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10.あるいはその美しい楽園は②

お読みくださり、ありがとうございます。


地上の光に触れて、感慨ひとしおのヴィヴィアン。

3579年の時の流れを受けとめ、新たな世界へ──。


今回も、よろしくお願いいたします。

2 陽だまりの果実


 そんなわけで──。

 次の日から、改めて本格的な地上の探索の開始だった。

 最初にスパイアイがたどり着いた神殿のような建物が、その拠点となる。

 奥にある崩れかけた一室の床石をどけると、ヴィヴィアン一人がやっと通り抜けられる穴がある。

 これでもロボットを使って拡張したのだが、そこから下は現在も改装工事中である。


 それからこの神殿だが、風化の具合から見ると、建てられてから数百年は経ているようだった。

 この数ヶ月の間、スパイアイで監視を続けてきたが、精霊と妖精、自然動物以外に訪れる者はなかった。これを建てたであろう者たちの姿はなく、使われることがなくなってから、ずいぶんと久しいようだった。


 巨石を切り出して積み上げたような単純な構造だが、ドッシリと重く頑丈で安定感がある。測量の技術もあるのか、床や柱の歪みも少ない。

 これだけのものを重機を使わず、テコの原理を応用しただけの力業で建てたのなら、それはすごいことだとヴィヴィアンは思ってしまう。


 内部は結構荒れていたが、外回りは大型の虫の妖精が植物の侵食を防いるようで、神殿が森に飲み込まれることはなさそうだった。

 他にも外壁の簡単な補修を、土の妖精が行っていたりする。彼らはさっそく屋根に取り付けた太陽光パネルに興味を示し、あやうく壊されそうになったので、妖精よけを配置しなければならなかった。


 比較的きれいに外観が残っているのは、そういった精霊や妖精のおかげである。

 精霊たちが敬うような存在がここに奉られているか、あるいは神殿を建てた者にそう命じられているのだろう。つまり精霊をよく知っている者の気配が、ここには感じられたるのだ。


 エルフの電子魔導文明に頼らずに、こういう立派な神殿を建てることのできる者たちが、数百年前、ここに存在していたことになる。

 恐らく今も、どこかで生き続けているのだろう。


 問題はそれが、何の種族か──、ということだ。


 エルフに近い、エルフの真似ができる種族となると──。

 小鬼族(スターフィス)、竜族、オーク、ゴブリン……。

 あるいは一周回って、自然に帰依したエルフ、という可能性もある。

 まあ。とにかく周囲を探索していれば、そのうち出会うことになるだろう。

 その時は、できたら友好的な関係を築きたいものだが……。


 今日のところは、ひとまず神殿から南西の方角に向かってみることにする。

 小型ドローンの偵察では、その方角に巨大な建物らしきものがあることが分かっていた。しかし上空から周囲を見渡しただけなので、そこにいるのが何かなどの詳しい情報はない。

 ドローンにもAIが搭載されて自律飛行は可能なのだが、今のところ通信ができる範囲でしか使う気はなかった。不測の事態で失うのは困るからである。

 なんせ、どの子もヴィヴィアンが手塩にかけて修理した、かわいいかわいい我が子同然のロボットたちである。雑な使い方をして、一機たりとて失うつもりはなかった。


 ヴィヴィアンが身につけているイヤーカフも同じで、電波の関係でどうしたって使える範囲に限界が生じてくる。

 念のため中継器をいくつか用意しているが、エリュシオンと連絡がとれなくなるのは、想定の範囲内だった。

 とにかく日帰りで行ける範囲まで行くつもりだったのだが……。




 神殿の周辺には巨木はなく、ぽっかり穴が開いたように日当たりが良い。

 精霊や妖精たちが木々や草を手入れをして、神殿が森に呑まれるのを防いでいるためである。だが、昨日はそこからあまり動かなかったせいで、気づかなかったのだ。


 鬱蒼とした森を進み行き、そこでようやく同じように森が手入れされていることに気がつく。

 ここは自然のなりゆきのままに放置された森ではない。

 神殿とその周囲だけではなく、森自体に手が入れられて適度に管理されている。


「……ここは、エルフの森だ」


 鬱蒼と無秩序に樹木が生い茂っているようで、きちんとエルフが通るための道筋がある。目に付く範囲には必ず陽だまりがいくつか存在し、きれいな水をたたえる泉や小川がある。

