11.あるいはその美しい楽園は③
お読みくださり、ありがとうございます。
森で見つけたイチゴに大興奮のヴィヴィアン。
しかし何者かの邪魔が入ります。
さて、その正体とは……。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
3 チンチャードワーフ
「……あれは、何だ!」
『この森に生息している生物だな。おそらくチンチャードワーフと思われる』
しっかり録画した映像から、その生体的特徴を割り出し、エリュシオンは参照データをデバイスにあげてくる。
「ええっと。……チンチャードワーフ? うーん。たしか土系統の妖精だったっけ?」
『そうだ。囲まれておるぞ』
「ええっ? いつの間に……」
座り直して周囲をよく見てみると、確かにあちらこちらの草かげから、チラチラと茶色い毛玉がのぞいている。耳の大きな可愛らしい小動物だが、そのつぶらな瞳は警戒するようにこちらを見ている。
「あー。もしかしてあんたたちのイチゴだった? 勝手に取ったから怒ってるのか?」
チンチャードワーフたちは『そうだ!』と言わんばかりにフンスカ鼻を鳴らしている。
同時に指向性の風が吹いて、いくつもの弾丸が飛んでくる。
先ほどヴィヴィアンの額を撃ったのと同じドングリ弾。しかも今度は雨アラレとばかりの、絶え間ない猛襲である。
殺傷能力こそないが、風とともに叩き付けられ、当たればそれなりに痛い。
ヴィヴィアンは「うわっ!」と悲鳴を上げ、とっさに両腕を掲げて顔面をガードする。魔法で障壁を張れば良いのだが、驚き過ぎてそんなことはすっかり頭から抜けていた。
向けられる敵意には、怒りが含まれている。
ここの精霊たちがよそよそしく、遠巻きにヴィヴィアンを眺めているのは分かっていた。だがまさか、こんなにはっきり敵意を叩き付けてくるとは思わなかった。
エルフの森でエルフが精霊から襲撃されるなんて、ホントありえないことだ。
確かにイチゴをいただこうとしたが、森の守護者にして精霊の同胞たるエルフに対して、いきなりコレはない。
「痛いじゃないか! いきなり何するんだ! ちょっとおまえら全員、そこへ直れっ!」
ヴィヴィアンは勢いよく立ち上がると声高に叫び、飛んでくるドングリを防御壁で全弾はじき返す。
それに驚いたのか、いっせいに逃げ出したチンチャードワーフ。その中から、いかにもトロそうなおでぶ一匹を標的にしぼる。
ヴィヴィアンはそいつに素早く飛びかかる。ここぞとばかりに、ムダに優秀なEXエルフの瞬発力を生かして飛びつき、危なげなく標的をとらえる。
その茶色い毛玉の首根っこをむんずと掴み取ると、目の前の高さにブラーンとぶら下げる。
「ふっふっふっふっ……。つかまえた~」
あわれなチンチャードワーフは、空中で必死にピョンピョンと後ろ足を動かしている。おでぶなのでかなりの衝撃があるが、その程度では怒りのエルフの手はゆるまない。
「さぁーて。どぉーして、くれよぉーかぁー?」
悪い顔をしたエルフはニンマリと笑う。おびえて耳を垂らすチンチャードワーフ──。
それを見つめるスパイアイの瞳孔が収縮拡大をくり返し、イヤーカフからエリュシオンのツッコミが入る。
『ふははははっ。さすが我が主だ! この「暗黒の天魔竜王」を従えるにふさわしいワルよのぉ』
「やかましい。だれがワルだ。そんなことよりもだ。どうやら森を探索する前に、この森での地位獲得のほうが先に必要なようだ。これから森を掌握し直す。しっかり協力してくれよ、エリュシオン」
ヴィヴィアンは掴んでいたチンチャードワーフを、そこら辺のツタでグルグルに縛り上げると、逃げ出せないように適当なクイと一緒に地面に突き刺しておく。
「これで、よし。コイツはいったん、ここにおいといて。さてさて……」
そうつぶやくとあらためて、イチゴ畑のど真ん中に座り直す。
邪魔が入って中断された、さっきのお楽しみの仕切り直しだった。
再び特に立派な赤いお日様の果実に手を伸ばし、そっと丁寧に摘み取ると、大きく口を開けて今度こそ、その一粒を放り込む。
そうしてじっくりと噛みしめ、その芳醇な味と香りを堪能する。
「んんんんっ~! はあぁぁ~。うまいっ! あまいっ! おいひいっ~! じゅーしーっ!」
感動ひとしおとばかりにご満悦で舌鼓を打ち、次から次へと赤い果実を摘み取ってゆく。それから摘み取っては口の中へ、摘み取っては口の中へを繰り返す。
お口いっぱいに幸せがあふれ、例えようもなく満ちてくる幸福感に「たまら~ん」とばかりに身を震わせる。
五臓六腑にまでしみわたるような酸味と甘みのマッチングに、ほっぺたもとろけ落ちそうだった。
大粒の実はどれもよくできている。きっとどこかの妖精が、丹精込めて手入れしてきた成果だろう。
その、どこかの誰かである森の妖精たちは、さぞかしマジメにがんばってこのイチゴ畑を作り上げてきたに違いない。
