第3話 大切な家族
「はあ、はあ……ただいまー」
「あっ、ライル兄ちゃんおかえり!」
「ライルお兄ちゃん、おかえりなさい!」
弟のエルドと妹のイリスが駆け寄ってくる。
「それ今日の晩ごはん?」
「ああ、いつもの黒パンだけどな」
「イリスもうお腹ぺっこぺこ! ライルお兄ちゃん早く食べよ!」
イリスに手を引かれて食卓のテーブルに着席する。
「おかえりライル。今スープ温めているからちょっと待ってね」
「ただいま母さん」
台所に立つ、母さんに買ってきたパンを手渡す。
1年前に父さんが亡くなってから、母さんは元気をなくして病気がちになってしまい、寝込むことが多かった。
今日は簡単な料理を用意するぐらいには調子がいいみたいだ。
「兄ちゃん今日は何したの?」
冒険者に憧れているエルドが、いつものように目を輝かせて聞いてくる。
俺は今日の正規報酬の不払いを思い出して、少し嫌な気持ちになる。
だがあの出来事をわざわざ弟に伝える必要はないだろう。
聞かされた所でいい気分にはならないだろうし、余計な心配はかけたくない。
「今日は薬草の採取だな」
「薬草の採取! どこで採取したの?」
「郊外のエンゲル平原だよ」
「へーエンゲル平原。いいなー俺も早く冒険者になりたいよ兄ちゃん」
「それよりも俺はお前たちには学校に行ってもらいたいよ」
「えー俺、勉強嫌い」
「イリスはお勉強好きだよ。この前もライルお兄ちゃんに本読んでもらったんだから」
「それはお前、兄ちゃんと一緒にいて膝の上に座りたいだけだろ」
「ち、違うもん! ライルお兄ちゃんにかまってもらえるのはうれしいけど……エルドお兄ちゃんだって休みはライルお兄ちゃんにつきっきりで……」
「ほら、スープが温まったわよ」
食卓に湯気だったスープが並ぶ。
「私はライルを学校に通わせてあげたかったけどね。ごめんねえ、母さんこんな病弱で」
「お腹一杯良いもの食べて、いい薬飲めたらそのうち良くなるさ。そうできるように俺、頑張るからさ」
「ありがとねライル、母さん早くよくなるからね。それじゃあみんな食事にしましょうか。いただきます」
「「「いただきまーす!」」」
硬い黒パンを引きちぎり、スープにつけて食べる。
単体では硬いだけで味が薄いパンも、スープにつけることでなんとか食べられる味になる。
「ふまぅっ、ふふぅ……」
「んぐんぐ……」
エルドとイリスは一心不乱にパンにかじりついている。
二人は今日、俺が家を出てから今までまともな食事をしてないはずだ。
なぜなら家にはもう食材がほとんどないからだ。
二人の分のパンが見る見るうちに無くなっていく。
「エルド、イリス」
俺は三分の一ほど食べた自身の黒パンを二つにちぎり二人の目の前に置く。
「い、いいの? 兄ちゃん?」
ゴクリと生唾を飲み込みながらエルドが尋ねる。
「ああ、実は家に帰る途中に少し飯食ってきたんだ」
「ほんと!? じゃあもらう!」
「イリスも!」
二人はそれぞれ小さな手で俺のものだったパンを取ると、また口いっぱいに頬張っていく。
誰も奪い取るものはいないのに、少しでも早く我先にと腹の中に食物を収めていく。
「スープのおかわりはライル?」
「ああ、それは貰うよ母さん。ありがとう」
その日、みんなが寝静まった夜。
(ぐぅーーーー)
俺の腹の音が盛大に部屋の中で響き渡る。
部屋ではエルドとイリスが大の字になってすでに寝息を立てている。
今日は二人共、お腹いっぱいに食べられたようで幸せそうな寝顔をしている。
空腹で寝られない。
サービスでおまけしてもらった食パンが頭に浮かぶ。
食べてしまおうか?
いやいや、ダメだ、あの食パンは家族の為に、明日の朝食と昼食用に残しておかないといけない。
あれ以外に腹を満たせるものは今、この家にはないはずだ。
帰る途中にご飯を食べてきたなどもちろん嘘だ。
こうやって腹が減って眠れなくなることは分かっていても、弟たちの物足りなそうな姿を見てしまうと自分の分の食事を分け与えてしまう。
我ながら困った性分だ。
ガタガタとバラック小屋の壁のトタン板が鳴っている。
外では雨が降り、強い風が吹いているようであった。
トタン板の隙間から隙間風が吹いてきて少し寒い。
俺はエルドとイリスに布団をかけ直してやる。
「むにゃむにゃ、もうそんなに食べられないよ……むにゃ……」
どうやら幸せな夢を見ているようだ。
イリスの頭を少し撫でてやる。
するとまるで起きているかのように、にへらと目をつむったまま笑顔になる。
エルドとイリスに母さん、家族の為なら俺は頑張れる。なんだってできる。
逆に言えばこんな境遇でなければ、レベル1の呪いを受けて冒険者なんて、とてもじゃないが続けられなかっただろう。
父さんが生きていれば泣いて家に帰っていたはずだ。父さんが生きてさえいれば……。
ポトン、ポトンという音が部屋に響いてくる。
どうやら雨漏りしているらしい。
だが心配はいらない。雨漏りする箇所には予めバケツが配置してあるのだ。
少し暗い気持ちになってしまった。
俺は頭を切り替えていつも寝る前にする、夢想をすることにする。
小さく幼い時に思い描いていた理想の自分。
冒険者で英雄の自分。
その自分が魔族との最終戦争に参戦している。
戦場で敵の刃は自分には届かず、例え届いたとしても己の鋼鉄の肉体には傷一つつけられない。
俺は伝説の魔道士が驚愕するような魔法を次々と放ち、戦場を縦横無尽に駆け回り、一騎当千の活躍をする。
魔王軍を蹴散らし、敵陣奥深くへと突き進み、一人二人と強敵を打ち倒して遂に二人きりで対峙するは魔王。
後ろには屍の山。いつの間にか俺たちを取り囲んでいる凄まじい勢いの業火。
魔王が勝つか俺が勝つか。
俺以外に魔王に勝てる人間はいない。
ここで俺が敗れれば人類滅亡という正念場だった。
お互いが同時に地面を蹴る。
剣と剣が弾きあう凄まじい衝撃波が辺りに波及する。
時は少し経ち――
国を挙げた魔王討伐の凱旋パレードでは、とめどない称賛の嵐が吹き荒れている。
俺は嫌というほどの称賛のシャワーを浴びた後に宮殿の頂上、皇帝の間へとたどり着く。
そこで皇帝から魔王討伐の報酬に莫大な金銀財宝を与えられる。
更に爵位を賜り、伯爵に叙せられる。
報酬によって大きな邸宅を購入し、エルドとイリス、そして母さんと一緒に住む。
メイド付きで何不自由ない快適な暮らしだ。
もう空腹に苦しむことも悩むことも恐れることもない。
雨漏りに悩まされることも、隙間風によって体を冷やすこともない。
俺たちを害するもの、不安にさせるもの、敵はもういない。
周りにいる家族はみんな、笑顔に溢れている。
エルドとイリス、母さんはありがとう、ありがとうと俺に感謝の言葉を述べる。
お礼を言いたいのはこちらの方だ。
家族の存在なくして俺が頑張れることはなかった。
ありがとうエルド、ありがとうイリス、ありがとう母さん。
そしてありがとう天国の父さん。
俺は幸せな気持ちになる。
そしてそんな幸せな気持ちのまま、夜のまどろみの底へと落ちていく。