 この心地よい安らぎのある雰囲気はよく知っている。忘れるはずもない。既視感と懐かしさから思わず胸が熱くなってくる。


 あちこちには、なじみ深い精霊の気配も確かにあった。

 ここが本当に『エルフの森』なら、水を守るナーイアス、樹を守るドリュアス、森を守るアルセイス──。それらが存在していて、おそらく結界を張っている。

 なぜだか姿を現さないが、いくつもの視線がこちらを遠巻きに窺っている気配はずっとあった。


 思わず立ち止まって周囲を見渡す。

 誰かが木陰から現れないか、大樹の上で昼寝をしていないか、美しい水辺で読書でもしていないか……。

 どこかで一人くらい出会うんじゃないかと、ありもしないエルフの姿を探してしまう。そんな者はどこにもいないのに、この小道の先から歩いてくるエルフを想像してしまう。

 たくさんの精霊たちに守られた、こんなにも美しく心地のよい森なのだ。それなのに誰もいないなんて、本当にそんなことがあるだろうか。


『……どうした、マスター』

「いや。何でもないよ。ただ……。こんなに美しい森なのに、なぜエルフはわたしひとりなんだろうってね。不思議なんだ。いや、なんだかとても信じられないんだよ」

『だが実際、エルフらしき生命体の存在は、この周辺にはない。マスターひとりきりだぞ』

「……だろうね」


 そう答えを返しながら、なんだか泣きたくなるような気持ちをぐっとこらえる。


「やっぱり、そうなんだな。分かってるよ。ただの感傷だ」

『ふむ。そういう感覚的なことは、吾輩には理解しかねるが、エルフが好みそうな森であることは理解できる。ほら、あそこを見てみろ──』


 人工角膜に映し出される方向に目を向けると、少し先の左手に大きな陽だまりの草むらがあった。

 つやのある深い緑の葉っぱが群生していて、日の光に輝いている。その影にチラリとのぞく赤い色。


「えっ?! あれって……、もしかして……!」


 そう言って声を上げると、ヴィヴィアンはしばし呆けたように立ちつくす。だが次の瞬間には、一足飛びにその陽だまりへと駆けよっていた。

 木々の切れ間から一直線に差し込む光を浴びて、青々と茂っている植物たちをそっと見下ろす。


 ヴィヴィアンは思わず口角を上げ、その黒色の目をキラキラと輝かせた。

 いや実際には、そのつやつやの葉っぱの下から、そっと顔をのぞかせている、赤い果実にである。


「やっぱり! これ……、イチゴじゃないか!! 間違いない、イチゴだよ。イチゴ! 本物の生きたイチゴだよ! よくやった! えらいぞ、でかした、最高だよ、エリュシオン!」

『むむむ……。やはりマスターも好物なのだな』

「もっちろん! ……っていうか、目覚めてからずっと、あの味気ない粗食だったんだよぉ? これは夢にまで見た生鮮食品、第一号──。イチゴなだけに、感慨もひとしおというものだよぉー」

『なるほど。喜びも、あまりに過ぎると、よく分からんダジャレまで出るのだな』

「しかもこんなに大きくて、つやっ、つや! これが食べずにいられようか」


 その場にしゃがみ込んで、とりわけ大きく赤い実を手に取ると、プチッと摘み取ってみる。

 それだけで甘くかぐわしい香りが鼻につく。指先に吸い付くようなイチゴの弾力にも、思わず笑みがこぼれる。

 目の前に掲げると、寄り目になりそうなほど近くから、じっくりとその陽だまりの果実の輝きを堪能する。


 美しい──。

 その至宝の輝きとも思える果実を、そのまま大きく開けた口へと運ぶ。

 丸ごと口に放り込み、パクリとやろうとしたその瞬間──。

 どこからともなく真っ直ぐにとんできた弾丸が、ヴィヴィアンの額を撃っていた。


「ウゲゲッ!」


 思わずうめいてのけぞるその視界の先では、手から飛び出したイチゴが大きく弧をえがき、宙を舞っていた。


「わ、わたしの、イチゴ……!!!」


 それをサアッと空中でキャッチし、かすめ取っていく、不届きな影。


 背後からひっくり返って地面に倒れたヴィヴィアンは、そのまま素早く横に転がって腹ばいのまま上体を起こした。

 視線だけでその影を追ったが、その不届き者はピョンピョン跳ねながら、あっという間に藪の向こうへと消えていった。


 だが、その茶色く丸い後ろ姿──。

 決して逃すまじと、バッチリ網膜に焼き付けるヴィヴィアンだった。





お読みくださり、ありがとうございました。


しんみりモードから急展開!

あふれるイチゴ愛、感じましたか?

てか、イチゴ……まだ食べてない。


次回、「5.あるいはその美しい楽園は③」

茶色い毛玉、みーつけた!


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