15.とある禁句のその一言②
お読みくださり、ありがとうございます。
ジュリアロスと名乗ったヴィヴィアン。
精霊たちはそれが気に入らない様子。
しかも彼らにとってヴィヴィアンは……。
今回も、よろしくお願いいたします。
2 断罪劇
『ウウウ、ウソをつくではない!』
「ウソ?」
『この森にて眠りについておられる偉大なる女神ジュリアロス様が、おまえのような無法者であるわけがない!』
頭から湯気でも噴くんじゃないかと思うほど、怒り心頭の精霊を眺めながら、ヴィヴィアンは首を傾げる。
「んんっ? ウソなんてついてないぞ。確かにずっと寝ていたが、だれも女神だとは言ってない。それに無法者でもない」
『黙れっ! おまえはか弱いチンチャードワーフを人質に取り、縛り上げて見せしめにした揚句、畑に居座って、イチゴを勝手に食い荒らしていたというではないか!』
「ああ。まあ、確かに、イチゴはおいしかったな。実に最高だった」
『なんと、開き直るかっ!』
アルセイスは憤慨してドスドスと、また地団駄を踏んでいる。
『おまえのような者を、盗人たけだけしいと言うんじゃ!』
「それは見解の相違だな」
血管が切れそうなアルセイスを眺めながら、ヴィヴィアンは淡々と告げる。
森の恵みは、すべてのものに与えられる恵みだ。
だがそれでも、中には権利や所有がある場合もある。今回はチンチャードワーフが丹精込めて作ったイチゴだった。それを「知らなかった」の一言で食べられてしまっては、許せないのも理解できる。
だからヴィヴィアンはちゃんと謝罪し、現場を復元し、チンチャードワーフと仲直りをした、はずである。なんか最後のほうは、みんなで平伏していたような気もするが……。
そうしてもう終わったはずの話を、また関係ない者が蒸し返し、責めてくるのはお門違いだ。
『しかもおまえ、勝手に湖に入って、妖精や魚たちを追い回して、湖を荒らしたでしょう!』
アルセイスの勢いにつられてか、ビクビクしていた水のナーイアスもまた勢いづき、さらに違う話を持ち出してくる。
確かに湖に入って、泳ぎはした。だが追い回し、湖を荒らす……、とは?
「ナンダッテ……?」
『とぼけないでちょうだい!』
ナーイアスは憤慨して拳を振り下ろす。
『風精霊たちが教えてくれたわ。みんなキャアー、キャアー叫んで、ものすごい勢いで必死に泳いでいたって。おまえの瘴気に当てられたのか、グルグル回転している子や、水面に腹を向けて浮かんでいる子もいたでしょう! 何をしたのか知らないけど、ヒドすぎるわ!』
「あれは、みんなで楽しく泳いでいただけで……」
『いいえ! ヌシが気づいて追い出さなければ、被害はどこまで広がっていたことか!』
「いやいや。湖のヌシはとてもなついてくれて、わたしを引き留めようとしていたぞ?」
『そんなこと、あるはずないでしょう! あれは誰にも心を開かないボッチよ。ニブくてのろまなボッチなんだから。誰かになつくなんて、冗談でも笑えないわね!』
息をするように湖のヌシをおとしめるナーイアスに、ヴィヴィアンは「なるほど。あいつはそういう扱いなのか」と目を細める。
面白おかしくいい加減な報告をする風精霊の問題かと思ったが、それを鵜呑みにしているこの精霊もまた、ずいぶんと未熟なようだ。
それに、大きな図体をして意外にさみしがり屋なヌシを、あからさまに見下している時点で、水を守るナーイアスとしてどうかとも思う。
『それにおまえ、巡回兵を焼き殺したな。さっきだって、何匹も真っ黒焦げにして殺しただろう!』
そう糾弾の声を上げたのは、樹を守るドリュアス……の、はずの精霊。
挑発的に胸を反らし、岩の突起に片足を乗せて、屈み込むように見下ろしてくる。
『この森に対しての明らかな敵対行為だ。自らをジュリアロス様と語るようなゲスは、とっとと出て行け。ここから失せな、バケモノ野郎っ!』
ヴィヴィアンは目をぱちくりさせる。
理由はどうあれ、先に攻撃してきたのはそちらである。誤解があるにしろ何にしろ、歩み寄りというものがまるで感じられない。というか、未だかつて、こんなにガラの悪い緑の精霊には出会ったことがない。
勝手が違うので戸惑うが、こうして彼らと接していると、どうにもいろいろと違和感があった。
エルフを知らない、というだけではない。ここは『エルフの森』に似て、やはり『エルフの森』ではないのだ。ずっとエルフがいなかったのだから、考えてみればそれは当然のことなのだが……。
むしろ、なぜエルフがいないのに、ここはこんなにも『エルフの森』に似ているのか。
さっきアルセイスは、ここを『ジュリアロスの森』と言った。
この森にて眠りについているジュリアロス──。
もしそれがヴィヴィアン・ジュリアロス・ベルコ──、ここにいるヴィヴィアンのことだとしたら……。そんなふざけた名前をこの森に付けられる者は、かなり限られてくる。
(しかも女神って、何だ? そんなふうに崇拝されるような、偉いエルフじゃないんだけど?)
