第2話 幼馴染
「ライル? ライルでしょ! ちょっと待って!」
どこからか俺を呼ぶ声を聞いて辺りを見渡す。
すると後方から幼馴染のマリアが騎乗して現れた。
俺の近くまで来ると彼女は馬から降りて駆け寄ってくる。
マリアは細剣を腰にさげて、革パンに白のブラウスの動きやすそうな格好をしている。
細身で陶磁器のような白い肌をしており、背は自分より少し低い。
赤髪のショートカットが夕焼けに溶け込むようだ。
「偶然ね。何してるのライル?」
「偶然だな。今、依頼終わって家に帰ってる所だよ。マリアは?」
町行く通行人の男たちがちらちらとマリアに、遠慮がちに視線を送る。
彼女は衆目を集めるだけの美貌を備えていた。
「私はお父さんに剣の稽古つけてもらってたの。その帰りよ」
俺はマリアの後方にいる彼女の父へ向けて軽く会釈をする。
彼女の父、レイバン騎乗したまま、忌々しそうに俺を睨んで会釈は返さない。
レイバンは剣の腕で男爵に成り上がった苦労人だ。
彼は周囲に武人特有の物々しいオーラを放っている。
道行く通行人の男たちからマリアに、遠慮がちな視線が送られるのはこの男のせいだ。
この男がいなければもうすでに、マリアに声をかけるナンパ男が現れていてもおかしくなかった。
「おい、マリア。そんなスラムのガキと仲良くするんじゃない!」
「別にいいじゃないスラムだろうと、どこだろうと。お父さんは実力主義なんでしょ」
「そのガキ……ライルは確か、レベル1の呪いを受けたやつだろうが。おいライル! お前みたいな奴にはマリアは絶対にやらんからな! マリアが欲しけりゃ最低でも冒険者等級2級以上はないと……」
「ちょっとお父さん何言ってるのよ、私をもらうとかなんとか……」
「いや、でもお前そいつのことが……」
「わあーーっ! お父さん余計なことは言わないでよねっ!!」
マリアは頬を赤く染めて一喝する。
「うゔっ……ご、ごめん……」
「そ、それじゃ今お父さんが言ったことは気にしないでね、ライル。じゃあ、またね!」
「あ、ああ、またな……」
マリアはまた馬に跨ると颯爽とその場を走り去っていく。
その後を追うようにレイバンは騎乗したまま続いていく。
彼はしばらく進むとこちらを振り向き、俺を睨みながら走り去っていった。
「やれやれ」
俺は頭をかきながらそう独り言を呟きまた歩き始める。
マリアが俺に好意も持ってくれていそうなのはうれしいけれど……。
まあそれは希望的観測かもしれないが、少なくとも彼女の父親みたいに嫌われてはいないだろう。
一旦頭を切り替える。まず帰路で買い物をしなくちゃいけない。
大分暗くなってきてしまったな。
まだパンが残っているだろうかと心配に思いながら目当てのパン屋へと向かう。
「んじゃあ黒パン3つで銅貨50枚だ」
今日得た報酬の銀貨1枚で支払う。
「よしお釣りは銅貨50枚で……。後、また売れ残りをサービスしておいたからな」
お釣りを通貨袋の中に入れた後、長細い黒パンが飛び出した紙袋の中を除く。
今日は食パンを一斤サービスしてくれたみたいだった。
「いつもありがとう、おっちゃん」
「気にすんな。ライルはまだ若いのに頑張ってるからなぁ」
パン屋の店主は優しい眼差しを俺に向けてくれる。
ギルドの受付員のミネルバに、ベテラン冒険者のギャレット。そしてパン屋のおっちゃん。
こうした人々の善意の上に俺たち家族の生活は成り立っている。
俺は会釈して、あふれる感謝を胸にパン屋を出る。
スラムの人たちを馬鹿にしたり嫌ったりする人は多いが、実際住んでみるとそのほとんどは偏見に過ぎないことが分かる。
心をすり減らし、やさぐれてしまっている人も確かにいるが、逆に心優しい人も多い。
その日暮らしの人たちが多い反面、助け合いの精神が強いのが特徴だ。
誰かが路頭に迷うにしても明日は我が身だからだ。
さてはて、すっかり遅くなってしまった。
家族のみんなはお腹を空かして待ってるだろう。
俺は家へと向かって夜道を駆け出した。