16.その者、虹色の骨にて①
お読みくださり、ありがとうございます。
一触即発の不穏な気配の中──。
ついにヤツが登場します。
そのときヴィヴィアンは……。
今回も、よろしくお願いいたします。
1 エンドスカル
「ちょいと待った。よけいな口出しかもしれねぇが……。大勢でよってたかってお嬢ちゃんを取り囲んで、イジメるもんじゃあねぇですよ。そいつはいい歳したオトナの、するこっちゃねぇ」
なかなか渋い声音で現れたのは、黒いロングコートの男だった。フードを深く被り、その容貌はうかがえない。
かなり背が高く、ガッチリとしたいい体格をしている。
いつのまにか、ヴィヴィアンとチンチャードワーフを背に庇うように立ち、三精霊に向き合っている。
『何者じゃ!』
(誰だ?)
アルセイスの雄叫びと、ヴィヴィアンの心の声が重なる。
見たところ、精霊ではない。まるでエルフのようだが……。
強い警戒心が頭をもたげてくる。そんなに都合良く、ヴィヴィアンの窮地を見透かしたように、絶滅したはずのエルフがホイホイ姿を現すはずもない。
エルフではない、エルフに似た何か。もしかしたらあの神殿を建てた、未知の種族か──。
ふと、いつの間にか通信が復活したことに気付き、デバイスに表示されたその名前に、ヴィヴィアンは二の句がつげない。思ってもみない状況に、理解が追いつかないのだ。
「名乗るほどの者でもねぇですが──、お控えなすって。あたしゃ、エンドスカルってぇもんです。またの名を、ドクロ公爵といいまして。ケチなゴロツキでぇござんすよ」
独特の言い回しで唸るように告げた男は、フードの端を摘まんで軽く三精霊に会釈する。
その背後に立つヴィヴィアンは、思わず両手で顔を覆ってうなだれる。暗くて誰も気づかないが、尖った耳の先までうっすら赤くなっている。
それは信じられない気持ちでいっぱいになり、気持ちの整理がはじけ飛んだためである。
そう。この混乱を一体どう説明したらよいのか──。
まず、『ドクロ公爵』というのは『暗黒の天魔竜王』と双璧をなす悪役親分である。もちろん古の伝説的二次元作品『月光の勇者伝説』での話である。
明日のこない世界でヴィヴィアンが落ち込んでいたときに、どこかの宇宙船AIに映像を見せられて、ついうっかり「カッコイイかも」と、つぶやいてしまったキャラクターでもある。
それをエリュシオンにバッチリ聞かれて、スネられるやらネタにされるやらでムダに絡まれて、ムチャクチャ後悔したがあとの祭りであった。
冷たくて排他的な雰囲気をまとい、闇の世界に身を置きながら、お天道様の下で健気に生きる堅気衆をコッソリ助けて、自分は名もつげずに去って行く。
弱きを助け、強きをくじく。そんな仁義に厚い悪役親分に、ちょっぴりひかれたのだ。
さらにエンドスカルがいつもこっそり影から見守るひとりの娘。その姿をちょっぴりドグミッチと自分に重ねて見たことは、絶対に内緒である。
とはいっても、あくまで二次元作品の人物である。それがなぜ三次元で動いて喋っているのかというと──。簡単に言えば、こいつは人造生体を得た、エリュシオンとは別人格のAIなのだ。
アレから分岐したAIのひとつが、またしてもごっこ遊びに興じているわけだ。
人造生体は、ドグミッチの研究室にある睡眠ポッドに格納されていた。たしか三基ほどあったはずだが、そのなかの一体なのだろう。
以前に訪れた時は、本当にチラリと見ただけで、くわしい状態は確認しなかった。だが、どの人造生体も眠りについていたはずだ。
そういうものがあるのだなという程度の認識で、ヴィヴィアンはまったく動かす予定はなかったのだが……。
なのに、なんで勝手に動き出して、こんなところにまでしゃしゃり出てきたのか。
しかも自分から名乗りを上げている。よりによって『エンドスカル』だと! まったくもって、どういうつもりなのか──。ウラではあの尊大なAIが、また良からぬことを画策しているに違いない。
何千年も生きているクセに、幼児と同じレベルなのかよと、羞恥心でいっぱいになってくる。
ヴィヴィアンが胃の腑を吐き出しそうなため息をついた途端、エンドスカルは羽織っていたロングコートをバサリと脱ぎ捨てる。
思わず目が点になる。
フードもとられたそこには、見事な肢体を惜しげもなくさらす人造生体がいた。
いわゆるスッポンポンである。
衣服はまったく身につけていない。パンツすらはいていない。
世が世ならヘンタイとして警察に通報される状況に、ヴィヴィアンはもはや頭を抱えて一層うなだれるしかない。
「見せるほどのものでもねぇんでやすが、今夜はきれいな月が出てるもんで。どうぞ、みなさんでご覧じろう」
エンドスカルは『ドクロ公爵』の二つ名の通りドクロ──。いわゆる骸骨魔人である。
ただし目の前のエンドスカルは、骨格だけではバラバラになってしまうので、ゴムに似た透明な物質で肉付けをおこなっている。