何がどうなっているのか、調べたい項目がまたひとつ、できてしまったようである。
しかし取り敢えず、目の前でいきり立っている精霊たちをどうにかしなくては、エルフとしての沽券に関わってきそうである。
「言いたいことは、それだけか?」
啖呵を切った精霊たちを見上げながら、ヴィヴィアンは淡々と続ける。
「言い返すのも面倒だから言わないが、そっちが一方的に決めつけて、こちらの話を聞かないというなら、わたしも好きにさせてもらう。お望み通り、出て行ってやるよ。
ただしこちらにも相応の準備が必要なんでね。しばらくはこの森を使わせてもらうが、もしも、わたしの邪魔をするようなことがあったら、そのときは容赦しないよ。犠牲を出したくなかったら、よく心に留めおくことだ」
とりあえずの、絶交宣言である。
ひるむ精霊たちを見渡し、これで終わりだなと判断して、ヴィヴィアンはきびすを返す。
とっととエリュシオンの元へ帰って、今後の作戦を練らなければいけない。
しかしそんななか、『ピィチィ、キュルキュル』と、どこかで聞いたような鳴声がする。それと同時に、暗がりから何かがピョンピョンと跳んできて、ヴィヴィアンの行く手を遮るかのように居並ぶ。
丸くてふわふわの毛並みが可愛らしい、チンチャードワーフたちだった。つぶらな瞳でいっせいにヴィヴィアンを見上げて、しきりに『ピィチィ、キュルキュル』訴えてくる。
その中から代表らしいちょっとおでぶな一匹が進み出てくると、その小さな両手をせいいっぱい伸ばして、捧げ物を差し出してくる。
『……これあげるから、行かないで』とばかりに訴えてくるチンチャードワーフたち。そこにあるのは、一粒の大きくて立派なイチゴだった。
これにはヴィヴィアンも目を見張る。
「おまえたちは、わたしが恐くないのか? いなくなったほうが、いいんじゃないのか?」
そうたずねると、チンチャードワーフたちはいっせいに首を横に振る。とんでもないとばかりに『ピチュピチュ』鳴き交わすと、キッと周囲の妖精たちをにらみ付けている。
ちょっと不安だったが、思っていたとおり、ちゃんと仲直りできていたようである。
しかもヴィヴィアンの味方になってくれるようだ。小さくか弱い妖精だったが、その存在は力強く、しかもかわいらしく、なんだか一気に緊張が緩んで、ほっこりした気持ちになってくる。
「そうか。ありがとな」
ヴィヴィアンは屈んで贈り物を受けとると、そっとその頭をなでてやる。
「キュルリ」と鳴いて、うれしそうに耳をたれる姿には、思わず頬の筋肉が緩んでしまう。最初の印象とは違い、こうしてなついてくれると、なんとも言えない愛らしさ倍増である。
もしかしなくても、このチンチャードワーフはヴィヴィアンが人質として縛り上げた、あの個体ではないだろうか。なんとなくだが、そんな気がする。
それからふと思い立って、チンチャードワーフたちに聞いてみる。
「なぁ。おまえたち、わたしに付いてこないか? じつは相棒がいるんだけどな、そいつは腹をすかせた上にケガをしていて、今は動けないんだ。そいつが回復したら、わたしはこの森を出るつもりだ」
チンチャードワーフは話に耳を傾けるように、ひくひくと鼻を鳴らしてこちらを見ている。
「だけど、その相棒はこの地面の下にいてな、ちょっとばかり図体がデカイんだ……。ああ、あの湖のヌシの何十倍もデカイんだけどな。そいつが出てくるときは地面を割って出てくるしかないんだけど──。
そうしたら、たぶんこの森は無事には済まない。結界ごと壊れるだろうから、どのみちここからは避難した方がいいと思うぞ」
チンチャードワーフは驚いたように互いに顔を見合わせるが、『なんじゃと!』『そんな!』『うそよっ!』と聞き耳を立てていたらしい外野の反応はもっと騒がしい。
