7.バクスター通りのアマンダ
事務所で軽く仮眠をとったあと、俺は街に出た。
バイクを降りて、昨晩の一件があったあたりをうろついてみた。
グリル・ブレイヴィカの入り口は、黄色と黒のバリケードテープで封鎖されている。
周囲の路上にはいまだガラスのかけらが散乱し、なんとも痛々しい惨状を見せていた。
どうやら営業再開には、まだしばらく時間がかかりそうである。
あそこのサンドイッチ好きだったのに。ちくしょうめ。俺の愛するものはすべて、時間とともに消えていく。なんとも悲しい運命だ。
俺は朝飯が食えそうな店を探して、歩を進めた。
空腹にコーヒーなんぞを流し込んだものだから、胃が疼いてしょうがない。
ヘレンのキャンディストアで朝飯を食えだって? あんなものを見られたあとで、どの面下げてリタの前に顔を出せってんだ。そこまで神経が太くないぞ、俺は。
何もかもジョンジーが悪い。
今度、俺をからかうようなことをしてきたら、本気のとんでもないイタズラでやり返してやりたい。もっとも、俺が成人してからの話だが。
その前に、なんとか元の世界に帰りたいものだ。
こう、ぽんと道から飛び出すようなノリで帰れたりしないものだろうか。無理か。
「―――ぐぎゃあっ!!」
そんなことを考えて歩いていたら、近くの店からガラスをぶち破って飛び出してきたやつが俺の目の前に転がってきた。
なんかこう、どっかで見たことある気がする顔だが。
けどまあ、どうにも思い出せん。そもそも男のツラなんて、いちいち覚えたりしてないぞ。
そして、店の扉を狭そうにくぐって、大柄な人影が姿を現した。
「やあ。ファングじゃないか」
路上の砕けたガラスを踏みつけながら、ぬうと出てきた女がアルトの美声を響かせる。
同業者のアマンダは、二メートルの巨体を感じさせない軽い足取りで俺の前にやってきた。
「今日はいい天気だね」
「ああ」
「これから仕事かい? あいにくだけど、さっきちょうど、この店の奥にいたやつをしとめたばかりなんだ」
そう言ってる途中で、俺の足元に倒れていた男がふらつきながら身を起こす。
アマンダが無言で右フックを送る。たちまちのうちに、男を路上に寝かしつけた。
「あー……こいつは、人間型の牙獣かい」
「え?」
何をバカな、という顔でアマンダが俺を見る。
「そうではないな。こいつらはK&Dのギャングどもさ」
ギャングども、って言ったか今。
彼女の口ぶりを裏づけるかのごとく、店の中から男たちがわらわらと出てきた。
「牙獣を一匹、始末したら」
「ああ」
「こいつらに、からまれてしまって、ね」
「なるほど」
「あとからやってきておいて、っと」
「そりゃ災難だな」
「で、『そいつは俺らの獲物だぜ』なんて言うものだから、っと」
そんな説明をしながら、アマンダは先ほどから殴りかかってきた連中を次々とぶちのめしている。
惚れ惚れするほど、いいパンチの連続だ。特に、からまれてしまって、のあたりで繰り出したジャブの連打からの豪快なストレートという、ネット中継される王者防衛線でもなかなか見れないくらい見事に決まったワンツーフィニッシュは感動ものだった。
さて。殴られている、こいつら。
この連中が所属するK&Dというのは、民間の警備会社である。
といっても、その前身は地元のギャングだ。それまで麻薬や密輸といった汚いビジネスで稼いでいたやつら、つまり社会のダニ。
牙獣が出現して以来、さる理由からあこぎな商売に手を染められなくなった連中は、会社の看板をかかげてハンター稼業に手を出してきた。
もっとも、数を頼りにしているせいで、まっとうなハンターの上前をはねるなんてことも平気でする。徒党を組みたがる連中なんて、だいたいそんなもんだ。
以上、解説おわり。
「この野郎ォ!! このゴリラ女とつるんでやがるのかッ」
おい、俺に殴りかかってくんな。
俺の視界に、赤い矢印がカーブを描く。ずいぶん大振りのパンチを―――これから打とうとしているらしい。
まあ、もっとも俺には当たらんが。
なぜなら俺の体は、この世界に来たときに、誰かがちょっとばかり手を加えているからだ。
