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12.それらとの新たな邂逅は①

お読みくださり、ありがとうございます。


チンチャードワーフと和解したヴィヴィアン。

イチゴも堪能できてご満悦。

ここからさらなる森の探索が続きます。


今回も、よろしくお願いいたします。

1 ヌシとスズメバチ


 翌日はさらに先へと足を進め、大きな湖を見つけたので行水をすることにした。


 本来なら水着に着替えるところだが、もとからあまり女だという自覚もなく、羞恥心に乏しいヴィヴィアンのことである。

 ついでに言うなら、地上に出てからずっと浮かれ調子のエルフである。

 岩の上でためらいなくスッポンポンになると、勢いよく水に飛び込んでいた。


 澄んだ水を高く跳ね上げながら、しぶきが日の光にキラキラと輝く様を楽しむ。

 それから水棲仕様に体を変化させれば、水中だろうと楽々呼吸ができた。

 そのまま深みまで潜って魚たちを追いかけたり、急上昇して水面へとジャンプしたりして、一匹の人魚のようにスイスイと湖を泳いでみせては楽しげに遊び回る。


 実際、冷たい水が肌の上をすべっていく感触を、ヴィヴィアンは心から楽しんでいた。長い髪が藻のように揺れるのが少し鬱陶しかったが、こんなに透き通る美しい水の世界に入るのは何年ぶりか。

 天上から差し込む光が、水中でゆらゆらと揺れる光景は、それだけで胸が一杯になってくる。体を思い切り動かして、空を飛ぶような心地で水中を移動する。


 そうやって突然、湖に入ってきて我が物顔で遊び出したちん入者に、水辺の精霊たちはざわざわと騒いでいた。

〈何者だ〉という警戒心と、〈あれは何だ〉という好奇心。

 最初は遠巻きに眺めていた彼らも、ヴィヴィアンがあまりに楽しそうに泳ぐものだから、つい引き込まれてしまう。


 意を決した精霊がいくつかそっと並んで泳ぎ始めると、ヴィヴィアンは変則的にクネクネと泳ぎだして、まるでみんなでダンスを踊っているかのようだった。

 それが何だか楽しくて、見ているだけだった精霊たちも次から次へと、踊りの輪に参加していく。


 言葉は一言もない。水を跳ね上げ、変則的に緩急をくり返し、それぞれ自由に泳ぎ回っている。

 ただ、なぜだかわからないが、それが楽しくてたまらない。何だかワクワクしてきておもしろい! という感覚が共有されていく。

 ヴィヴィアンを先頭にした、追いかけっこのような踊りの輪は、湖いっぱいにまで広がっていく。




 湖底の洞窟で昼寝をしていた湖のヌシも、さすがにその騒ぎには気がついた。

 眠い目をしばたかせながら、この騒ぎは何事かと、洞窟からのっそり顔を出す。


 そこには浮かれ騒いで泳ぎ回る、精霊とサカナたちの姿があった。

 それから見たこともない生き物──。緑がかった灰黒色の長く美しい()を身にまとい、艶やかな濃緑色のウロコがなまめかしい生き物がいる。

 それが集団の先陣を切って、滑るようにゆったりとヌシの上方を横切っていった。それに続く、お祭り騒ぎのような配下たち。


 興味を引かれ、その中へとゆっくり浮上してやると、気づいたものからパッと、クモの子を散らしたように慌てて逃げ去ってゆく。


 なにしろ湖のヌシの姿は、途方もなく大きかった。肢体は平たく優美な曲線を描き、まるで湖に沈んだ真っ黒な島のようである。

 その大きな口をガバリと開けば、ヴィヴィアンなど余裕のひと呑みで腹の中だ。


 振り返ったヴィヴィアンは、その異様な黒い生き物──。この湖のヌシであるオオヒョウナマズにギョッとする。

 いつの間にか精霊とサカナたちはすっかり姿を消して、そのヌシだけがヴィヴィアンの後を付いてくるのである。


(食いついてくるつもりか……)