「まぁ、わたしは本物のエルフだからな。どこかもっといい場所をみつけて、新しく本物の『エルフの森』をつくってもいいな。そうしたらチンチャードワーフはそこの住人、第一号に決定だな」
それを聞いたチンチャードワーフたちは、付いてくる気マンマンらしく、喜んでいっせいに飛び跳ねている。それとは対称的に、一気に青ざめる精霊たち。
だが知ったことではない。
とりあえず、それも今すぐという話ではないのだ。
エリュシオンが飛び立てるようになるまでには、まだいくつもの重要課題が残っている。それがクリアされるまで、どれほどの時間が掛かるかは分からない。まだ解決の糸口すら掴んでいないのだから。
それまでにじっくりとこの森を掌握……するかはさておき、せいぜい楽しく過ごさせてもらうつもりだった。
『ま、ままま、待て! おまえたちは、そこのゴブリン・キングに畑を荒らされたのではなかったのか! なぜ、そいつに従うのじゃ!』
『ピィチィ、キュルキュル。チュピィ(畑、戻してくれた。それに強い。優しい。大好きになった)』
『ええい。そんなに簡単になつくでないわ! おまえたち、だまされておるぞ! さっきの話を聞いておらんかったのか? そこのゴブリン・キングは、この森を破壊すると言ったのじゃぞ!』
『キュルル、ピチィ(新しい森、引っ越す)』
『そんなのは口から出任せじゃ。できるはずがあるまい!』
『ピィチィ、キュル(決めつけ、よくない)』
チンチャードワーフたちは、思った以上に賢い妖精のようである。しかも、アルセイスとのやり取りに、ひるむ様子もない。堂々とやりあう姿は、頼もしいほどである。
それに比べてこの石頭は、またまた人のことをゴブリン呼ばわりしてはばからない。まったくもって、かわいげの「か」の字もない。
「そういうことだ。ちゃんと出て行くときは知らせてやるから。それまでにここから逃げ出すなり、森と共に滅びるなり、考えておくことだな」
『ええい。考えるまでもないわ。ここでおまえを始末すればいいだけの話』
「あのね。その考えこそムダなんじゃないか?」
『ふはははははっ!』
なかばヤケっぱちではないかと思われる哄笑を上げて、アルセイスは周囲の精霊に目を配る。
『よいか、みなの者! ここであやつを葬り去るぞ。われらはこの森と命運を共にする者。今ここであやつを討ち滅ぼさぬ限り、われわれに明日はない! 裏切り者のチンチャードワーフともども、この森の総力を以てして、滅ぼしてくれようぞっ!』
アルセイスの宣言で、その場には一気に不穏な気配がたちこめる。その場をピリリッとした緊張が支配し、さすがのチンチャードワーフも狼狽えて身をすりあわせている。
ヴィヴィアンもこぼれそうになるため息を呑み込み、頑固な石頭のアルセイスと殺気立つその仲間たちを見つめる。
どうしてそう、すぐにことを荒げようとするのか。手っ取り早く暴力で解決することに、普段からなじんでいるのだろうか。
そんなに暴力が好きで、力で排除することを望むなら、ヴィヴィアンとてそれに付き合ってやることはやぶさかではないのだ。エリュシオンを地上に出そうと思ったら、どうせ森は破壊される。
ヴィヴィアンが少し先に焼き払ったところで、そうたいした違いはない。
ドライにそう考えて、ヴィヴィアンとチンチャードワーフを取り巻く障壁に、炎をまとわせようとしたその時──。それは突然、現れたのだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
ようやくかわいくなってきた、チンチャードワーフ。
かわいい子たちに守られるって、ちょっと感動!
次回、「8.その者、虹色の骨にて①」。
ついに禁断のヘンタイ登場!?
いや、あれは単なる……。