浮かれすぎのお調子者かと思ったが、目の前のホネ男は別人のように落ちついている。
ヴィヴィアンは「そうか」と答えて、少し認識をあらためる。
「その様子じゃ、わたしのことも知っているみたいだが、いちおうこちらも名乗っておこうか。わたしはヴィヴィアン・ジュリアロス・ベルコ──。この世界で唯一無二のEX・エルフだ」
「存じておりやす。あたしもエリュシオンのサブを務めるAIでござんす。今後はエリュシオン共々、陰日なたと精一杯、お嬢をお力添えいたしやすので、どうかお見知りおきを」
深くお辞儀をするエンドスカルに、ヴィヴィアンは鷹揚にうなずく。
まあ、いろいろと気になることはあるのだが──。とりあえずさっきから、エンドスカルの視線がずっと、ヴィヴィアンの手元にあるスープに注がれている。
いや、視線と言っても眼窩に眼球はないので、どこを見ているのかよくわからないのだが──。
気にしている様子なのだ。
「本当に食べるのか? 別に栄養が必要ってわけじゃないだろう? そういうのは、ちゃんとテストを済ませてからにしろよ。どっかに具を詰まらせたり、スープを漏らしたりして、貴重な人造生体を壊されたくない」
「そいつは心配ご無用でさぁ。夕べのことでござんすが、実はあれからさらに精霊のみなの衆と盛り上がりやして、そこから酒盛りとなったんでさぁ。あたしもチョイトばかり試しやしたが、酒漏れで壊れるどころか、今までなくご機嫌で過ごさせていただきやした」
ヴィヴィアンは思わず目を見張る。
「酒! あいつらそんな物を持っていたのか? ってか、おまえ酔っ払ったのか? 人造生体なら瞬時に解毒できるはずだろ。やっぱりどっか壊れたんじゃないのか?」
「あいやご心配なく。おっしゃるとおりで。酒に酔うのではなく、雰囲気に酔ってみせただけでござんす」
「おまえは……。本当に調子のいいヤツだな。私の知るエンドスカル様とは大違いだ」
確かに硬派で仁義に厚いのだが、バンカラな気風の親分は、やたら大酒飲みで眼光が鋭い。ときに自分勝手で大変ワガママでもある。
しかし目の前のエンドスカルは、見た目キラキラして派手なワリに、根っこは真面目なのだろう。バンカラと呼ぶには少々お上品なようである。
「お気にさわりやしたか」
「いや。いいんじゃないか。なんか、やたらとまぶしいけど、お調子者も悪くはない」
目を細めてそう言い、席を立ったヴィヴィアンは、新しい皿にスープを注いでやる。
正面に着席してさっそく「いただきやす」と、興味深げにスプーンを差し込み、しっかり具を噛みしめている。
「うまいでやんす」とつぶやくエンドスカルに「そうだろ」と答える。
こんな風に、誰かと一緒に食事を取るのはいつぶりか。目覚めてからはずっと一人きりの食事だった。それ以前も、食事は一人でとるのが基本で、それはエルフの性だから、さびしいと思うことはなかった。
だが、どこを見ても誰もいない世界でのひとりきりの食事、というのは味覚すらも灰色に染める。
だからこそ違いを感じてしまう。誰かと一緒というのは、さらに世界のあざやかさが増して、少しだけ特別感が出てくる。たとえその相手が、ほとんど初対面のホネ男であっても……。
そんなふんわりとした空気感を壊したくなかったが、ヴィヴィアンはさっきから言おうかどうか、迷っていた言葉を口にする。
「それからだな、エンドスカル」
「なんでございやしょう」
「その、だな。いちおう、だな。レディの前なんだ。今度からちゃんと、服、着てくれる?」
「……」
たいした要求ではないはずだが、エンドスカルの手が止まる。
恥じているのか怒っているのか、透明な表情を読むのは難しい。
船内に衣類が少ないのは知っているが……。
「夕べ、出てきたときは、ロングコートみたいなのを羽織ってたよね。別にあれでいいからさ」
さすがになんというか、ちょっと目のやり場に困る。慣れの問題かもしれないが、そこを気にしなくなったら、本当に乙女であることを忘れてしまいそうである。
「それが、いろいろありやして……」
「ん? 何か不都合でもあるのか?」
困ったようなエンドスカルの声音に、ヴィヴィアンは首を傾げる。
「その事を含めて、ご相談がありやす。実は……」