 と、警戒したヴィヴィアンだったが、ヌシからは敵意は感じられない。

 挑発するようにクイックを掛けてみるが、ゆったりと同じような距離感で泳いでくる。

 ただ、ヴィヴィアンに興味をそそられて出てきただけのようだ。


 なら、一緒に水中をランデブーしてやることも、やぶさかではない。

 大きなヌシを従えて、ヴィヴィアンはゆったりと広い湖を一周する。深みに誘いをかけたり、ゆらゆらとクラゲのように漂ったり、水面に浮上して背泳ぎで空を仰ぎ見たりする。

 そうして、中天を超えた太陽に気付き、そろそろ水遊びも終わりにしようと思う。


 これでおしまいと、ヌシに手を振って別れの挨拶を送るが、なぜかヌシは浅瀬までピッタリとくっついてくる。そして〈まだ帰るな〉と、行く手を遮るような仕草をとる。

 たくみにシッポを使ったり、水流を生み出したりしてヴィヴィアンを囲い込み、ふたたび深みへと連れて行こうとする。


 なんだか懐かれてしまったようだ。

 その図体はとてつもなく大きく、力尽くで引きずられたらかなわないのだが、中身のほうはまるで子どものようだった。


 この森の精霊たちは、総じてスレていないというか幼い──。

 そんな印象があった。

 まるでエルフなど知らないかのように、ヴィヴィアンに対して素直に怒ったり興味を持ったりしてくる。というか、本当にエルフを知らないのだろう。

 だから恐れることもなく、こうして興味のままに構ってくるのだ。


 これはきちんと躾けておく必要があった。

 これから同じ森の住人となるのだが、それぞれ生きる世界が異なっている。いくら水棲仕様になれるとはいえ、ずっと水中で暮らすつもりはヴィヴィアンにはない。

 たまに遊びに来ることはあっても、時間が来たら帰らなければならないのだ。


 いつまでも放そうとしないオオヒョウナマズの頭に触れ、ヴィヴィアンは言霊を響かせる。


「今日はもうおしまいだ。私は家に帰るから、放してくれないか」


〈イヤダ、イヤダ〉と身を震わせるヌシに、ヴィヴィアンは「バカモノ」と厳しい一喝を下す。


「ちゃんと帰してくれないと、嫌いになっちゃうからな。もう遊んでやらないからな!」


 毅然とした態度でそう告げると、見るからにシュンとしょげている。それでも小さく〈イヤダ、イヤダ〉を繰り返すヌシは、けれど半分は解放へと気持ちが傾き始めているようだ。

 どうやら本当に嫌われたくない気持ちが、強くあるようである。


「今日は本当に楽しかった。ここの水はキレイだし、とても気持ちのいい湖だ。おまえはいいヌシだな。今日はもう帰るけど、また遊びにきてやるから。そんなに悲しまなくても、大丈夫だ」