研究室のポッドにあった人造生体は、まだそんな感じの未完成品だったのである。そこに色々な処置をしてエルフの見た目に近づけていくのだが……。
エリュシオンは、その透明な肉体のまま人造生体を起動させたようである。
いや。厳密にはそのままではない。骨の色がちがっている。白っぽいクリーム色だったはずの人造生体の骨が、今や高く上った月に照らされて虹色に輝いている。
いやいや。照り輝いているだけでなくて、ほのかに自ら発光しているらしい。
キラキラ輝く骨の光が反射して、透明な肉体の輪郭もうっすら光っている。
もう、なんというか……。ポーズをとっかえひっかえ決めている姿は、ショッピング・モールに立たせたら、子どもたちに指をさされそうなオブジェクトだ。
「見ちゃいけませんっ!」と居もしない親たちが冷ややかに告げ、子どもの手を引き足早に立ち去る姿が見えるようである。
思わず他人のふりをする。いや、ふりをしなくても他人だが、あんなのと関係があるだなんて、間違っても思われたくはない。
とにかくこのAIは、美しすぎる月の光に狂わされているのか、肉体操作が楽しすぎて浮かれまくっているのか、周囲がまったく見えていないらしい。これは経年劣化によるバグなのか? ご乱心のAIか──。
精霊たちもア然として、敵も味方も突然現れた不信者の、なんとも言えない力強いポージングを眺めている。
「……エリュシオン。あんた何やってんの?」
『何とは? 何だ。通信が途絶えてしまったので、約束通りに追加支援を送ったのだが?』
イヤーカフから聞こえてくる声は、当たり前のように答えてくる。
「アレが支援になるの?」
『もちろんだとも。何しろこの『暗黒の天魔竜王』エリュシオンと双璧をなす、あの『ドクロ公爵』エンドスカルだぞ』
「だから一体、それはどーゆう支援だ! 作戦の概要がまったくつかめないんだが? だいたいあいつは、なぜコートを脱いだ!」
『マスターもよく見てみろ。好きなのであろう? うむ。月光に反射してきらめき、なかなかに美しいホネではないか』
アホの考えることは凡人には理解しがたいが、何が「好きなのであろう」……だ。
さすがに堪忍袋の緒が切れそうになる。
「ふざけてんのか? おい。いい加減にしてくれよ、エリュシオン! あんなの……。あんなのはエンドスカル様じゃないやい! エンドスカル様に不敬だ! あんなヘンタイ、ただの『ホネ男』で十分だ!」
ヴィヴィアンは心の底からそう叫んだが、バシッ、と力強いポーズを決めたエンドスカルに「おおっ」と精霊や妖精たちの歓声が上がり、その声はかき消されてしまったのであった。
そう。寒気がするほどいたたまれないヴィヴィアンだが、周囲の精霊にはなぜかエンドスカルがウケている。ホネなんだけど……。そのホネが調子に乗って「ああん、あんあんん~」と、『月光の勇者伝説』を熱唱し出すと、さらに周囲はノッてくる。
精霊や妖精は、キラキラ光る物を好み、楽しいことが大好きなやからである。おもしろい、楽しいと思ったら、好奇心、丸出しで食らいついてくる。
新しいヒーローの出現に、沸き返る群衆。それらに押されてポツネンと佇むヴィヴィアンは、もはや過去の存在である。完全に忘れ去られてしまっている。
精霊や妖精とは、なんと単純で素直な生き物であることか。
石頭のアルセイスですら、リズムを取ってキラキラ目を輝かせてエンドスカルに見とれている。その両脇の、水を守るナーイアスと樹を守るドリュアスも、楽しそうにノリノリでエンドスカルの動きを追って適当にマネている。
もちろんチンチャードワーフたちも、うれしそうに瞳を輝かせてピョンピョンしている。
「あぁー。帰るか」
ポツリとつぶやいたヴィヴィアンは精神的に疲れ果て、もはやその空気に付いていく気力を失った。撤退のチャンス到来とばかりに、その大きくなる一方のバカ騒ぎにそっと背を向ける。
『なんだ。最後まで見て行かんのか? なかなか楽しげな見世物だぞ』
「見世物なのか。やっぱりそうなのか? あれは見世物なんだな。それにしたって、もう少しマシなAIはなかったのか? あれじゃあ、ただのお調子者じゃないか」
『なんせ急ごしらえだったものでな』
「急ごしらえのわりには、ホネ、虹色に光ってたよね? いつの間にそんなことして遊んでたんだよ……」
とぼとぼと疲れた足取りで家路につきながら、ふとヴィヴィアンは提案する。
「やっぱりAIの交換……」
『却下だ』
「即答かっ!」
どっちが主人か分からないような会話を交わしながら、神殿の奥、地下深くにある本船へと帰ったのであった。
お読みくださり、ありがとうございました。
エンドスカル──。ホネだけど、ホネだけじゃない。
透けて見える体はサカナだって持っている。
よし。その設定でいこう。
次回、「8.その者、虹色の骨にて②」。
豆と野草のスープ──。
誰かと食べる朝ご飯、イイネ!