語り出したエンドスカルに、ヴィヴィアンはしだいに困惑顔になり、やがて渋面になる。
どうやら昨夜のできごとが発端らしいのだが──。要するにエンドスカルは、精霊・妖精たちから多大なる関心を寄せられ、それが最後には崇拝されるまでに至ったとか。
たった一晩で、熱烈なファンたちに心酔されるアイドルとなり、さらにコートを羽織ろうとすると「待った!」をかけられ、その後もずっと最後までハダカでいたらしい──。
キラキラするホネが歌って踊る光景は、確かに神秘的で刺激的かもしれない。キレイだし魅惑的だと感じるのも、分からないではない。
しかしそのせいで最終的に、一張羅のロングコートをヤツらに強奪されたというのだ。
「とりあえずおまえの事情は分かった。だがそれとコレとは別だ。好きで真っ裸でいるんじゃないなら、なんでもいいから服を着ろ。なければシーツでも巻いておけ」
「あい、すいやせん。お嬢の御前、大変失礼をいたしやした」
「いや。今後は気をつけてくれたらそれでいい。それにしても、困ったヤツらだな」
ちょっと見ていただけでもあの熱狂ぶりである。そとを出歩いた途端、このキラキラするホネ男は、また精霊たちに衣服をひんむかれるんじゃないかと、チョット心配になってくる。
もっともエンドスカルのステータスを見る限り、それほどヤワにはできていない。魔法攻撃耐性も物理攻撃耐性もかなり高いから、あの程度の精霊ではそうそう傷つけることはできない。
というか、見た目はホネだが、これでかなりの戦闘力をもっている。剣が特技ってあるけど……。
ナイフならともかく、ヴィヴィアンは実物の剣など見たことがない。エリュシオンの中を探しても見つからないだろう。護身用にそれらしいものを用意すべきか、と考えていると──。
『マスターよ。その困ったヤツらが神殿に大挙しておるぞ』
「えっ?」
厨房に響くエリュシオンの声に、ヴィヴィアンは眉をひそめる。
頭のずうっと上のほうにある地上で、大勢が押し寄せているというのは、なかなか気分が落ち着かない。
神殿にそれほど物はないが、太陽光パネルやスパイアイなど、壊されて困るモノはいくつかある。
それに物質を通り抜けることができる精霊ならば、地下に入ってくるかもしれない。さすがにエリュシオンに侵入することはできないだろうが、ここへ至るまでの防衛がおろそかになっているのは確かだ。
通路を破壊でもされたら、また地上へ出るのに苦労することになる。
「ヤツら、何しに来たんだ? 神殿の焼き討ちでも行うつもりか?」
「あたしがちょいと見てまいりやしょう」
「わたしも行こう。イヤな予感がする」
エンドスカルが立ち上がったのを見て、ヴィヴィアンもため息とともに重い腰を上げる。
正直、ここまで精霊との関係がこじれるとは思ってもみなかった。
エリュシオンが満足に動けない現在、確かにここを狙う価値はある。たくさんの作業ロボットたちも、精霊相手では無力に等しい。
「エリュシオン、緊急事態だ。警戒レベルを上げておけ。船外のロボットは作業を中止して帰還。ムリなら安全な場所に待避させろ。スパイアイは可能な限り敵の監視を続行。エリュシオンは状況を分析して、何かありそうなら随時報告してくれ」
『了解した』
最悪、この森との全面戦争も頭の隅において、他に何か手はないかとあれこれ考えながら、先を行くエンドスカルに続く。
薄暗い通路も、キラキラひかるホネのおかげで明かり要らずだ。案外エンドスカルはこのままのほうが、いろいろ役に立つのかもしれない。精霊たちのウケもいいし。
いやしかし……。
骨のまわりにうっすらと見える透明な筋肉、そして形のいいオシリが目の前にあり、慌てて視線を反らす。
(いや、やっぱり。服はちゃんと着てもらうべきだな。うん)
そわそわする気持ちを落ち着けて、ヴィヴィアンは改めて大挙して押し寄せているという、地上のまだ見ぬ敵へと意識を切り替えた。
お読みくださり、ありがとうございました。
穏やかな朝の食卓──。
だけど、宇宙船でスープ調理って……。
重力発生装置? うん。それだ!
次回、「9.あの歌声を響かせるのは①」。
数十万の敵勢襲来! 撃破せよ!
てか、実働二名……。ちょっと無理ゲーじゃない?!