第9話 拉致
それから約3ヶ月後。
俺は順調に探索や討伐をこなし、我が家も人並みの生活ができるようになってきた。
お金も溜まってきて、そろそろスラムからの脱出も現実味を帯びてきた頃だった。
「おい、ライル。お前もそろそろ酒が飲める年頃だろう。付き合え、ほら!」
「まだ成人してないよ」
「固いこと言うな! 俺とお前の仲だろ? ほら!」
きつそうな酒をグラスに注ぎ進めてくる。
正直言えばお酒に興味がないことはない。
まだ昼過ぎだからこの後もう一働きしようかと思っていたが、今日はもういいかな。
「じゃあ、ちょっとだけ」
「よし、それでこそ男だ!」
「ちょっとライル君!」
「ああっ! おい、ミネルバ邪魔すんな! 折角ライルの初めてを奪えるって所で!」
「ライル君の初めて? それはそれで非常に興味深いけど――ライル君、この子がライル君に話しがあるって」
ミネルバの傍らには一人の少年がいた。
エルドよりも更に幼いであろう少年だ。
「……ライル……お兄ちゃん?」
「そうだけど?」
「エルド兄ちゃんが攫われた!」
「何!?」
俺は思わず席を立ち上がる。
そうかこの子は孤児院の子か。
エルドが教会の孤児院の子を束ねて親分みたいになってるらしいと、前に母さんから聞いた気がする。
「誰に? どこに攫われたんだ?」
「ケニー団の奴らに……」
「っ……!」
なんでよりによってケニーの奴らに。
「おいライル、警備局に救出を依頼するんだ」
「……待てない。ギャレットも知ってるだろ。ケニーたちは主に少年の集まりだがギャング団だ。ぐずぐずしてたら最悪奴隷紋を刻まれて売っ払われる。それに俺が話せばまだ――」
「ダメだ、前にも言ったろう! 奴らは、ケニーはもうお前が知ってるような人間じゃない!」
その時、俺の脳裏にケニーの姉さんの残像が浮かぶ。
スラムの薔薇とまで謳われた彼女の美しいその姿が。
そしてその姿は薔薇の棘に触れたかのように俺の心に痛みを生じさせる。
「くっ…………ごめんギャレット!」
「待て!」
俺を捕まえようとするギャレットを躱し、ギルドを飛び出す。
ケニーたちのたまり場、アジトは把握している。
後方で何事か叫んでいるギャレットを遠耳に、俺は全力でエルドの元へと走った。
「はあはあ……」
片目を眼帯で覆っている少女が店番をしている。
店は雑貨から飲食まで提供しているなんでも屋といった様相だ。
少女は突如現れた不審者に目を丸くしていた。
「な、何あんた、客?」
「…………はあはあ、ふぅーー。いや違う」
「だったら……」
「ケニーはいるか?」
ケニーの名を出すと途端に少女の目つきが変わり鋭くなる。
「要件は?」
「ケニー団が攫った弟を返してもらいたい」
「ちょっと待ってて」
少女は店の奥に行くと他の店員に何やら耳打ちする。
その店員からも鋭い視線が俺に向けられる。
店員と少女が奥に消える。
「こっちに来て」
しばらくすると少女が戻り、顎でしゃくられて促される。
店の奥に行き、調理場を通り抜け、スラムの小屋と小屋の間の狭い道を通り抜けると開けた場所に出た。
その奥中央で見知った男が、テーブル一杯に広げられたご馳走を平らげている最中だった。
「取り込み中か?」
「んぐんぐ……うまいなこの蟹! どうした、久しぶりだなライル」
自らの指を舐めながら軽い調子でケニーは話す。
彼を中央に左右には目つきの悪い少年たちが立ち並んでこちらを睨みつけている。
ケニーは金髪に碧眼で相変わらず美しい顔をしている。
彼を知らない人間は、彼がギャング団の頭領をしているとは夢にも思わないだろう。
「弟を返してもらいに来た」
「弟、なんの話だ?」
「しらばっくれ――」
「まあ待て!」
ケニーは頭に血を上らせた俺が剣の柄に手をかけようとするのと、左右の配下が飛びかかろうとするのを同時に制する。