その苦労の最後にようやくおとずれる、収穫という最大のイベント。しかしその収穫の栄誉は、どこぞと知れぬ者によって奪われてしまい、さぞかし怒り心頭のご様子だった。
さらなるドングリ弾の猛攻に加えて、針葉樹の硬く尖った針や石つぶてまで飛び始める。
それらはもちろん、ヴィヴィアンの張った障壁によって全てはばまれる。
今や陽だまりのイチゴ畑一帯は、ドーム状の見えない防壁に覆われて、せっかくの攻撃も一向に憎い略奪者には届かない。
それを横目に、しっかりとお腹いっぱいになったヴィヴィアンは、「うまかった~!」と満足そうに膨れたお腹をさすり、食後の小休憩に入る。
チラリと周囲に目をやると、チンチャードワーフは悔しそうにキュルピピ泣きながら、ピョンピョン飛び跳ねている。中には障壁に飛びかかり、後ろ足で蹴りつけている者もいる。
風と土の精霊たちも彼らを応援して、協力して色々な物を投げ続けていた。ドングリに始まり、小枝に小石と、いろいろぶつけてくるのはヤツらのようだ。
その精霊も小さい。下位の精霊ばかりだ。しかも若い。
しもべである妖精を従えるというより、妖精チンチャードワーフの感情に引きずられているように見える。
とにかく、どちらも話ができるほど、高等な知性は持ち合わせていないようだ。
だったら対話する術は、ひとつしかない。
「おい、おまえら。いい加減にしろよ」
再び立ち上がったヴィヴィアンは、ぐるりと回りを見渡して声を張り上げる。
それからクイで地面に突き刺されて、しょんぼりうなだれていたちょっぴりおでぶなチンチャードワーフを、グビッとつまみ上げて高く掲げる。
「さて。コイツをどうしてくれようか。おまえたち、わたしの話を聞くつもりはあるのか? 話を聞くならこのまま無傷で返してもいいが、できないきら……見せしめに皮でも剥いでやろうか──。なぁ。どうする? おまえたち次第だ!」
風に『言霊』を乗せてしゃべれば、精霊たちにはその意図は通じる。
だが精霊よりも、妖精チンチャードワーフたちに激震が走ったようだった。
つかまっている本人は、あからさまにブルリッと身を震わせるが、それを見守る仲間たちも「ピィチィ、キュルキュル」と、声を上げて慌てふためいている。
「だけど一匹むいたら、百匹も変わらないかぁ。チンチャードワーフの毛皮は暖かいし、肉はゴブリンのエサに使えるし。ああ、このシッポもいいアクセサリーになりそうだ。別にシッポだけ切り取ってもいいかなぁ~」
そう告げて人質のシッポの先を摘まみ上げてみせると、チンチャードワーフたちは一斉にピッと毛を逆立たせる。それから慌てて自分のシッポをマタの間にはさみこみ、どうにか隠そうとし始める。
けれどフサッとした長いシッポは隠しきれず、なかなか愛嬌のある仕草となっている。ちゃんと意味は通じているようだ。
あんまり意地悪しすぎてこじれるのも何だが、思うより素直な反応にちょっと悪乗りしたくなる。
「おとなしくわたしに従うなら、これまでのおまえたちの無礼は許してやろう。イチゴもおいしかったしな。従う者は恭順の意を示し、わたしの前にひれ伏せ!」
ピッピーッ! とばかりに、チンチャードワーフたちがひれ伏のウェーブを起こしていく。
端っこの最期の一匹が、周囲を見渡したあげく、なんだかよくわからないまま慌てて突っ伏してみせると、ヴィヴィアンはうんうんと頷く。
『いやはや。まさか本当に、愚民どもがいっせいに平伏する様を見られようとはな。さすが、この「暗黒の天魔竜王」エリュシオンの……』
「ああ。もう、それはいいってば! だけどこいつら、いいノリしてるよな?」
『これは……。ノリではなく、本気の恭順ではないのか?』
「……?」
その後は約束通り、ヴィヴィアンは捕らえていたチンチャードワーフを解放してやる。
「悪かったな。あんたたちの大事なイチゴを勝手に食べたりして。でも本当においしかったよ」
それからお詫びにと、ヴィヴィアンは畑の状態を回復させる──。少しばかり魔法でイチゴの成長速度を速めてやると、瞬く間にまだ青い実がふっくらとして色づき、あちこちに赤い彩りが結び始める。
チンチャードワーフたちが驚き、喜んだのは言うまでもない。
風と土の精霊たちは、いつの間にか姿を消していた。
ヤツらはひれ伏したわけではなかったが、それがなんとなく次のトラブルの呼び水になりそうな、そんな予感があった。
あとはその辺りを軽く見て回り、また仲良くなったチンチャードワーフからイチゴのおみやげをもらうと、その日はいったん神殿へともどることになった。
お読みくださり、ありがとうございました。
さて、今回出てきた妖精チンチャードワーフ。
チンチラという生き物をイメージしています。
仲良くなれて? ホッとひと安心。
次回、「6.それらとの新たな邂逅は①」
ヌシとスズメバチ──。
ちょっと、コワイ……かも?