〈マタ、アエル……?〉

「ああ。また、会いに来る。約束しよう」


 確信を込めて告げると、それは言霊に乗って強くオオヒョウナマズのもとへ届いたようだった。

 ヴィヴィアンをぐるりと取り囲んでいたシッポが、ゆらりと解かれる。

「いい子だ」そう言ってポンポンと頭を叩いてやると、ヴィヴィアンはさっさと浅瀬から陸に上がる。


 浮力から解放された体に、一気に重力がのし掛かってくる。

 けだるく億劫な体を動かして、水棲仕様からプラントモードへと移行する。風と火魔法で濡れた体を乾かし、岩場に脱いだままだった衣服を身につける。

 ものすごい視線を水中から感じるが、まあ、そこはご愛敬だ。


 そうして、いつまでも名残惜しそうなオオヒョウナマズに再度手を振って、ヴィヴィアンは湖を離れた。


『食われるかと思ったぞ』

「はははっ。私もそう思った。だけど意外と、人なつっこいやつだったな」

『また、配下にしたのだな』

「別に配下にした覚えはないよ。ちょっと遊んでやっただけだ」


 そう答えたヴィヴィアンは、ふと耳を澄ませた。

 ブウーンという高い羽音が聞こえてきたからだ。




 周囲を見渡すと、森の奥から黒っぽい何かが、ブウーンと恐ろしいうなりを上げて向かってくる。

 とっさに障壁を張る。

 それはいきなり正面から、二度、三度と体当たりをかましてきた。

 すべて障壁に弾かれたが、気がつくといくつもの大きなハチに周囲を取り囲まれる。それはカチカチと警戒音を発しながら、次から次へとぶつかってくる。


「うわぁ。この森にはスズメバチがいるのかー」

『ふむ。こいつはオオアクマスズメバチだな。攻撃性が高く、毒も持っている。獲物や敵には粘着質で、しつこく集団で襲ってくる。刺されたらやっかいだぞ』

「あちゃ~。確か、むちゃくちゃ腫れて痛いんだよね。ここに薬はないし……。やだなぁ。ここら辺に巣でもあるのかね。もしかしてヤツらのテリトリーに入っちゃった?」


 しかし周囲を見回してみても、巣の場所など、とっさには分からない。


『餌場を荒らす敵、と判断したのかもしれんな』

「いやいや。確かに果物や花の蜜は、わたしも好きだよ。だけど肉食はしないから。特に『昆虫の肉団子』なんて絶対に食べないから」

『いっそ配下にしてはどうだ?』

「あのね。虫使いじゃないんだから。なんでもかんでも仲良くなれるわけじゃないよ?」


 そう言っている間にも攻撃は続き、ブワッと障壁の表面がにじむ。


『おお。毒を噴射しておるぞ。目に入ったら、さぞかし悶絶の激痛じゃろう』

「い……、痛いのは、絶対にヤダ。もういっそ、殲滅駆除してやろうか」


 物騒なことをつぶやいて、ふと、案外それがいいんじゃないかと思えてくる。いわゆる害虫駆除である。

 こんな風にいきなり攻撃されては、とてもではないが安心して森の中を歩けない。

 自然環境は繊細なものだから、本当はあまり干渉したくないが、これからはエルフたるヴィヴィアンが生きる場所だ。これも弱肉強食の一環ではないか?


 数を増しているオオアクマスズメバチをジロリと見渡して、障壁の表面に炎をまとわせる。突撃してきたハチがボッと燃え上がり、一瞬で炭化し地に落ちる。

 勢いのまま数匹が突撃し、真っ黒に焼け焦げて地に落ちたところで、ハチたちの猛攻が止む。


「かかってきなよ。飛んで火に入るスズメバチ!」

(──全滅させてやるから)


 その意思を言霊に込めてぶつけてやると、にぶい昆虫でも感じるところがあったらしい。カチカチ威嚇音を発していたハチたちは、急に身を翻して飛び去っていく。

 あるいは炎の障壁の中にいたヴィヴィアンを、見失ったのかもしれない。

 

「このまま見失わないよう、追いかけるよ!」

『深追いするつもりか?』

「巣を始末しないと、また湧いて出るじゃないか。緊急事態だ。中継が足りずに通信が途切れても、目印はちゃんと持ってるから、追加支援を頼む」

『了解した。だが無茶はするなよ』

「まっかせなさーい」


 そのまま付かず離れず、見失わないようにハチの後を追いかけていく。飛行速度はそれなりにあるが、羽音は大きく、ハチも両手で抱えられるくらい大きい。

 よほど狭い場所を通ったり、絶壁の奈落でも超えない限り、見失うことはない。

 森を南下気味に進むが、どこまでも美しく整えられた「エルフの森」が続いていく。ただし植生にさらなる巨木が増え始め、深奥に向かっている感じがある。


 あちこちに生えるキノコや野草、小動物や虫などに目を取られつつ、それはあとで、と目の前のハチに集中する。

 そうして中継器も最後を使い切ると、日がだいぶ西に傾いていた。

 森の中では早くから影が差す。真っ暗になるまで、あと一時間と少しといったところだ。

 スズメバチも夜は巣に帰る。なので、だいぶ巣に近づいたはずだった。


 オオアクマスズメバチの巣の位置さえ分かれば、いつでも駆除できる──。

 そう思っていたのだが、どうやら森の奥へと誘い込まれたのは、ヴィヴィアンのほうらしかった。





お読みくださり、ありがとうございました。


両腕で抱えるほどの大きなハチ──。

そんなのに襲われたら、まじコワイ。


次回、「6.それらとの新たな邂逅は②」。

三精霊、登場!

ヴィヴィアン、またしてもピンチ!?

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