何者かにいじられちまった俺の体は、この視界の矢印で、自分に迫る攻撃の軌道予測ができるようになっていた。
目だけではない。全身の神経は予測した対象の動きに追随できるよう、加速状態を体感できるように処置までされている。
「悪いな」
「おあっ!?」
俺が避けようと思っただけで、両腕が勝手に動いた。
拳の一撃を避けると同時に、手首をつかんでグイと引く。ついでに足をひっかけながら、反対側の手で背中を押してやる。
次の瞬間、殴りかかってきた男はつんのめるようにして前に転がっていった。
コンフー・マーキナ―――と、名付けられた身体動作制御システムが内臓されているおかげで、俺には頭の後ろを飛ぶハエを箸でつまむぐらいのことは朝飯前だ。
もちろん、今やったみたいに殴りかかられても、体が自動的に防御してくれる。
医者から聞いたところによると、こいつはドイツの精密神経科学と中国拳法の達人のモーションデータの結合だとかで、開発だけで数十兆円の予算が飛んだと記録に残っているのを見せてもらったことがある。
試験段階で廃棄された軍用技術だとかなんとか、とも言っていた。廃棄された理由が、現代のいかなる外科技術をもってしても、生身の人体に搭載できないからであるらしい―――じゃあ、なんで俺の体にそんなものが入っているんだ? 誰が、できないはずの手術をしたんだ?
元の世界に戻れるとなったとき、ついでにその謎も解ければいいのだが。
「てめえ、やりやがったな!」
月並みなセリフとともにつっこんできたやつの攻撃を躱し、左の足先だけで転倒させる。
すげえ。あいつ、ボーリングの玉みたいに転がっていったぞ。
まあ、ともかく俺の体はどっかの誰かさんのおかげで、不用意な接触事故をオートマチックで回避できるようになっている。その点だけは、ありがたいとも言えなくもない。
俺が二人から身を守っている間に、アマンダは五人をノックアウトさせていた。自分よりも肩幅の広い女に殴りかかっていった、こいつらの無謀な勇敢さだけは評価してやりたい。
何事もなかったようにスーツの襟を整えながら、アマンダは言った。
「悪いな、ファング。巻き込んでしまって」
「いいさ。美人のピンチは見過ごせないんだ」
アマンダが、満腹になったライオンみたいな笑顔を見せる。
「キミのそういうところ、私は気に入っているんだ」
俺は肩をすくめて彼女のご機嫌をとってみせた。猛獣がうっかり、俺の指を齧ったりしないように。
「運動したら腹が減ってしまったな。食事でもどうだい」
俺より頭ひとつと半分ぐらい上にある、アマンダの顔がにこりと微笑む。
声をかけられた九割の女が、黙って同行してくれそうなスマートな誘いっぷりだ。もしかすると、男だってついていきたくなるような精悍さではあるけれど。
「プロテインのドリンクバーは御免だぜ」
「そんなところには行かないよ。ステーキでも食べよう。近くにいい店があるんだ」
そんな重い物、空腹の俺にはちょっと厳しいんじゃないか。
それに昨晩のトラウマがあって、こんなに筋骨隆々としたマッチョ体型を近くで見ていたくないというか、なんというか。ええい、さっさと忘れろ俺。
「あー。気持ちは嬉しいんだが、腹具合がな……」
「遠慮しなくていい。巻き込んだお詫びに、ごちそうするよ」
「行く」
即断してしまった。誰だって、経済の事情には逆らえないもんだ。
かくして俺は、一日ぶりのまともな食事にありつけた。
そのかわりに三ポンドのステーキを胃袋につめ込むことになったが。
ウェップ。
食った分だけ午後の仕事をがんばりたいような、寝ていたいような。
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一人称の練習で書いています。
読みにくい部分が多く、たいへん申し訳ありません。
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(例文)
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